Opportunity knocks
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| 2005年04月06日(水) |
differential |
3、4日まえNHKで社会的格差についての討論番組がやっていた。 社会的格差を是認する派としない派に別れた形で、著名なゲストや一般市民からのゲストが意見を言い合っていたのだけど、言ってることがそれぞれ陳腐だったりわかりにくい専門用語を駆使しただけの中身の薄い発言だったりで、見ていてためいきが出そうだった。 格差を是認する派の中に何かと話題の堀江貴文氏がいてなぜ自分は格差というものを肯定するのかという持論(自分はただぼんやりといつくるともしれないチャンスを待っていたわけではなく人一倍努力してきた、努力したものが恩恵を与えられるのは当然なわけでよって格差というものが生じるのは当たり前、などなど)を展開していたのだけど、それに対して格差を否認する派の人は、みんながみんなあなた(堀江氏)のように才能に恵まれているわけではないだとか、あなたはたまたまチャンスに恵まれていただけだとか、すかさず突っ込みがきそうな反論しかできてなくて、見ていてかなり歯痒かった。もう少し広がりのある討論ができないものかなあ。これではただの勝ち組み負け組み論争でしかないとおもう。といってもじゃあ自分がもっとましなこと言えるかというと、そうでもないのであんまりえらそうなことは言えないのだけど。
わたしはというと、やっぱり格差否認派。でもそれを強く推すだけの確固としたものが自分でもまだよくつかめていないとはおもう。ただこのまま格差が広がれば、どんどん余裕のない社会になっていくと思うし、誰もが強者になりたがり、弱者を蹴落とす風潮に拍車がかかっていくような気がする。
上下に分けて間に格差があるとして、わたしは必ずしも上にいる人が偉くて下にいる人が悪であるとは思えない。上にいるものはそれなりに努力をした人間ではあるけれども、それもすべての人間がいるなかでの成功であって、決して自分ひとりで成功したわけではないと思うし、逆に下にいる人間も、まあ落ち度や失敗はあるにせよ、それも自分ひとりでそうなったわけではなくいろんな人間が関わった結果、そういう状況になったともいえるわけで、必ずしもボーダーラインを引けることでないと思う。 すべてを包容できる社会というのが良い社会なんじゃないのかなあ。 格差を認めるということはボーダーラインをひくことを認めるということで、そうなると社会はどんどん二極化していくし、その二極の接点はいろいろな摩擦になって結局お互いに害を及ぼす事になると思う(何が書きたいのかだんだんよくわからなくなってきた)
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