こしおれ文々(吉田ぶんしょう)

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2004年08月14日(土) サイエンス・フィクション【春子(ハルコ)】 第6話 シャンパンの味

第6話 シャンパンの味


車から降り、
地下の駐車場からロビーを通ることなく、
エレベーターでそのまま17階の部屋に案内された。


このホテルに私がいることが、
誰も知らない状況となったわけだ。


『この部屋です。』


中に入り、まわりを見渡すと
そこには誰もいなかった。

『誰もいないじゃん』

『待つのがお嫌いな方でして。
 もうすぐいらっしゃいます。
 おかけになってお待ち下さい。
 何か飲み物お持ちしますか?』

『いらない。』

『かしこまりました。』

男はそう言うと、部屋から出ていった。




部屋から望む夜景は、とてもきれいだった。
それより、
自分が今、夜景に感動する余裕があることに驚いた。


余裕と言うより開き直りに近いのかも知れない。

『どうせなら超高いシャンパンでも頼んでおくんだった。
 殺される前にもう一回頼んでみようっと』



その時ドアが開き、
さっきの男と、
もう一人、中年の男性が入ってきた。


『私は人殺しは嫌いだ。』


そう言うと、
中年の男性はそのままソファに座った。

『君も掛けたまえ。』

その人物に驚いた私は、
頷くことも出来ずに、
言われるままに
その中年男性の正面に座った。


テレビで見たことがある。
名前は出てこないけど・・・。



多分・・・、代議士。

ってことは、あの男は政治家の秘書・・・。




『シャンパンが飲みたいのか。
 なあ、用意してあげなさい。』


そう言うと男は冷蔵庫から
黒々しい瓶を取り出し、グラスに注いだ。

グラスを私の前に差し出すと
一礼し、そのまま部屋から出ていった。


一呼吸を置き、
中年男性は、話し始めた。
『私も忙しい身だ。要点から言おう。』




それから15分ぐらい、中年の男性は話し続けた。



間違いなく、私自身に話しかけているのに、
違う人に話しかけてるのを
私がまわりから眺めているような、
自分のことじゃないような感覚だった。


話が終わると、
私はまたあの黒塗りの車に乗せられ、
家まで送られた。


自分の魂が幽体離脱から戻ってきたのは、
部屋でトイレの便座に座ったときだ。


トイレで用を済ませ、
手を洗い、タオルでふき取ったとき、
やっと頭の中で整理が出来た。



『荷物の整理しなきゃ』



一息で吹き消すことのできるマッチの火のような
私の【運命】は、
吹き消されるどころか、
そもそも火を付ける自由でさえ、
奪われてしまった。


シャンパンの味なんてわからなかった。

舌がビリビリするだけで、
メロン味かも、イチゴ味かもわからなかった。



管理人:吉田むらさき

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