2003年08月31日(日) |
こんな夏の終わりに。 とろんと澱んだ池を覆うようにして木々の枝葉が茂っている。そのうちの一本を何となく見上げ、見つけた。 蝉の幼虫が今、羽化しようとしているところを。 茶色い殻を割って、徐々に真っ白な体が現れてくる。ゆっくりゆっくり。 私は息を止めて見守る。 そうして彼の体の殆どが茶色い殻からぶら下がるようにして現れたところで。彼の動きは突然止まる。 私はいっそう息を殺し、ひたすらに見つめる。 そうしてどのくらい時間が経ったのだろう。 じっと動かない彼を、私はどのくらい見つめていたのだろう。 真っ白な、それでいて透明な彼の体は、今、ばっさばっさと飛んで来た烏の嘴にあっけなく連れ去られ。 私の視界にはもう、彼の姿はなく。 気がつけば、太陽が私の首筋をちりちりと焦がす頃。 とぼとぼと歩き出す。 蝉になるために生まれ、蝉になるためにここまで生きた彼は、とうとう蝉になることは叶わなかった。 目の前を、一匹の野良猫がのたりのたりと横切ってゆく。今あった出来事など、露ほども気に掛けぬ様子で。 私はとぼとぼと歩き続ける、そんな私に覆い被さるように、幾つもの蝉の声がじんじんと私の鼓膜を震わす。私の目の中にはまだ、彼の白く透明な体が、くっきりと残っている。
こんな夏の終わりに。 |
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