ふつうっぽい日記
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2004年02月16日(月) 「逃げる」二月

一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。
それほどに、暖かい季節はあっという間にやってくる。
本当にそうだ。

正確には、陽は照っているけど風は冷たく強い。洗濯日和とは少し無理があるような二月の中旬だ。

所得税の還付や、その他イレギュラーな手続きで緊張していた分、小さなことではそんなに悩まずに過ごせてきた。今,ちょっと落ち着いているので、小さなことで立ち止まることになるのかもしれない。
12月に出産した友達からの携帯メールにちょっと歯切れの悪いため息をついたから、“ちゃんと”立ち止まっている(笑)
結構、マメに私はそれが愚痴のようなものであれ、携帯メールにちょっとしたメッセージを送っていたので、彼女としては私からの音信が途絶えたことに心配してたようだった。でも、私としては、それなりに早く、それなりにゆったりと時間は流れていたから意識はしてなかった。
彼女は流産をきっかけに、いわゆる不妊治療を受けていて、治療こそは受けてないが毎月不本意に流れている“タマゴ”を見送るキモチみたいな微妙な心理を敏感に分かっている方だと私は思っている。
「やっぱりストレスがアカンらしいねん。子連れの主婦とか妊婦さんとは距離を置くようにって医者から言われたし」と彼女が言っていたのは忘れられない。
だから、おそらく、私がすでにその問題を乗り越えた彼女と“距離を置いている”と思われているとしても自然なのだろうが。

たしかにストレスというかイライラとかムカツキを悲しくも感じずにいれらない時期もあった。子どもを抱く、幸せな姿への嫉妬と、劣等感。
見下されているような、“こんな簡単なコトもできないの?”とか“あなた子ども好きって言ってなかったっけ?”“子どもを作らないならちゃんと働いたらいいのに。子持ちだと仕事見つけるのってタ〜イヘンッ”と悪の台詞の幻聴の妄想の連続。
よし!今ならいいよ!とやってきてくれるモノじゃない。
逆にそんなシステム(笑)だったら、一人では決断決意できないと思う。
明るい家族計画とかいうけど、実際には明るいものか?

中学の頃、ある友達が「昨日、変な夢を見た!赤ちゃんの缶詰。キモチ悪かろ?」って。強烈なイメージだったのでずっと覚えている。
彼女とは中学卒業間際にケンカをして、卒業してから(つまり高校入学してから)仲直りをして、二十歳の成人式で会ってから会っていない。年賀状の行き来もなくなったが、別の友人からの話では結婚して2人の子どもがいるとか聞いた。耳に障害のある彼女だったこともあって、その知らせは素直に微笑ましいと思った。彼女にもし会ったとして「無理せんで、頑張ればよかと」と言われたらおそらく私は号泣するだろう。素直に。


子どもが欲しいとか欲しくないとか、しっかりと意思を持てない。
なりゆきでそうなりたいっていうのは、無責任?
だから、なりゆきで、結果,実を結ばなかったとしてもなんか理由をつけて受け入れようと頑張るのだと思う。
だから、なりゆきで、結果、実を結んだとしてもなんか理由をつけて、明るく生きようと頑張るのだと思う。
とはいえ、そんな“なりゆき願望”の私だけど、子を抱く母親の姿を見ると,「出産お疲れさま」「子育て楽しんでね」なんて言葉は言える。現実はハードで、楽しむ余裕なんてないのかもしれないけど、強引にでもそう言っておかないと、そういうものって思っておかないと「子育て楽しそうじゃないからヤーメタ!」って言うかもしれない。

小さい人間のちょっとしたしぐさや言葉から純粋さを感じる余裕を持てたら,オモシロイだろうなって思える自分がいるのは、あの時の自分がいたからだ。そう思うと,これからの不透明なリズムもオモシロイ。


14日のバレンタインデー。旦那様,チョコあげなくてゴメンなさい。
【ちょこっとメッセージ〜バレンタインに贈るメッセージにかえて〜】
砂ズリの焼き鳥旨かったね。
今度は肝の造りと、その他の串もたくさん食べようね!
美味しい焼き肉とレバ刺しも食べに行こうね!
呼子のイカもぼちぼちまた食べに行きたいね!
お好みで食べる寿司屋にはいつ行けるかな?!
さぬきうどんも捨て難いね〜


KAZU |MAIL