見つめる日々

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2009年12月22日(火) 
誰かしらの回し車の音で目を覚ます。から、から、からら。途切れ途切れに聴こえるその音。近づいてみると、ゴロがこそこそと回し車を回している。それは本当にこっそりした仕草で。私を見つけると、途端にぴたりと止まる。でもまだ回りたい気持ちはあるらしく、から、からら、からら、と回ってみせる。おはよう、ゴロ。私は声を掛ける。隣のココアは小屋の中、その小屋の入り口には、昨日のうちにまた集めたのだろう木屑が、山盛りになっている。そしてそのまた隣がミルク。ミルクは、ゴロの回し車で起きたのか、それとも私の気配で起きたのか、小屋からぴょんと出てきて、いつものようにがっしと籠に噛み付いている。おはようミルク。私は彼女にも声を掛ける。
金魚にも挨拶をしてからカーテンを開け、そして窓を開ける。まだまだ闇の中の街景。今朝は六つの窓の明かりが点っている。街燈の橙色の明かりがぼんやりと、辺りを照らしている。もう殆ど葉を落とした街路樹が、その明かりを受けながらしんしんとそそり立っている。
体が凍えてくるのも構わず、じっと、じっと東の方を見つめていると、やがてぬるんでくる地平線。濃紺の帳がほんの僅かに揺らぎ、そうして現われる、橙色の輝く光帯。そして濃紺と橙色を結ぶのは白い帯。そうした僅かな空の変化を、私はじっと固唾を呑んで見守っている。
薔薇のプランターの土はもうすっかり乾いている。今日くらい、もういい加減に水を遣ってもいいかもしれない。帰ってきたら水を遣ろう。そう決める。病葉はどうだろう。私はそれぞれの樹をじっと見つめる。今朝はとりあえず一枚もないようだ。そして蕾。ホワイトクリスマスの蕾は、まさにクリスマスに咲かんばかりの様子、もう真っ白い花びらの色が零れている。その隣にはベビーロマンティカの三つの蕾が。こちらはまだ閉じているが、もうずいぶん膨らんできた。今年中にはその姿を見られるかもしれない。
ようやく部屋に入り、お湯を沸かす。ハーブティを用意し、お湯をカップに入れる。カップにお湯を入れる瞬間が好きだ。茶葉がぱたぱたと暴れ出すその瞬間がたまらなく好きだ。蒸らしている間に私は顔を洗い、髪を梳く。静電気でふわふわと漂う髪を、後ろ一本に結わく。

病院、診察の日。いつもと変わりなく、淡々とした診察は五分で終わる。袋一杯の薬を受け取り、次は国立へ。
前期も見に来てくれた友人と待ち合わせ。彼女の歩く後姿を見ながら、日に日に足が細くなってゆくなぁと私は思う。彼女の足は真っ直ぐで美しい。形がとても整っている。だから実は私は、彼女が歩いている、その後姿を眺めるのが好きだったりする。彼女には秘密だが。
寒風に巻かれながら、辿り着いた書簡集。彼女はホットサンドと紅茶を、私はカレーとフレンチブレンドを頼む。ゆっくりと流れてゆく時間。
彼女は、撮影には参加しなかったが、立ち会ってくれた一人だ。撮影の間中、みんなの荷物を守ってくれていた。あの寒い中、ずっとひとところにいることは大変だったろう。それでも何も言わず、じっと私たちを見守っていてくれた。
あと少しで展覧会も終わる。二ヶ月。それは長いようで短い。始まってしまうと、まさにあっという間だ。それまでに一体何人の人が足を止めてくれるだろう。
その彼女が帰る頃、別のお客さんがやってくる。初めて会う人だ。アクリルで絵を描いているのだという。身近にDVの被害者や加害者、その他性犯罪被害の知人がいるのだという。ひとしきり彼女の話に私は耳を傾ける。彼女の話は止むことなく続き。私は、まだまだこんなにもこうした被害は続いているのだという現実を、改めて噛み締める。

私が出会ってきた、そうした被害者たちは、本当に、ほんの一握りだ。でもそれがたとえほんの一握りであろうと何であろうと、それは事実であり。まごうことなき事実であり。今この瞬間もも暴力から脅迫から逃げ続ける人間は存在している。
その現実を、一人でも多くの人に伝えたい。
同時に、そんな彼女らの素晴らしい笑顔も、私は伝えていきたい。そんなことがあったにもかかわらず、彼女らはたいがい笑っている。泣きながら笑っている。そんな彼女らの姿を私は捉え、写真という手段で伝え残していきたい。

この試みが、何処まで続けられるか分からない。分からないが、可能な限り、続けていきたい。私はそう思っている。

そして、これが終われば、来年一月末からは、二人展が始まる。パステルで絵を描く友人との二人展だ。これが二回目になる。今の展示が終わったらすぐさま準備に入らなければならない。正月気分に浸っている暇は、多分、ない。
そして、一月は私にとって、しんどい月でもある。被害に遭ったのが一月末。以来、この一月という月は、私にとって一年で一番越えるのがしんどい月になった。どうしてもフラッシュバックが多く起きる。あらゆるところで起きる。夢は悪夢に変わり、一日一日が終わることを知らず続いてゆく。
でも。
だからこそ、あえて、呼吸していたいと思う。必ず越えていきたいと思う。一日一日を、噛み締めて、越えていきたいと、そう思う。

気づけば夜は明けて。今日も空は晴れ渡る。昨日より多い雲が、ぽつぽつ、ぽつぽつと空に浮かび、漂っている。玄関を出ると、アメリカン・ブルーとラヴェンダーが迎えてくれる。こちらも今日帰ったら水を遣ろう。土がだいぶ乾いている。
じゃ、そろそろママ行くね。うん、あ、ミルクに挨拶して! 今朝はミルクなの? うん。はいはい、じゃぁね、ミルク、行ってくるね。じゃねー、気をつけてねぇ!
娘に見送られ、出掛ける朝。私は自転車に跨り、坂を駆け下りる。ふと思いついて公園に立ち寄る。きっと、きっと。そう思って池に近づけば、一面氷が張っている。あぁやっぱり。思ったとおりだ。私は嬉しくなる。急に胸がわくわくしてくる。子供じゃないんだからと思いつつも、足で氷をちょんちょん触ってしまう。結構厚く張ったらしく、軽く踏んだだけでは割れない。私は割るのが楽しくて、池を一回りしてしまう。池の周りには霜柱がぐいぐいと頭を持ち上げており。私はそちらも踏みしだく。なんだか子供の頃に帰ったようで、とても楽しい。
そうしてまた自転車に乗り、私は埋立地の方へ。銀杏並木はすっかり裸になり。空に向かって枝を一心に広げている。明るい陽射しの中、私は走る。
雀が今、私の視界を横切った。まだこの街にも雀がいてくれる。それが嬉しい。
さぁ今日もまた新しい一日が始まる。私は一層力を込めて、自転車のペダルを漕いでゆく。


遠藤みちる HOMEMAIL

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