見つめる日々

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2009年12月25日(金) 
目を覚ます。午前四時半。私は慌てて体を起こす。今日はクリスマス、娘が起き出す前にプレゼントを用意しなくては。私は買っておいた彼女へのプレゼントを大きな赤い靴下の袋に入れる。そして彼女の枕元に置く。と、その直後、娘ががばっと体を起こす。どうしたの? ママ、サンタさん、来た? どうだろう? プレゼントは? ん? あ、あった。え、これだけ?!
娘の「これだけ?!」という言葉が私の胸にぐさりと突き刺さる。ちょっと待った、そのプレゼントは君がサンタに注文したものだろうが。思うけれど口には勿論出さない。我慢する。そして彼女が靴下からプレゼントを出す。じっと見ている。もしかして私はプレゼントを何か間違えたんだろうか。自信がない。彼女はサンタにゲームを注文した。ゲームに疎い私にはそんなタイトル分かるわけもなく。調べて買ってみたものの、それで正しかったのか、正直自信はない。
何、プレゼント、違ってたの? ううん、違ってないけど。じゃぁどうしたの? うーん、これだけかぁと思って。
がっくり。やっぱり質より量なのか? 私は喉元まで出かかる言葉を必死に呑み込む。嬉しくないの? いや、嬉しくないわけじゃないけど。じゃぁいいじゃない。だってぇ、友達は、五つも六つもプレゼントもらってるはずなんだよ。ふぅん。まぁそれはそれなんじゃないの? ふぅん。まぁいいや。
私は調子が狂いっぱなしで、何だか視界がちかちかしてくる。立ち上がり、深呼吸してお湯を沸かす。こういうときはいつもの段取りを順に踏むのがいい。私はハーブティを入れ、できるだけゆっくり飲んでみる。
カーテンを開ければ、闇に沈む街景が目の前に広がる。今朝はたったのひとつも窓に明かりが点っていない。みんなクリスマスを迎えるために眠っているのだろうか。ひとつもついていない街景はしんしんとそこに佇んでいる。静かな、静かな朝。街灯だけが煌々と浮かんでいる。窓の明かりがないせいか、その街灯の明かりの色は、いつもより白っぽく私の目に映る。
なんだかんだ文句を言いながらも、娘は結局五時前に起き上がり、そのゲームをやり始める。私はそれを横目で見ながら、仕事に取り掛かる。
徐々にぬるみはじめた地平線を見、思う。あぁ今朝は曇りだったのだ。地平線のぬるみ方が全く異なる。いつもの朝焼けから来る燃えるような赤い稜線が見られない。闇色に半分染まったような、そんな重暗い橙色が僅かに地平線を染めてゆく。その暗橙色の帯はそのまま闇色に溶け込み。いつも見られる白い帯は今朝現れることはなく。そうして明けてゆく夜。生まれ出る朝。
とうとうホワイトクリスマスの蕾はクリスマスには間に合わなかった。あと少し、もう少しだったのだが。私は蕾を撫でてやる。大輪咲きのホワイトクリスマス。どんな姿を現してくれるのだろう。それが今から楽しみでならない。そして隣のベビーロマンティカも、どんな色を見せてくれるのだろう。こちらも私は指で撫でてやる。ホワイトクリスマスの蕾より滑らかな触り心地。滑るような感触。風が私の髪を揺らしてゆく。イフェイオンの長い葉がふわりと揺れる。

フォーカシングに関する本を二冊、だいたい読み終える。次に何を読もう。そう思って目を閉じ、本棚に手を伸ばす。そして最初に触れたのが、クリシュナムルティの「生と出会う」だった。ならこれを読もう。一度もうすでに読んだことはあるが、私はそれを手に取り、ぱらぱらと頁を捲る。まだ線は引いていない本。今度は線を引きながら読んでみようか。
台所を片付けていると、娘が勢いよく帰ってくる。私は早速、用意していた、私からのプレゼントを渡す。はい、これはママからのクリスマスプレゼント。なになに? さぁ、中を見てごらん。
プレゼントしたのは、図書カードだ。添えたカードには「漫画は一冊買ってもいいです。あとは好きな本を選んで買ってください」と書いた。たいていにおいて今まで私が選んできた本を読んでいる娘。もうそろそろ、自分で選んでもいい頃だ。そう思ったから図書カードにした。宿題が早く終わったら本屋さん連れていってあげる。ほんと? うん。じゃぁ早くやる!
娘が算数の宿題をしている間に、私は風呂を洗い、娘が今持って帰ってきた白衣と体操着とを洗濯機に放り込む。がたがた言いながら洗濯機が回り出す。その音に合わせて、私は手を動かしてスポンジで浴槽を洗う。
ねぇママ、またケーキ食べたい。うーん、考えとく。うん。そんな言葉を交わしながら、時間が過ぎてゆく。ママ、終わったよ! その声に合わせて私たちは部屋を出る。ママ、その荷物、何? 額縁。本屋さん行くついでに、額装もしようと思って。ふぅん。
そうしてバスに乗って大きな本屋へ。娘に一通り売り場の説明をし、別れる。私は画材売り場へ。
いつもなら即日で仕上げてくれていたのが、売り場が狭くなった都合で今後は翌日以降の仕上げなのだと言われる。売り場の店員も、以前の店員がいなくなり、みんな戸惑っている様子。私はじっと待つ。四枚の半切の写真。来年書簡集に展示しておいてもらう分だ。今回は樹の中を駆け回る娘を追いかけて撮ったものを選んだ。あの空間に合うといいのだけれども。
娘と待ち合わせた場所で私は本を広げる。「それはそこにある。」「それが、私たちのすべての問題に答を与えてくれるであろう唯一のものである。いや、答ではない。というのも、そのときそこに問題はなくなっているからである。」「あなたが静まっていて」「強烈さをもって沈黙の中にとどまっているなら、そのときたぶんそれはあなたのもとにやってくるだろう。」「それがやってきたとき、それにしがみついてはならない。それを経験として有難がってはならない。ひとたびそれがあなたに触れるや、あなたは再び同じになることは決してない。それが働くにまかせなさい。」「ひとりになりなさい。そしてもしもあなたが幸運なら、それはあなたのもとにやってくるかも知れない。落ち葉の上から、あるいは何もない野原にひっそりと立つ遠くの木から。」
私は「ひとりになりなさい」という言葉を、幾度か胸の中繰り返し呟いてみる。ひとりになりなさい。ひとりになりなさい。

その夜娘と囲んだのは、娘からのリクエストの煮込みうどん。先日友人が来た折に作った、大根おろしをたっぷり入れた、とろみのある汁がいいと言われ、私はその通りに作ってやる。ママの二倍は食べるからね。彼女の言葉を受けて、私は三人分のうどんを茹でる。そこに、揚げておいた鶏肉を添えて、娘に出してやる。我が家では、野菜は山ほど出るが肉はあまり出ない。だから娘が嬌声を上げて肉にかぶりつく。ママの分も頂戴。いいよ、ほら。娘はもぐもぐと勢い込んで食べてゆく。

徐々に徐々に薄く垂れ込めていた雲が散ってゆき。明るい日差しが辺りを照らし出す。昨日よりずっと暖かな朝。私は二杯目のお茶を入れる。今度はピーチジンジャーティ。ほんの一匙、お砂糖を入れて。ピーチの甘い香りが、ふわんと部屋に広がってゆく。
カップを持ったまま、私は玄関を開ける。そしてアメリカン・ブルーとラヴェンダーのプランターの脇に座り込む。少し前から、何本か挿してあるうちの一本の様子がおかしい。葉の縁が茶色がかってきている。単に枯れてきたせいならばいいのだけれども。私はじっと見つめる。ラヴェンダーは根元に小さな小さな、吹けば飛んでしまいそうなほど小さな新芽をつけてそこに在る。こんな季節にもかかわらず新芽を出してくれることに、私は胸の中で感謝する。
振り向けば、東の空は今まさに白く白く燃えているところで。私は眩しくて目を細める。校庭の隅、プールの水面はその陽光を一身に受け輝き出す。通りの端を、足早に行く人影。目を閉じて耳を澄ませば、何処かの木に集っているのだろう、雀の啼き声。
じゃぁね、ママ、そろそろ行くよ。うん、あ、ちょっと待って。そうして娘は今朝はココアを掌に乗せて来る。はいはい、ココアも大変だねぇ、起こされて。私が笑いながらそう言うと、娘が怒ったような顔をして、せっかくママに挨拶しに来たのに、と言う。ごめんごめん、そうだったね、じゃぁママ、いってくるよ。うん、それじゃぁね、勉強頑張ってね。うん。
階段を駆け下り、通りを渡ると、バスが二台連なってやってくるところ。一台目のバスに揺られながら、私は駅へ。駅にはもう人が溢れており。私はぶつからないよう人の間を縫って俯きながら歩いてゆく。東口から西口へ。そうして少しゆけば川が現れる。
川の中ほどで立ち止まり、私は川面を見つめる。輝き流れる川。いっときもとどまることはなく。浪々と流れてゆく。見上げれば空は薄い水色に染まっており。
そうして今日がまた、始まってゆく。


遠藤みちる HOMEMAIL

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