2009年12月13日(日) |
腹部の重だるさで目が覚める。何ともいえない痛み。起き上がり、早々に薬を飲む。この週末はやることが山積みになっている。そんな時、痛みにのた打ち回っているわけにはいかない。 少しでも気分転換になればと湯を浴びることにする。丹念に顔を洗い、湯の中に身を沈める。今頃娘はばぁばとじぃじの間で夢の中にいるんだろうか。きっとそうだろう。聞けば家にいるときよりずっとじじばばの家での方がよく眠っているようだ。そしてあと一時間半もすれば、ばばと朝の散歩に出掛けるに違いない。今日はどんな木や動物たちと出会ってくるのだろう、彼女は。後で話を聴くのが楽しみだ。
以前にも一度来ている美術館。以前来たときは彼岸花が当たり一面に咲いていた。今はもうその花影はなく。柿の木が数個の実をぶら下げている姿に出会う。冬場はどうしてこんなに暖色系の木の実が多いのだろう。赤、橙、黄色。そんな色があちこちに見られる。木立が広がる斜面。この前来たときは多くの葉がまだ茂っており、向こう側を見渡すことはできなかった。今日は違う。殆どの葉が散り落ち、斜面の下の方まで見渡すことができる。何処もかしこも乾いた色が広がっている。 後期の展示でも、原稿用紙が山のように積まれている。一冊の絵本に対して一体何枚の原稿用紙、画用紙が使われてきたのだろう。万年筆や鉛筆で細かく描きこまれたその原稿をじっと見つめる。作り手の、世界をじっと見つめる目が、そのままそこに詰まっているかのようだ。ガラスケースの中にそっと仕舞われたそれらの原稿たちを、できるならこの指で撫でたい、そんな衝動にかられる。 彼の絵はとてもあたたかい。とがったところは決してなく。何処までも丸く丸く。おだやかに描かれる。色合いもきついものは一色たりともなく。淡く、けれど豊かに、彩られる。 私は彼の絵もそうだが彼の描く話も大好きだ。こちらに押し付けることなく淡々と語られてゆくその口調。だから何処までもゆったりと読み進めることができる。 週末だからだろうか、結構人が多い。家族連れもいる。小さな子供が、母親と父親に囲まれながらパズルを一生懸命作っている。ショップの方では年頃の女の子たちがどれにしようとポストカードを選んでいる。窓から燦々と降り注ぐ陽光は柔らかく、何処までも私たちを包んでくれる。
久しぶりにクッキーを焼くことにした。ふとしたことから作るきっかけは生まれた。思い立ったが吉日ということで、私は冷蔵庫を漁る。材料は、足りないものもないわけじゃないが、何とか一種類くらいは作ることができるだろう。ということで、早速とりかかる。バターを捏ねたり粉を捏ねたり。粉砂糖をまぶしたり。ちょうど焼きあがったところに娘が帰ってくる。ねぇ、食べてみる? 普段クッキーなど殆ど口にしない娘に声を掛ける。仕方ない、味見してあげようか、と娘が言うので、その口に一個、クッキーを投げ入れる。まぁまぁなんじゃない? そう? じゃぁこれでいいか。いいよ、うん。 クッキーを金網に載せて冷ましてゆく。そうしている間にカードを一枚書き。そうだ、娘にも書いてもらわねば。私は塾へ行く前の娘に再び頼みごとをする。 学校の帰りがけ、買ってきたお菓子たち。うちはあまりお菓子を買わないから、お店に行ってもどのお菓子がおいしいのか、よく分からない。仕方ないから、できるだけたくさん、お菓子の紹介文を添えてくれている店に出掛けてゆく。友人の二人の子供の顔を思い浮かべながら、どれがいいだろうと選んでみる。でも結局選んだのは。荷を広げてみて分かった、すっかり自分の好みになってしまっているじゃぁないか。ありゃりゃ、と思ったがもう遅い。苦笑しながら、そこに娘に書いてもらったカードを添えて、包装する。 もう一個、いつも果物を季節になると贈ってくれる友人に、クッキーを。棚の奥から空瓶を引っ張り出し、そこに焼いたクッキーを詰める。崩れないように気をつけながら。そうしてこちらも、カードを添えて包装する。 そんな二つの荷物と、もう一枚、連絡が届いた人への葉書を手に、郵便局へ。もう日も暮れた、雨の中の郵便局。入ってみれば大勢の人。でも、大丈夫、誰かに何かを贈ることができる、それはとても幸せなこと。私は人ごみが苦手なのにも拘わらず、少しどきどきしながら順番を待つ。雨はまだ降っている。
田畑が広がる風景というのはどうしてこうも人を穏やかにさせるのだろう。電車の窓に額をくっつけながら、私は外を見やる。この景色を夏も見た、秋も見てきた、そして今は冬。山々にはもう雪がちらほら積もっており。昨日の私の街に降っていた雨が嘘のよう。空は明るく、雲の描く模様が実に多様で。私は飽くことなく景色を眺めている。
こちらの美術館も訪れるのは二度目だ。前回は絵本の展示だった。今回は聖書の挿絵だ。鉛筆で描かれたデッサンと、水彩で彩られた画とが一セットになって展示されている。進んでゆけば、まるで聖書の中に入ったかのような空間になる。最後の展示の前で、ずっと佇んでいる老婦人。じっと一枚の画に見入っている。それはキリストが十字架を背負わされ歩いてゆく画。私はその老婦人の後ろから、その画をじっと見つめる。 小さな小さな美術館だ。蔵を改造して作られたのだという。でも、このくらいの大きさで美術館は十分な気がする。一日を費やさなければ回りきれない美術館より、ちょっと立ち寄って、その後ゆっくりお茶を楽しめる、そのくらいの方が、気持ちが安らぐ。
久しぶりに繋がった友人。声をかければ、ごめんなさいと彼女から返事が返ってくる。ずっと電話に出れなくてごめんなさい。彼女は言う。いいよぉ、そんなこと、と返事をすると、彼女からどんどん言葉が零れて来る。 怖くて怖くて。どうしようもなく怖くて。どうしてこうなっているんだろう、どうして今こんなふうになっているんだろうって考えたらたまらなくなって。うんうん。病院にも行くことができなくなってしまって。今、本当にどうしていいのか分からない。 彼女の言葉にずっと、じっと耳を傾ける。途中時々詰まる彼女の声。だから私は少し待って、先を促す。 どれだけ堪えていたのだろう、この人は。そう思うくらい、彼女は言葉を溜め込んでおり。それはどれほど重かったろう、そう思うと、私はただ、耳を傾けることしかできず。 気づけば一時間、二時間が経っていた。その間ずっと雨の音がしていた。叩きつけるよう降る雨。まるで彼女の涙の声のようだった。
大丈夫、聴こえているから。大丈夫、ちゃんと聴こえているから。
もう夜が明ける。緩んできた空が、それを私に知らせる。もう娘も起き出して、そろそろ朝の散歩にでかける時間のはず。 私は髪を梳かし、いつものように一つに結わく。さぁ今日も一日が始まる。 |
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