こしおれ文々(吉田ぶんしょう)
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2004年08月13日(金) |
サイエンス・フィクション【春子(ハルコ)】 第5話 黒塗りの車の男 |
第5話 黒塗りの車の男
『貴方の能力について、【ある方】がお会いしたいと申しております。 ご足労ですが、少し時間をいただけないでしょうか?』
黒塗りの車で現れた男は、丁寧な口調で私に話しかけてきた。
その男は 今まで感じたことのない、 独特の雰囲気を醸し出していた。
生理的に受け付けないというか、 本能的に危機感を感じるような、 ハッキリ言って嫌いなタイプ。
感情が表情に出ないタイプ。 一見、おとなしそうで悪い人には見えないけど、 こういう人は 何を考えてるかわからないから 一番たちが悪い。
出来ることなら、その車に乗りたくはなかった。
警察に捕まるわけではなさそうだけど、 それよりもっと、 二度と戻って来れなそうな、 何か得体の知れない恐怖感を感じた。
『断ることができるの?』
という私の問いに、 その男は少し笑いながら横に首を振った。
『ご両親が危篤な場合以外は、 連れてくるように申し使っております。』
『おじいちゃんが死にかけてるんだけど』
『貴方の御祖父に関しては、 お母様の方は亡くなっておられますし、 お父様の方は10年以上連絡を取っておられないと思いますが?』
『いろいろ知ってるんだ?』
『失礼かと存じますが、これも仕事でして。』
『ふ〜ん』
『ちなみにお父様の方の御祖父は、今も元気でおられますよ。』
乗らないわけにはいかなかいようだ。
不安な気持ちを抱えながらも、 結局、車の後部座席に乗り込んだ。
乗り心地の良さが、余計に不安な気持ちを煽った。
どこに連れて行くのか、 誰が待っているのか、 何を聞いても、その男は 『着けばわかります』しか言わない。
20分後、車は高級ホテルの地下駐車場へと 入っていった。
車が地下に降りるとき、 入り口の前に立っていたホテルの従業員が、 男に対して一礼した。
それも、見知らぬ客に対してのものではなく、 明らかに顔なじみに対する一礼であった。
この男が、 というよりこの男の雇い主が、 どれだけこの高級ホテルのなじみ客かどうかが よくわかった。
他人の【運命】が見える私だからこそ、 【わからない自分の運命】は、 きっと軽くて安っぽいものであると予想していた。
マッチの火を 一息で吹き消すような、 そんな他人の力でどうともなるような チープなものなんだろう・・・と。
でも、それは意外な形で 私の前に現れることとなる。
今さらどうすることも出来ない。
私自身の運命だって、決して変えられないのだから。
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