ふつうっぽい日記
もくじ過去未来


2007年09月19日(水) 研修記録

去る、9月18日〜19日に市の発達教育センター主催のボランティア養成研修に参加した。

それは、市政だよりと新聞、公民館で募集の案内があって、私は新聞で見て応募を決めた。市政だよりでもその記事は見ていたけど、興味はあったものの定員制だし、あっという間に定員になっているだろう…と潔く見送っていたのだ。
8月も末に入ろうかとする時に新聞でその見覚えのある案内を見た時は「呼ばれている」と勝手に意識した。

さて。
応募から受講確定の間にも、首を傾げる事があったが、まぁ、一般市民を対象にしたこの試みは初めての事とのことで冷静に流れに乗ってみよう、観察してやろうとのノンビリペースを自分に言い聞かせて。

実施の3日くらい前に、具体的な持参物などの案内がFAXできた。企画側との連絡は、FAXか郵便。応募をFAXでしたために、私のところへはFAXでされた。

初日は、午後2時から5時まで座学。
バス停からも分かりやすい場所。
今回の講座は、『学校生活支援ボランティア(ハートフルボランティア)養成研修』というのが正式名称。
障がいのある子どもの学校生活を支援するボランティアの養成。

目的は「講義と体験を通して、障がいのある児童生徒に対するボランティアのあり方について理解を深め、ボランティアの養成を図る」というのが実施要項に書かれている。

初日は講話を聞くのみ。
第一部は一般人の目線で、分かりやすい事例で「ボランティア」についての話を社会福祉協議会の方から聞いた。
印象的だったことをいくつか書いておく。

日本の障がい者出現率は、5%。
スウェーデンでは38.4%。
何で少ないのか?なぜ多いのか?
→国によって、障がいの捉え方が違う。
国連では「社会的に不利益をこうむるか、否か」と定義。


福岡県内での孤独死746件(過去1年間)
→地域社会の連帯性の希薄化。
子ども会やPTA活動をしている時期は地域との関わりが活発になるが、子どもが学校生活を終えると、あとは年を取るまでなかなか地域との関わる機会を持たないライフスタイル。


例えばこんな場面では、どのように自分は行動するだろうか。
お隣に住む、おばあちゃん(年輩の方)
毎日、挨拶をしてくれている。 最初は丁寧に挨拶を返していたけど、だんだん慣れてきて、おばあちゃんだけが挨拶をしてきて「ハイハイ…」みたいな状況。
あるとき、いつも挨拶してくれるおばあちゃんがそういえば姿を見ない。

「あれ?どうしたのかな?」:これが「心のさざなみ」
そこで、隣のチャイムを鳴らすかどうか?

この問いかけを大学生にしてみたところこの様に答えたという。
「母に頼んで行ってもらいます」との声。
別の声「新聞とかがたまっている様だったら声をかけてみる」

思い切って、チャイムを鳴らそう。
鳴らすのは何も特別なことじゃない。
ただ旅行に行っていた、という理由かもしれない。それならばそれでOK。「最近姿を見かけないからどうしたんだろう?って思って」ただその理由でOK。

前住んでいたマンションの隣人を思い出した。
70代後半の女性。40代の娘と2人暮らし。
定期的に声をかけてくれていた。
ベランダで洗濯物をお互いに干している存在感でホッとしていた。隣の生活する音はするものの、日中静かな感じだった。
ソワソワした。意味もなく、手には茶菓子を持ち、チャイムを鳴らす。不在。
ソワソワ。
娘さんは夜はいるような感じ。
それから日々忙殺され、そのことを忘れていた。
そしたら、聞き覚えのある声。おばちゃんだ。
わざとらしく、玄関を出る。玄関先の植木に水をやっていた。
「久しぶりですね?」と言うと、「倒れて入院してたんよ」と言う「救急車を娘が呼んでくれてね、自分でも死ぬかと思った。ありゃ、しんどかった。また、奥さん、お茶しに来てな。日中暇してるし」
そう、お隣のお宅へは3回くらいお茶に呼ばれた
自分の部屋には招いた事はないけど。


ボランティアの定義(大阪ボランティア協会)
→地域社会が抱えている課題や地域社会に住む人たちが抱えている課題を自分の問題として捉え、その解決のために自ら立ち上がる人。

ボランティア活動への誤解
→意識調査から見るボランティアのイメージ
…大変だ/しんどい/誰でもできない
→ボランティア(活動)への誤解
…ヒマな人、お金をもった人、奇特な人(特別な人)
奉仕、慈善の概念でボランティア(活動)が理解されてしまい、いつのまにか上下関係を作ってしまった。「してあげる式」
『気をつけよう甘い言葉とボランティア』
相手を傷つけてしまうことになる。自己満足、自己中心的。

ボランティア活動が目指すもの
→以前のような「他者のための活動」ではなく、「すべての人が自立した生活を確保できるような、安心と安全と温もりのある町づくりへの主体的参加」とする考え方に変化している。

共用品(ユニバーサルデザイン)は「目指す社会の縮図」
→例えば…
シャンプー&リンスの容器。
シャンプーにはギザギザが付いていますよね?
知ってましたか?ポンプ式の容器では上の方に付いていたりします。
他に、らくらく糸通し、自動販売機、片手でできる大根おろし器、片手でも開けられる容器。
きっかけは、障がいのある人のためだったものが「全ての人にとっても使いやすい」ものに。

【大きな10円玉の話】
「A君、ここに500円玉、100円玉、50円玉があります。この中で一番大きいのはどれ?」(500円玉と答えさせたかった)

A君はこう答えました。「10円玉」
どうして?
「この10円玉で電話がかけられるから。だって、僕の優しいお母さんの声が聞けるんだもん」

A君にとっては、価値観がポイントでした。


KAZU |MAIL