愛より淡く
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2003年01月31日(金) 私が壊れるに至るまで その5 美しい人

しばらくは安静にしていなければならず、トイレにも行けなかったので、看護婦さんが導尿に来た。

導尿に来た看護婦さんは、後に私たち新米ママたちの間で話題になるほどの美貌の持ち主だった。非常に長身でスーパーモデル並みのナイスボディだった。

そのような美しい人に導尿してもらう時、私は恥ずかしくてどうしてよいかわからず、真っ赤になってドキドキしていた。

美(び)・ナース。私は、彼女のことを密かにそう呼んでいた。彼女には、その5日後に非常に迷惑をかけることになる。







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その4「汚れた手」


すっかり朝になる頃、私は病室に戻された。

6人部屋だったけれど、ひとつひとつのベッドの周りは、カーテンで仕切られていた。

すでに朝の食事が用意されベッドの横の引き出しつきの台に置かれていた。

私の子供をとりあげてくださった助産婦さんが、私の様子を見に来てくださった。二言三言、何かお互いに言葉を交わしたように思うけれど、もうよくは、思い出せない。

ただ、彼女が、朝食のトレーの上の食パンを見て、

「よし、私が焼いて来て上げるわ」

そう言い、私の食パンをトーストしに行ってくださったことだけはよく覚えている。


私は、彼女からパンを受け取る時に、一瞬、躊躇した。

その前に私は手を洗いたかったのだ。

昨夜分娩台で、産みの苦しみを味わっていた時から一度も洗っていない手だった。

たぶん私の前に何人もの妊婦さんが握り締めていたであろうと思われる分娩台の握り棒を、必死で握り締めていた手だった。汗にまみれた手だった。

できれば、全ての汚れをきれいに洗い流した手で、受け取りたかった。


「はい、いっぱい食べてたくさんお乳を出さないとあかんからね」

トーストを手に持った助産婦さんの屈託のない柔らかな笑顔を見ると言いづらくなってしまい、結局、その言葉を飲み込んだまま、私はトーストを受け取った。


でも、自分の汚れた手のことばかりが気になっていた。

今になって思う。強く思う。

私は、やはりあの時、はっきりと意思表示すべきだったのだ。







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テキスト庵さん