こしおれ文々(吉田ぶんしょう)

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2005年02月27日(日) 三題話『ORANGE』第3話 手をつなぐということ

第3話 手をつなぐということ


家に帰宅する途中、
小さな声で泣いているキャバクラ嬢に出会った。


『泣いているの?』

『お店のお客さんにホテル誘われたけど、
 今日は生理って言ったら殴られた。』

『そっか。大変だね。』

『私、バカだから。』

『アイス買ってあげるから、もう泣かないで。』


その日以来、
彼女はうちに転がり込んだ。

洗濯、掃除、食事の支度、
キャバクラ嬢というイメージからは想像できないほど
マメにこなしてくれる。

そして俺が昼間外出するときは、
彼女は必ず俺に付いてきた。

買い物、散歩、編集社での打合せ、
キャバクラから帰ってくるのがどんなに遅くても、
彼女は起きて俺に付いてくる。

決して俺のそばを離れることなく、
なぜか俺の手をつないでくる。

『なんで手を離さないの?』
俺が聞くと、
『トゲがある花をあなたが知らずに触り、例え血を流しても、
 あなたはきっとその花を許してしまうから。』
と、彼女が答える。

『さっぱり意味わかんない。』

『私バカだから、たまにはカッコイイこと言ってみたかっただけ』

『今のカッコイイのか?』

『その辺は触れないで(笑)』


そんなくだらない話をしながら、
俺たちは手をつなぎ歩いていた。


小説家という職業は性に合っていた。

一般のサラリーマンとして働くことが出来ない俺にとって、
出勤しなくていいこと、
勤務時間に拘束されないことは、
何事より代え難い。

ハンディキャップを持ちながらも
人の手を借りることなく、
まっとうに生活できている。

そういう意味で、
文章を書く才能を持たせてくれた神様に、
感謝しなければいけない。


人間、必ず一長一短はあるもの。

生きていくという意志さえあれば、
やってやれないことなどないのだろう。


父親と母親を早くに亡くし、
親戚に引き取られたが、
叔父と叔母は俺に優しくしてくれた。

何不自由させることなく、
我が子同然に大学まで行かせてくれた。

自分で言うのもなんだが、
父親がけっこう金持ちだったらしく、
俺に残してくれた財産も相当な額なのだが、
叔父叔母はその金を
俺が独り立ちするときの資金として
全く手をつけなかった。


手をつけたってバレやしないのに。


そんな叔父叔母に育てられたからこそ、
財産に甘えることなく、
俺は自分で稼ぎ、自分の力で食べていこうと心に決めた。

そしていつか、自分が稼いだお金で、
叔父叔母に恩返しをしようと。

駆け出しの小説家では、
今のところは食べていくだけで精一杯なのだが。


3年の月日が経ち、
相変わらず彼女は俺の家に居候していた。

キャバクラで働いてること以外、
本名も、出身も、なぜ俺と一緒にいるのかさえ、
わからなかった。

実際、どこのキャバクラなのかも聞いていないので、
本当にキャバクラ嬢なのかさえわからないのだが。

べつに俺も気にしなかった。

一度だけ、
なぜキャバクラで働いているのか聞いたことがあるが、
『私、バカだから男性を喜ばせることしかできないの』
と言うだけだった。



彼女と手をつないで歩くとき、
彼女は俺を露骨に導こうとはしなかった。

俺の真横の位置をキープし、
先に行くこともなく、遅れることもない。

そして障害物にぶつからないよう
車にひかれないよう
盲目の俺を自然に誘導してくれた。

幼い頃事故で失明し、
杖や盲導犬があっても
つねに命の危険にさらされてしまう俺を、
彼女はごく自然な優しさで守ってくれていた。


はた目から見れば、
仲の良い恋人同士にしか見えないだろう。

彼女と手をつないで歩くとき、
俺は自分が盲目であることを忘れる。

そんな彼女の優しささえあれば、
どこから来たのか、
誰なのか、
そんなことはどうでも良かった。



今年の夏は暑かった。

無秩序に建てられたビル群は、
海からの風を妨げ、
気が狂うほどの暑さを供する。


俺は日差しから守るかのように
サングラスをかけた。
本当は盲目であることを、
すれ違う人々に悟られないためだが。


そして今日も
彼女と手をつなぎ、買い物に出かける。


管理人:吉田むらさき

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