見つめる日々

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2009年09月07日(月) 
目覚ましのベルがなる前に目が覚める。娘の腕が私の胸の上にある。どうりで重たげな夢を見ていたはずだと納得する。娘の腕をそっとどけ、布団をかけなおし、私は寝床から起き上がる。午前四時半。いつもより少し早い。
アプリコット色の薔薇が、昨日から綻び始めている。それが気になってベランダに出ると、昨日より一回りふっくらとした蕾。先の方の綻びも二倍に広がって、もう花びらの襞が見え始めている。香りを確かめるように鼻を近づけ域を深く吸う。新鮮な薔薇の香りが一気に身体中に広がる。それが気持ちよくて、もう一回深呼吸をする。

昨晩横になってから、ガラガラガラと大きな音が響くから何かと思い飛び起きると、ココアが回し車を回す音だった。娘が喜び勇んで近づいてもいっこうに止める気配はない。ガラガラガラ、ガラガラガラ。「ねぇママ、もう20回回ってる!」。少し大げさな、と思ったものの、娘のその声にそうだねと肯く。結局、娘の換算でいくと、72回は回転したらしい。よく目が回らないものだなと思ったものの、人間でいうところのマラソンみたいなものなのかなと思い直す。私は学士時代、マラソンが大好きだった。前半はだめで、息切れがし、もう諦めたいと何度も思う、しかし、後半に入ると一気に体が楽になり、スピードが出始める。それが面白かった。この前半と後半の違い。それに魅せられて、何度もマラソンにトライしたものだった。
寝床で横になって娘とあれこれ話をする。ふとした時、娘が思い出したように、林間学校でのことを話し出す。そのくだりで、「就寝時間が過ぎてから自分だけ起こされて、先生に説教された」というものがあり、私はびっくりして、でもそれを悟られないように、どうしてなの、と尋ねる。「ほら、あの時、ギプスがとれてすぐだったでしょ、ウォーキングでうまく歩けなくて、みんなより遅くなってて、そしたら先生が、「自分のことが自分でできなきゃだめでしょ」ってずっと怒るんだよ。結局10時頃まで怒られた」。初耳だった。私はそのとたん、憤りがこみ上げるのを我慢できなかった。「明日、ママ、先生にそれ言いにいってもいい?」「えー・・・」「いやなの? なんで?」「そうするとさ、また呼び出されて、中休みとかいろんな休み時間が全部潰れる」「…先生そうやって怒ってるんだ、いつも」「うん」「だから帰ってくるのも遅いんだ」「うん、帰りの会とかいつも遅いよ」。
こういうとき、普通の親はどう対応するのだろう。物事をなかったことにするのだろうか。聞き流してそれで終わりにするんだろうか。私は? 私はどうしたい? 娘にとってはどうすることがいい?
結局、娘が眠っても、私はそのことを考え続け、なかなか寝付けなかった。今もまだ決めかねている。一学期終わりの三社面談で担任は延々と娘のいいところばかりを挙げていた。私が首を傾げるほどそれは不自然で、その光景が今ありありと思い出される。

ふと表通りを走る車の音が途切れたその時、虫の音が響いてくる。あぁ、と私はほっくりする。ここにもいたか、虫たちが。再びまた帰ってきたのか、虫の音が。そういう季節なのだ、と、改めて実感する。そうして夜は、しんしんとふけてゆく。

ベランダから戻り顔を洗う。化粧水をはたき、日焼け止めを塗り、口紅を一本ひいたところでコンピューターを立ち上げる。そこで、久しく連絡のとれていなかった友人に出会う。今起きているなんて、と不思議に思いながらもそっと声をかけると、答えが返ってくる。どうしたのかと聞くと、ぶっ倒れていたとの返事。やっぱりなぁと思いながら会話を続ける。とりあえず生存確認ができただけでもよかった。遠く離れた街に住む者同士、何かあったからと飛んで駆けつけることはできない、だからこそ、時々こうやって声をかける。生きているか、どうしているか、と声をかける。
そうしているうちに、あたりはすっかり朝の風景。せわしげに表通りを車が行き交う。途中から娘も話に入り、ハムスターの話や猫の話で盛り上がっている。私はその間に、やり残している朝の仕事を慌てて片付ける。

娘と手を振り合い、バスに飛び乗って、電車を乗り継いで病院へ。
急ぎながらも周りを見回し、唖然とした。たった一週間でこうも朝の風景は変わるのか、と。夏の装いはもう何処にもない。何処を見回しても黒や茶色の色の洪水。今年はからし色も多く見られるが、それでもほの暗い色模様。明るい色の服を着てしまっている自分が、まるで場違いな、罪悪感さえ覚えるほど場違いな、そんな気分にさせられる。私は秋は好きだけれど、こんなにも暗い色だったかしら、と少し首を傾げる。もっと柔らかで、やさしい色合いが秋ではなかったのかしら、と。これが今年の色なのかもしれないが、もしそうだとしたら、ちょっと寂しい。秋はもっと深く柔らかく、実り多い季節なのではなかったか。

そうして今、いつも立ち寄る喫茶店。いつも以上に混み合う様にちょっと勢いを押される。何とか空き席を見つけ、ちょこねんと座る。
窓から見える小さな空は、白と水色とを水でそっと溶いたような色合い。今日も一日晴れ渡るのだろう。
さて、私の一日は。娘の一日は。
温かいカフェオレを一口一口飲みながら、私はこれからの時間に思いを馳せる。


遠藤みちる HOMEMAIL

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