見つめる日々

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2005年10月22日(土) 
 雨が降り、日差しが降り、そしてまた雨が降り。女心と秋の空とはよく言ったものだ。くるくるくるくる、と、見事に天気が変わってゆく。肌寒くアスファルト濡れたまま明けた朝が、瞬く間に日差しが首筋を焼くほどの昼になり、気づけば雨雲が地平線に漂う夕になり。すごいね、橙色と桃色とを混ぜたみたいな空だ、と、娘と二人、見上げる。まだ色づく気配もないプラタナスや銀杏の樹々が、通りのあちこちで揺れている。
 そんな天気に似たのか何なのか、私の心線も振れ幅が激しく、どん底に落ち込んだかと思えば天井に突き上げられ、そうして私はあっという間にくたくたになってゆく。笑ったかと思えば涙し、泣いたかと思えばからからと大笑いをし。そんな自分のあまりの大きな振れ幅をどうにかしたいと思うのだけれども、この操縦がなかなかうまくいかない。そんなこんなで、一日は今日も終わってゆく。

 心が飽和状態になり、それに押し出されるようにして涙が溢れ出した昨夜、娘が私の肩を叩いた。ママ、どうしたの? どうして泣いてるの? どうして泣いてるんだろう、分かんないや。そう言って私が苦笑すると、彼女はやさしい声で言う。泣いてていいんだよ、みうがついててあげるからね。
 理由なんてない。ないから困る、ないから焦る。どうして私は泣いているんだろう、どうして今涙なんか零れてくるのだろう。理由が分からないから、途方に暮れる。それでも涙は溢れ出ることを止めず、ほろほろと零れ落ちる。かなしいことがあったの? と娘が訊くので、少し考えてみる。ううん、かなしいことは別に、なかったと思うよ。そう応えると、娘が首を傾げる。じゃぁどうして涙が出るの? そうねぇ、かなしいのかうれしいのか、分からなくなってしまったとき、そういうときでも涙はもしかしたら、出るのかもしれないね。とても答えとは言えないような返事を返すと、彼女は大きく首を縦に振る。みうもね、うれしかったりすると涙出るよ。一番最近みうはどんなうれしいことで涙出たの? あのね、ほら、運動会の組体操で二人組になったでしょ、W君と二人組になれたでしょ、あのときね、みう、うれしくってうれしくって、もう、涙出そうだった! あぁあ、あれがW君だったのか! 二段ベッドやったときなんてね、このままW君の上に落ちてチュウしようかと思った。はっはっは、そうだったんだ、じゃぁチュウしちゃえばよかったのに! えー! そんなのできるわけないじゃんっ! そう? そっかぁ、そうね、なるほど、そういううれしいことっていうのもあるよね。ママは好きな人いないの? えっ? 好きな人いないの? …うーん、好きな人、ねぇ。みうは今W君大好き! 大好きかぁ、じゃぁママとW君とどっちが好き? えーっ、おんなじだよっ。おんなじなの? …うん。そっかぁ、いいなぁみう、ママも好きな人、作るかな。
 娘と話していると、とても落ち込んだままでなんかいられなくなる。落ち込んでいることが申し訳なくなってくる。そんな、私にとって太陽のような存在の彼女だけれども、彼女には彼女なりに悩み事がある。その悩み事に小さな胸を痛め、ふとした折にくわんと彼女が涙ぐむことを、私はよく知っている。それでもこうやって彼女は、私の肩に手を置いてくれるのだ。ならばせめて、彼女の前でだけは、彼女に負けずに元気でいたいと、そう思う。
 ねぇ明日は何しようか、何処に出掛けようか。そんなことをあれこれ話しているうちに、彼女はことんと眠りに落ちる。私は彼女に布団を掛け直し、窓際のいつもの椅子に座る。半分開けた窓から、すぅっと夜風が滑り込んでくる。薄い長袖のシャツがちょうど合うような温度。窓の外に広がるのは、もう草臥れるほどに見慣れた夜景。
 まだ当分眠れそうにない。ふっとこの間言われた主治医の言葉を思い出し、私はためしに頓服を二回分、まとめて口に放り込む。しばらくじっとしてみるけれど、それでもまだ、眠りは遠くにあるようだ。私はすぐ眠ることを諦め、展覧会の準備の続きに手を伸ばす。手を動かしながら、ふと、誰かの声を聴いたような気がした。
 すれ違ったままの、でも懐かしい、誰かの声、を。


遠藤みちる HOMEMAIL

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