こんばんは。 今日と明日の日記は、ちと、小説なんぞを書くことにしました。 長いので前後編です。
――――――――――――――――――――― 「・・・おい・・・・・・おい。聞いとるかい」 「・・・・・・ん?・・・あぁ、うん、聞いてるよ」
怒り交じりの声に気づき、生返事を返す。 こんなことをすれば、余計に怒りを買う。 まあ、聞いていなかったのは確かだ。相手が話しかけている以上、しっかり聞くのは義務だろう。
「ならいい。え〜っと、どこまで話したっけ。そうそう・・・」
もっとも、話しているのでなく、喋っているだけなら聞く義務はない。 人だろうと、ゾウの人形だろうと、水飲み鳥だろうと、適当に相槌を打ってくれれば、こいつは満足なのだ。
「お前のようなバカにもわかるように、紙に描いてやるんだったけな」
どこからとなく、サインペンとレポート用紙を取り出した。 自分の前に紙を横長に置き、真ん中より少し奥、そこになにか描きだす。 〇を描き、Yをくっつけて、ちょんと1本線を加える。
「これが人」
小学生でも、もう少しまとものな絵を描く。人というより何かの地図記号だ。 その『人』らしき足元に、扁平の大きな楕円をつくる。
「人がこっちのほうに進んでいる。こっちが前」
自分から見て右側に『前』と書き入れる。読めるぎりぎりの汚い字を。
「ところが、地面が後ろへ向かって進んでる」
楕円に『<<』を加え、『後』の文字をつける。雰囲気としてベルトコンベアか。 『後』が『俊』と間違えているが、問題はなかろう。
「人が必死に走っても、ちっとも前に進まない。 すこし先に進めば、へとへとに疲れる。 仕方なく休むと、ずるずる〜って戻される。 また立ち上がって走り出す。 これを繰り返すの」
擬音が多いところが、こいつの幼稚さを物語っている。 ペン先で『人』の上を往復させる。 かすかな線が何往復もして、結果、紙を汚す。 汚れを気にせず、コンベアの『後』に大きな『U』を描きたす。
「最後に疲れ果てた『人』がこの『オケ』に落ちてゲームオーバーってわけ。 これが大まかなルールなの。 わかった?」
そのとき思ったのは、滑車を回すハムスターの姿だった。
「『前』に向かって真面目に走りつづければ、いつか終わる。そう信じる。 けど、そこまで行った奴を知らない。まったく根拠のないものなんだ」
ペン先で何度も『前』を叩く。『人』から10センチほどしか離れていないが、こいつにとって遠い場所。
「ゲームオーバーにはなりたくない。負けることは惨めだ。負けるのは嫌。勝ち残りたい。勝ち残れるのが100万人に1人だとしても、とにかく何とかしようとする。 でも、正攻法で生き残れるのは、運や実力やその他いろんなものがあふれている奴。言い換えれば天才だけなんだ。 後はみんな敗者。ミジメったらしいね」
「しょせん、ゲームだろ?勝者と敗者がいてもいいじゃないか」
こいつの手が止まる。 ついに読めなくなった『前』。クシャクシャ塗りつぶし、ペンにキャップをかぶせた。
「だから、オレは違う考え方で生き残ってやろうと考えた」
にらみつけて宣言した。
「いいか、みんなそろって『前』に進んでる。 『前』にしか行けないと勘違いしてる。 進んで助かるのは、ほんの少し。 だったらさぁ」
そう言って新たな『人』を書き入れた。それは、
「『後』に行ってやるんだよ」
「ゲームオーバーの条件は『オケ』に落ちたときだけ。 落ちたくなくて必死に逃げるけど、逃げ切れる保証はない。 なら、いっそ、元気なうちに向かっていって飛び越えてやる。 遠ざかるのが難しいなら近づいていく。 逆転の発想ってやつだ。どうだ、すごいだろ」
「うん、すごいね」
言葉どおりすごいと思った。 真面目に走りつづけることより、根拠ない勝負にかけられる単純さを。 誰もためしていないので、今のところ、成功率は0%。 こいつがその確率を、変える変えられないは、なんとなくわかる。
だめだろう。
そんな単純なミスがあったなら、ゲームが成り立たない。 それでも、「もしかしたら」という希望は捨ててはいけない。 ミスというものは本当に単純なものだから。
「おぉ、そろそろ時間だ」
こいつが立ち上がり、ドアに向けて歩いていく。
「成功を祈ってるよ」
心無い声をかけると、手を振って答えてくれた。
ゲームオーバー最短記録者が、今、ドアを閉めた。
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