ふつうっぽい日記
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2011年12月20日(火) 「自立」に寄り添えるのは誰か

たまたまある現場で聞かされたエピソード。
本来ならば支援学校就学対象である6年生のA君。
4年生まで何回も何回も転校を繰り返した。
特別扱いされることを嫌い気がかりな行動を度々起こしたという。
子どもの足では40分くらいかかるであろう道のりを親の目の隙を狙って家を出て歩き保護されたこと。

このA君を受け入れる学校のことを想像してみる。
そういった経緯を厳しく受け止めるならば、監禁すること、外に出ないように自由を奪うような手立てを試行錯誤したかもしれない。


別の現場での話。
支援学校で開催されたボランティア養成研修。
ある参加者の言葉が印象的だった。

「どうして一人で登校させるんだろう。
親は心配じゃないのかしら。
だって、JRに乗って、そしてバスに乗り換えるんでしょう?
その間に、何かあったらって、私だったら心配でたまらない。」


A君に視点を戻す。
徒歩40分の道のり。
その先には彼の自宅以外の居場所である、例えば雇用契約を結んである場があるとする。
それは「自立」の姿のはずである。
そして、「規則的な毎日の一コマ」になっていくかもしれない。

「こちら側」から頼んでもないのに、指示してもいないのに、40分もの道のりを一人で移動した経験。


また別の視点。
時間がかかるけれど頑張ればできないということはない生活的動作。
例えば1時間という時間の枠。
ある生活動作に一人なら1時間、手伝ってもらうと5分だとする。
手伝ってもらうと残り55分という時間ができる。
その55分を誰かのために使うこともできる。


JRとバスの乗り換えの通学。
この通学が出来るようになるまでの道のりは長かったはずである。
何度も何度も親は子どもの後ろ姿を「尾行」して、少しずつ安心のようなものを積み重ねていっただろう。それでも完全に心配は取り除けない。
一大決心をして、「尾行」をしない初めての一日を、緊張の心配でいっぱいの一日を過ごす。
こういった「自立」への試行錯誤を、一教員が実践したというエピソードも聞いたことがある。

そして、これは私の体験から。
手先の不器用な少年B君。
また、B君は突飛な行動を起こしてしまう傾向があるため褒められる機会が少なかった。
例えばプリントをファイルに綴るという作業。
支援者である私はその作業を手助けした。
なんとB君は前の席で作業が緩やかなCさんの手助けを自発的に行ったのである。
プリントを揃えるという、ただそれだけである。
支援を受けていたB君が、今度はCさんを支援したのである。

私は学んだ。
「自立」に寄り添えるのは誰か。

支援をすることは何も特別な資格を必要とはしない。
B君の様に、自分に不器用なところや、苦手なことがあることを知っていて、周りの人に頼ることができて、周りの人が困っていることが分かること。

かつて排除されていた人が、別の排除されている人の存在に気づき、共感的なアプローチで信頼関係を構築していく、そういう姿も子どもたちの社会で見られる。
共感的なアプローチの基本は、「笑顔を引き出すこと」。
これも、子どもたちの様子から学んだ。

子どもは大人とは違い、お金を使わずに「笑顔を引き出すこと」をいとも簡単に成功させる。

年末年始のこの時期。
クリスマスプレゼントやお年玉。

大人は子どもから試されているはずである。
子どもは大人を試しているのである。


再びA君を想う。
彼が豊かな広大な自然の中の一本道を生き生きとした瞳で、手を広げて前へただただ走っていく姿が浮かぶ。


KAZU |MAIL