見つめる日々

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2004年01月19日(月) 
 辺りが暗い。そう思いながらカーテンを開けると、そこにはずっしりと重い空。今にも雨が降り出しそう、いや違う、雪だ。雪が舞っている。目を凝らしてようやく分かる、くるりくるり、針の先程の白い粉が舞っているのだ。パジャマ姿の娘を呼び、二人でベランダに出る。ほら、分かる? これが雪だよ。娘が首を傾げている間に、雪はどんどん濃くなって。気づけば視界いっぱいの雪。
 私たちはコートに身を包み雪の中へ。軽やかな雪が舞い踊っている。私の額や娘の髪の毛をやさしく撫でてゆく。
 今日はSAが遊びにやってくる。明日が彼女の誕生日なのだ。一緒にケーキを食べる約束。私と娘は、二人だけの生活では殆ど行くことのないデパートの食品売り場で右往左往する。どれにしようか、これがいいよ、でもこっちのもおいしそうだよ。さんざん迷った挙句、私たちは、小さな山型の、一面に苺が盛り付けられたケーキを選ぶ。見ているだけでうふふと口元が緩む。ここだけ一足早く春が来たみたい。
 呼び鈴の音。わーい、お姉ちゃんだ、と玄関へ走っていく娘。雪の中やって来てくれた彼女と三人、早速ケーキを囲み、ろうそくに火を燈す。誕生日おめでとう。春の匂いをさせたケーキを、私たちはぱくぱくと食べてゆく。

 たとえば彼女と娘が遊んでいる。それを私はちょっと離れて眺めている。娘が顔いっぱいの笑顔を浮かべていたり、ちょっとすねて横を向いていたりする表情に、心が穏やかになってゆく。そうしていくうちにはたと気がつく。私はなんでこんなふうに二人から離れて、二人の様子を眺めてばかりいるのだろう。どうして一緒に輪の中に入って遊ばないのだろう。でも。体が動かない。
 たとえば娘がヤクルトを飲もうとしてむせている。床にはどぼどぼと零れたヤクルト。娘の顔は真っ赤、懸命に咳をしている。背中を叩いてやらなくちゃと思うのに体が動かない。SAが娘の背中を叩いてくれる。私は何もできず、ただ床を拭いている。
 たとえばぱたんと眠ってしまった私の横で、娘の相手をしていてくれる彼女。目を覚ましてびっくりする。二人は長い長い折紙の輪を作っており、ねぇ見て、と娘は顔をほころばす。あぁ飾ってやらなくちゃとそう思うのに体が動かない。すごいねぇと笑ってみせるので精一杯で、体が動かない。私は一体何をしているんだろう。
 彼女の誕生日を祝おうと彼女を家に招待したのに、気づいたら逆転していた。私は彼女に「休日」をプレゼントしてもらっていた。
 毎日の生活で擦りきれた自分、そして、そのせいで娘とのやりとりも何処か緊張感の漂うものになっていた。そのことに、彼女の仕草は気づかせてくれた。
 おねえちゃん、バイバーイ、また来てねぇぇ。暗い夜道を帰ってゆく彼女の後姿へ、いっぱいに手を振り終えた後スキップしながら部屋に戻る娘の後姿を見つめながら、ありがとうと私は心の中で呟く。
 娘を寝かしつけた後、足音をしのばせながらベランダに出る。雪の止んだ空はしっとりと濡れ、何処までも深く深く広がっている。この空の下、彼女は今頃もう眠っているだろうか。明日の仕事の準備に忙しくしているのだろうか。息の白くなる夜闇を見上げながら、私は、彼女と出会ってから今日までの日を思い返してみる。ぼろぼろになって電話の向こうとこちら側、ただ泣いているしかなかった頃。流産しかけて不安定極まりない私に、大丈夫、大丈夫だよとしっかりした声で繰り返してくれた彼女の声。おたがいに、いろんなものを抱えながら乗り越えながら引きずりながら、今、ここに在る。
 こんなこと口に出して言うと、お互いに照れ合うばかりかもしれないけれど。
 誕生日おめでとう。あなたが生まれてそして今ここに在てくれて、本当にありがとう。もしまた遠く離れ、会うことの叶わない距離が私とあなたを隔てても、私はきっとこの日、いつも思うだろう。誕生日おめでとう。そして、生きていてくれて、ありがとう。
 夜は何処までも深く深く広がり。私は窓を閉める。穏やかな眠りが、私の愛する人たちの上へ舞い降りてくれますように。

 そして今日。見上げる空は美しく晴れ上がり、そこには幾筋もの飛行機曇が伸びて。からりと乾いた風がゆっくりと辺りを渡ってゆく。


遠藤みちる HOMEMAIL

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