- 2000年02月16日(水) おとうさん 風花(かざはな)
おとうさん、大好き。
でも、怖い。
大嫌い。
あなたのところに、帰って来ました。
「おとうさん……」
やっと、あなたを優しい声で呼ぶことが
できるようになりました。
でも、ちょっと遅かったのよね。
今も、あなたの声が思い出せません。
そちらに行ったら、たくさんお話しましょうね。
きっと、深くて優しい、私にとって
懐かしい声をしているであろう、……
おとうさん。この地方では、冬になると乾燥して雪が降らない代わりに、山間部で降った雪が風に乗って都市部にまで流れてくる「風花」という現象が起きる。
今日、引越し先のアパートを見に行った。
前回、夜行って「女性の亡霊」に出会って懲りているので、明るい時間帯にした。
午前中の光の様子はどうなのか、知りたかった。
入り口の扉にある摺ガラスが、鈍く光っている。
やっぱり、部屋に差し込む光が透過しているんだ。やった。
鍵を開けて、中に入る。
奥のサッシ窓が、遅い午前中の光を受けて輝いている。
部屋は、明るかった。
(しかも、真ん中の部屋は、襖を閉じればほぼ真っ暗になってしまうのだった。
襖の間から僅かに光が漏れるところが、また風情がある)
古いキッチンの棚とか、ガス湯沸し器に付け替えてくれたお風呂とかをチェックしながら、
私は奥のサッシ窓に向かった。
窓から見える景色が好きだ。
「ネコの額ほどの」裏庭を見下ろせる、割とゆったりしたベランダ。
サッシ窓を開け放つ。
近頃あまり見ない、午前中の太陽の光を見た。
そうして、日の光の中に、キラキラと白く輝くものがいくつも舞っているのが見えた。
―風花だった。
遠くの山から、風に乗って流れてくるぐらいだから、とても軽くて、乾いている。
もちろん、それだけ空気が冷たいからだろうけれど。
そうして、(たいていそうなのだが)頭上には雪雲はないので、日の光を受けて、輝いているのだ。
「今年も、風花の季節になったんだ……」
風花が舞う、ということは、この地方がかなり寒くなっているということだ。
何しろ、日の光を受けても融けないのだから。
ところが、この頃から寒さが厳しくなるにも関わらず、景色の感じがどことなく春めいて見えるようになるのだ。
風花がきらめく光をまるで音で表すかのように、たぶん吊るしっ放しになっているのだろう、風鈴の音。
私は、ベランダの奥の日だまりになったところへしゃがみこんだ。
日だまりは、子どもの頃を思い出させる。
また、それを音で裏付けるかのように、近所にあるらしい木工所の機械音。
風花の向こうには、裏庭で伸び放題になった木の、濃い緑がにじむ。
ちょっとできすぎているくらいの光景に、私はほけーっとして見とれていた。
それは私にこう語りかけているみたいだった。
「ようこそ、このお部屋へ。あなたはここにいて、いいんだよ……」