日々雑感
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表参道を歩く。よく晴れて、風景の輪郭がはっきりしている。
ふと見上げると、一本のケヤキに風船がひっかかっている。ハート型をしたガス風船。ひもが枝にからまっているらしい。
小さい頃、お祭りの露天で売られていたガス風船を思い出す。銀色に光るガス風船は、ゴム風船とは違って「特別」なものだった。お祭りに行く度に弟はガス風船をねだったが、買ってもらえたことは一度もなかった。
ある夏休み、弟と二人、泊まりに行った親戚の家のおじさんに連れられて宵宮に出かけた。金魚すくいや綿菓子などのお店に混じってガス風船のお店があり、アニメキャラクターのイラストが描かれたガス風船がいくつも揺れている。いつものように弟は立ち止まる。親戚のおじさんは、こういうとき気前がいい。「ほしいのか?」と尋ね、弟がうなずくと、すぐに一個買ってくれた。弟の手に握られ、人ごみの上をゆらゆらと移動していく銀色の風船。弟はもう大満足、ニコニコしっぱなしで、夜もしっかりと柱のところにくくりつけてから寝た。
次の日、父親が迎えにきた。買ってもらった風船を見せようと柱からほどいたそのとき、ひもが弟の手の中からするりと抜け、あっという間に舞い上がっていった。ガス風船が浮かび上がっていくスピードは速い。外は田んぼ。しばらく走って追いかけたが手は届かず、風船は高く高く上がっていって、やがて見えなくなった。消えてしまった。空だけになった。
風船というと、どうしてもあの光景が頭からはなれない。前日の嬉しそうな弟の笑顔と、だんだんと小さくなってゆく風船。「ああ、もう届かない」とわかった瞬間の気持ち。
ケヤキの上のハート型の風船。どこから飛んできたのか。誰の手を離れてきたのか。風にゆらゆらと揺れている。
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