2009年11月07日(土) |
夢を見る。薄いヴェールに包まれ、眠っているように漂っている。海の中には波も何もなく、ただぼんやりと漂う。魚も何もいない。私がそこに浮かんでいる、ただそれだけ。みんな何処へ行ってしまったんだろう。一匹の魚もいない海なんて。上も下もない、あるのはただこの海水のみ。でも私の目は開いているわけじゃない。海の中目を閉じている。閉じていても瞼を通して見えてくる。不思議な世界。そうして何処までも何処までも沈んでいる夢の中から目覚めると午前四時。辺りは夢の中より暗い、まだ闇の中。 マリリン・モンローがまた新しく蕾をつけている。膨らみ始めた蕾はまっすぐに天を向いている。あとどのくらいで咲くだろう。咲いたら一度、切り詰めてやろうか、どうしようか、私はマリリン・モンローの前で少し迷っている。新しく植えたミミエデンたちのプランターが少し乾いている。私は早速如雨露で水をやる。ぼんぼりのような桃色の小さな花を咲かせる株からようやく新芽が出始めた。まだ縁の赤い新芽は、明るい方へ明るい方へと手を伸ばしている。
自分で知っている自分、自分の知らない自分、他人が知っている自分、他人が知らない自分、それらを地図にしてそれぞれの領域を確認していく。また、メッセージの届け方として自分の気持ちをどう届けるか。そんなことがつらつらと書いてあるテキストを読む。読みながら私は線を引く。引くのだけれども、どうもまだ頭に入ってこない。私は一体何を学ぼうとしているんだろう。それがなんだか、よく分からなくなってくる。ノートにひとつひとつ書き出してみるのだが、それがうまく繋がらない。一通り読み終えた頃にはすっかり草臥れており、気づけば頭も肩も痛む。鞄から二錠の痛み止めを出して飲んでみる。効くといいのだけれども。
なんだか私は苛々しているらしい。隣に座った人が忙しなく新聞を閉じたり開いたりしている、それだけなのに妙に癇に障る。見ないよう見ないようにするのに、そういうときにかぎって気配がありありと伝わってくるのだ。結局私は席を立ち、窓際に立つ。この方がずっと気が楽だ。 流れてゆく景色に、少しぼんやりする。何も考えたくない、そんな気分なのかもしれない。乱立するビル群がやがて、住宅街に変わってゆく。もうじきK駅だ。降りたら今度はバスに乗る。私が実家に住んでいた頃、まだこのバスはなかった。だから駅まではひたすら歩くしか術がなかった。駅まで歩けばゆうに二十分。学生の頃、その距離を何度恨んだか知れない。長い長い坂を上りきったところにぽつねんとあるバス停で降りる。ここからだいたい五分。そうしてようやく実家に辿り着く。 ラヴェンダーの咲き誇る庭を通って玄関を開けると、しんとした空気が出迎えてくれる。あら、来たの、と言う母に、娘と約束したから、と、駅まで買ったドーナツを渡しながら答える。娘はちょうど食堂で父に算数を教えてもらっている最中だった。中断させては申し訳ないと、私はとりあえず居間の窓際に座る。その出窓には所狭しとランの鉢植えが置いてある。母はランが好きなのだ。それも、店で病気になり安売りしているような鉢を敢えて貰ってくる。それを元気にさせるのが、母は好きなのだ。私にはとうてい、できそうにない。ふと見れば、レモンの木に実が二つなっている。指をさすと、母が誇らしげに言う。無農薬のレモンなんていまどきなかなかないわよ、熟したら一つあげるわよ。来年からはもっとたくさん実ると思うわ。まだ緑色の実は、陽光を受けてきらきら輝いている。きっと母が言うとおり、来年はきっとたくさんの実が実るのだろう。でも。その頃母は元気でいるだろうか。私はふと、不安になる。来年も母は、レモンの実を、虫たちから守りながら育てるだけの体力が残っているだろうか。その不安を気取られないように、私は立ち上がり、娘に声をかける。これからプールに行くんだ、と、喜び勇んで娘が私に抱きついてくる。自己ベスト出すと先生からお菓子がもらえるんだ、と、娘はこれまで集めたお菓子を見せてくれる。その孫の姿を眺めながら、父母が笑っている。そんな父の目は今病んでいる。この冬手術をまた、受けなければならないかもしれない。年を取るというのは、そういうことなんだ、と、父母を見つめながら、強く思う。
列車の外、景色はいつのまにか、緑と土が多くなってきている。あれだけ背の高いビル群に囲まれていたのが嘘のようだ。そういえばほんの二ヶ月ほど前は、ここらあたりは黄金色だった。稲穂がたんわりと風に揺れていたのだった。今、こんもり茂る森の入り口に、稲荷が見える。私は心の中、そっと手を合わせる。
気づけば時計はもう、駅に着く頃合を指している。混み合う電車は、もう座る隙間など何処にもない。私がこの席を立った後、誰があそこに座るんだろう。ふと、そんなことを思う。誰かの歌にあった、おまえが逝った後、もう誰もおまえのあの席には座らせまいと心に決めていたのに、それを知らない人たちが次々、その席に座ってゆく、というような歌詞。父の席には、母の席には、私の席には。次に誰が座ってゆくんだろう。 誰が座ったとしても。誰が座ってゆくとしても。 それはやっぱり、永久欠番なんだ。あなたの代わりは誰もいない。あなたの代わりも、あなたの代わりも、何処を探したって、いない。そう、いないんだ。
今、トンネルを潜り抜け、光の中へ。 |
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