こしおれ文々(吉田ぶんしょう)
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2004年08月30日(月) |
サイエンス・フィクション【春子(ハルコ)】 最終回 |
最終回
中年の男性と契約したとき、 住むところも用意してくれた。
15階建ての高層マンション。
ここは、 前住んでいたところより、部屋の広さが3倍もある。
私にはもったいないくらい。
案の定、その半分も使い切れてない。
どこか、居心地が悪かった。
その部屋の豪華さに、 見下されてるような気分になる。
このマンションには、屋上があった。
部屋の居心地の悪さとは対照的に、 私はこの屋上が好きだった。
この屋上から見える朝日、 そして夕日。
太陽だけは、 昇るときも、沈むときも、 私を見下すのではなく、 温かく見守ってくれている気がした。
イヤなことがあると、 早起きして屋上に来た。
朝からテンションの高い小鳥の声 朝だというのに隠れ損ねた月 ビル群をせわしなく駆け抜ける朝の光。
そのすべてが、 夜の汚れを浄化しているようだった。
冷たくて、少し湿気を含んだ朝の空気。
胸いっぱいに吸い込めば、 私自身も、 少しはキレイな身体に戻れる気がした。
彼に抱かれた夜から そして、彼の【運命】を知った夜から一夜明けた。
早起きして、屋上に来てみた。
穏やかなスピードで流れる雲、 いつもより高く、吸い込まれそうな空
一夜明けても、 私の気持ちに変わりはなかった。
【運命】は変えられない。
それでも、 あの優しい彼を、 人殺しにしたくない。
彼と出会い、 人を愛する素晴らしさを知り、
その人に抱かれる幸せを実感できたから。
生まれてきて良かったと、初めて実感できたから。
私に引き金を引くとき 彼が言った一言を思い出す・・・。
『今日は、私があのスープを飲みます』
私は立ち上がって、思いっきり背伸びをした
〈【運命は変えられる】って言うけど、多分それは違う〉
太陽にかざすように手を広げ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
〈仮に、運良く打開したとしても、〉
そして、吸い込んだ空気を全て残さず吐き出した。
<【頑張って打開したその状況】が結果的に運命なわけだから、 結局、運命は変えられないんだよ>
クツを脱ぎ、フェンスに向かって歩き出す。
<人の手によって変えることが出来るのは、2つだけ・・・生と死>
思った以上に高かったフェンスに足をかけ、乗り越える。
<中出しするかゴム付けるかは、その人のサジ加減>
さっきの場所より風が強く、乱れる髪を右手でおさえた。
<銃口を口にくわえて引き金引くかも、その人のサジ加減>
空を見上げ、太陽の光に目を細めて笑った。
『愛する人のために自ら命を絶つのも、私のサジ加減』
そして、彼の笑顔を思い出し、太陽めがけて一歩踏み出した。
【運命】を変えるための・・・一歩。
サイエンスフィクション【春子(ハルコ)】 〜完〜
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