見つめる日々

DiaryINDEXpastwill HOME


2003年10月16日(木) 
 プランターの中の薔薇の樹のひとつが、花を咲かせた。明るく澄んだ、ちょっと朱色がかった赤色である。花は、咲いたと思ったそばから瞬く間に花びらをぐいぐい広げ、翌日にはもう、花芯が丸見えの状態になってしまった。
 樹にこれ以上の負担をかけないようにと思い、鋏を持ってベランダに出た私を、娘が慌てて遮る。きれいに咲いてるよ、ね、切っちゃだめだよ。真剣にそう訴える彼女の顔を見、私はやりかけていたことをごくりと呑み込む。そうだね、じゃぁ、薔薇の花が散るまでこうしていようか。うんっ、そうしよう! 途端に満面の笑顔。
 だから、あれから十日間、窓の外には赤い花びらがちろちろと揺れている。開ききるのがあっという間だったくせに、それから先がなかなかしぶとい。なるほど、彼女がくれたモノらしいしぶとさだ、と、私はちょっと笑う。
 これはそう、Kさんからもらった花束の中にあった薔薇。挿し木で増やした。あっちはNさんにもらった花束の中にあった薔薇。まだ一度も花をつけてはいないけれど、枯れている気配もないから、このまま待っているしかない。向こうは、もう名前は忘れてしまった、よく日に焼けた顔に団栗眼がかわいらしい年下の女の子からもらった薔薇。その向こうは。
 もしかしたらただすれ違っただけなのかもしれない人からであっても、そうして私のもとへやってきた薔薇は、ここにこうして生きている。花をくれた人の名を私がこうして忘れても、薔薇は季節になれば美しく咲き、私の心に灯りを燈す。
 こうやって、連綿と続いてゆく。連なってゆく。「それ」を最初に与えてくれた主の名はやがて記憶の外に溶け出しても、「それ」はこうやって、何処かから何処かへと流れ続ける。そして時折々に鮮やかな花を咲かせ、誰かの心をあたため、続いていく。流れてゆく。伝えられてゆく。
 いつかこの河の果てで、誰かが拾うかもしれない小石は、きっと、丸く丸く、その手のひらをほんのりあたためてくれるような、そんな密やかな結晶に、なる。


遠藤みちる HOMEMAIL

My追加