2010年02月15日(月) |
ミルクの回し車の音を聴きながら眠った昨夜。今朝はもっと軽やかな音で目が覚める。あぁこれはゴロだ、そう思いながら体を起こす。籠に近寄って見てみると、やはりゴロが回し車を回している。彼女の音は本当に軽い。軽やかだ。下手をすると回し車の音がほとんど聴こえてこないくらいだ。おはようゴロ。私は声を掛ける。その声に反応したように、ゴロだけでなくミルクまでもが小屋から出てきてこちらを見上げる。おはようミルク。私はこちらにも声を掛ける。彼女たちは二人して前足を立てて後ろ足で立ちながら、籠の入り口で、開けて開けてとねだっている。私は苦笑しながら、また後でねと声を掛ける。 テーブルの上、オールドローズが最後の最後を迎えている。はらりと散り落ちた白い花弁は、もうだいぶ萎れており。それでも花瓶から花を取り出すことができずにいる私。それでもどうしてだろう、昔のように、時間を巻き戻したいとは思わなくなった。これはこれでひとつの儀式というような。そんな気がする。誰もがいずれ終わりを迎える。花も人も皆。その終わりはおのずと迎えられるべきもので、拒否するものではなく。自分も年をとったからかもしれない、そんなことを思う。 その傍らで、ガーベラはまだ一生懸命花を咲かせている。花瓶の水を取り替えながら、もう少し頑張れるかな、もうちょっと咲いていてくれるかな、と思わず声に出して呟く。もういつ終わってもおかしくない頃合。だのに、花の色は褪せるよりも濃くなっていっている気がする。目の覚めるような赤が、今では濃い紅色だ。 有元利夫のロンドがステレオから流れている。とてもやさしいハープシコードの音色。ひとつひとつの音が、何だろう、立ち上がってくるような、そんな気配。そうして天へ天へと昇ってゆく。そんな音。 お湯を沸かし、プーアル茶を入れる。濃い目に出したお茶を口に含みながら私は椅子に座る。窓の向こうはまだ闇の中。今朝点っている灯りは五つ。線で結んだら、ちょっと歪な星型ができる。
走るほど雪に覆われてゆく景色。でも自宅にいるときより寒さは感じられない。このくらい寒いのがちょうどいい。そんな感じ。それに思ったよりは雪が少ない。この地方の冬の雪はこのくらいなのか、と改めて眺める。 東京駅を出るとき、空は重くくぐもっていた。そして細かな雪がふわふわと降っていた。でもこちらへやってくると空は水色に広がり。その陽光は白い雪で乱反射する。目を瞑りたくなるほどの眩さ。 訪れた美術館は、雪の中、ひっそりと建っていた。朝早い時間で、まだ美術館を訪れる人は誰もいない。私は響く足音にちょっとどきどきしながらフロアを回る。フレスコ画を彷彿とさせる画面。淡々と描かれる人の輪。物語が自然に浮き出してくるようなその画風。若くして亡くなってしまった画家の軌跡を辿る。フロアに流れる音楽は、恐らく彼が作曲したロンドだろう。ハープシコードの音色に、時折リコーダーの音が重なる。その音がさらに、絵から流れ出る目に見えない耳には聴こえない音楽を、高みへ高みへとうねり昇らせてゆく。彼はあの時代にありながら、どうしてこの画風へ辿りついたのだろう。ふとそんな素朴な疑問が浮かぶ。彼の中に在ったのは何だろう。 風化してゆく画。風化するほどに降り積もってゆく画の生命。沈黙の旋律がもしこの世にあるのなら、まさにこの画の醸すものはそれだろう。こつ、こつ、と響く自分の足音さえ、その旋律に巻き取られてゆく気がする。 見終えて外へ出ると、眩い光の洪水。何処にも音などないというのに、先ほどまで聴いていたハープシコードの音色が、最大音量で耳の内奥に蘇る。
その昔、取材したことのある作家の展覧会へ。まだカタチやコトバになる以前の何かがそこに在る。彼の画を見ているとそのことを強く思う。フロアに降り積もるのはまるで、静かな雪の音のようで。彼の絵は何故こんなにも冬に似合うんだろう。 初期から現在までを辿る展示。モノクロの画面に徐々に徐々に色が現れ始める。そしてその色はどんどん余計なものを削ぎ落とされてゆく。この作家は何処までこうして、余計な着物を削ぎ落としてゆくのだろう、それを思うとちょっとどきどきする。生きていれば生きているほど、要らない着物まで着込みたくなるのが人の性。それを究極まで削ぎ落としたとき、そこには何が在るんだろう。 途中、ガラス絵のスペースがあった。そこに清宮先生の名を見つけ、何故だか私はほっとする。ガラス絵の描き方は清宮先生のそれと彼のそれとは異なるのだけれども、それでも、ここにこうして、別の形であっても引き継がれているものがあること、そのことに、ほっとする。
ねぇママ、ママはどうして写真作るの? え? 何が面白いの? うーん、何が面白いのか、まだよく分からないんだけれども、ママが表したいものがたまたま写真に在ったということかなぁ。絵とかじゃなかったわけ? そうだね、絵じゃなかった。切り絵でもなかった。これを外に出したい、今ここにママの胸の中にある何かを外に出したいと思ったとき、それが一番しっくりくるのが写真っていう術だった。ふぅん。絵描いている人とか写真撮ってる人って、みんなそうなの? そうなのって? みんな、これしかないと思ってやってるの? どうなんだろう、よく知らない。そういう人もいれば、気づいたらその術を選んでたという人もいるかもしれない。そうなんだぁ。ママはどうして色がいっぱいの写真は作らないの? そうだねぇ、ママにはまだ色はよく分からないからかもしれない。色が分からないってどういう意味? うーん、ママには、世界が白と黒にしか見えない時期があったんだよ。ええーー、変なの! ははは、そうだよねぇ、世界には色が溢れてるはずなんだから、白と黒だけなんて変だよねぇ。でもそうしか見えない時期があったんだよ。ふぅん、それで? ママの世界は今はだいぶ色が戻ってきたけれど、それでもやっぱり、色よりも輪郭の方が濃く見える。だからかな。ママの世界は色で構成されているわけじゃぁない、ってことなのかな。ふぅん、なんかよく分かんなくなってきた。ははは。 じゃぁさ、ママさ、もし写真にモノクロが無かったら、写真、やってなかったかもしれないの? あ、そうだねぇ、もしそういうのが無かったら、やってなかったかもしれないなぁ。へぇぇ、そうなんだぁ。ママ、モノクロあってよかったね。そうだね、それがなかったら、ママ、窒息してたかもしれないなぁ。なんで? 胸の中がこうぱんぱんになっちゃって、それで破裂しちゃってたかもしれない。破裂すんの? うん、してたかもしんない。ふぅーん。
…多分、もう破裂してしまうんじゃないか、という時期は、過ぎたと思う。今は、もうすでに写真が私のそばに在るし、それ以外の術でも、それなりに自分の中の何かを出す方法を見つけてきた。でも。 あの頃は、そう、あの頃は、もうどうしようもなかったんだ。どんどん膨らんでゆく自分の中の何か。言葉で辿るなんて、そんな時間はなかった。言葉に還元できるくらいなら、それをしていただろう。言葉に還元できないからこそ、私は困ったのだ。どんどん膨らんで膨らんで、破裂しそうなほど膨らんで。 もう駄目だ、と絶叫しかけたとき、写真という術を見つけた。 これだ、と思った。これしかない、と思った。そしていきなり私はカメラを持ち、いきなり引き伸ばし機にネガをセットし、いきなり印画紙を現像液に突っ込んだ。マニュアルもへったくれもなかった。全部無視だった。そんなもの読んでいる時間がなかった。 失敗を繰り返す、その作業さえ私には必要だった。失敗する中から自分の術を掴んでいった。この絞りで何秒、なんてルールは、私の中になかった。我武者羅という言葉を私の人生に添えるなら、多分あの時期なんだろうと思う。 この写真という術、どこまで続くんだろう。最近時折そう思うことがある。私は何処まで写真をもって歩いてゆくのだろう、と。
ママ、今日ばぁばの誕生日だね。あ、しまったぁ! どうしたの? 花、注文するの忘れたっ。あーあ、知らないよぉ。もう私、四つもプレゼントしたよ。あちゃぁ、やばいなぁ。あーあ、子供が親の誕生日忘れてどうすんの、だめだなぁ、ママ。今日までになんかしなくちゃだめだよ。そうだねぇ、ほんと。まずいまずい、ほんとにまずい。 私は玄関を出ながら、頭の中は今日どうするかでいっぱいになっていた。娘が差し出す手のひらの上のココアは、そんな私を見透かしたように、「心ここに在らずでしょ」といった顔でこちらを見ている。心の中で詫びながら、私は頭を撫でる。じゃぁね、行ってきます。行ってらっしゃーい。 灰色の空の下、傘を持っている人も何人かいる。バスに乗り、駅へ。月曜日の駅は何故だろうみんな、疲れて見える。日曜日という時間を過ごしたせいなんだろうか。何処か物憂げで。 ヘッドフォンからは、相変わらず有元利夫のロンドが流れている。しばらくこの曲をひたすら聴くことになりそうな気がする。 電車は川に差し掛かり。何処からも陽光は漏れてくることはなく、だから川は暗く重くひたすらに流れる。川の中ほどに、大きな流木。何処から流れついたのだろう。そしてまた、これから何処へ流されてゆくのだろう。 そして私も。 人の波に押し出されるようにして改札を出る。さぁ今日もまた一日が始まってゆく。 |
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