| 2006年03月02日(木) |
すべてを楽しく思えたなら |
臆病というのは本当に損だと思う。いつも何かを恐れていて、その場をなんとか失敗せずに過ごすためにいつも焦っている。せっかく誰かと一緒に飲んでいても、失言を心配してしゃべれなく、相手は私なんかと楽しんでくれているのかと顔色をうかがう。気楽に楽しむこともままならない。だから気を許すのに時間がかかる。そして「よかった。付き合いとかじゃなくて、この人は私を好いてくれている。気を許しても大丈夫だ」と思うまでに作る笑い顔は、頬や顎が引きつってしまって、とても顔が痛い。そして何となくかゆい。何故か痒くてしかたない。 だけど、今日は違った。アパートの隣部屋の子とセブンイレブンでお菓子や夕飯を買い込み、飲んだ。気を許して、ゆったりできた。全然疲れなかった。友達が一人できたようでうれしかった。 二人でコタツのテーブルにひじをつき、テレビを眺めていた時思った。『気を許して時をすごすと、世界がこんなにもはっきり見えて視界がまったくぼやけない。現在がくっきり感じられれるし、一瞬がスローに見える。地に足が着いているように、背筋がのびる」 久しぶりに落ち着いた精神になれた。ものの輪郭がくっきりと感じられるような、すっきりさ。心配も臆病もない迷いのない心で在る時。 こんなふうに、すべての人と気を楽にして付き合えたらいいのに。すべてを楽しめるようになれたら、どれだけかいいのに。
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