僕の苗字は「あ」で始まる。だから僕は昔から、出席番号が若かった。だいたい「2番」か「3番」。一学期の席は、毎年ほとんど同じだ。黒板に向かって左側、窓に面した明るい席で、前のほう。それが当たり前だった。
注射のときだけはそれを恨んだが、出席番号が若いということは、得をすることが多かった気がする。点呼でもなんでも人より早く済んでしまうのだ。待たなくていい。ただ頭文字が「あ」というだけで、人より優先されていたわけだ。もちろん、当時はそんなことは考えもしなかったけど。
努力なしに利益だけを享受する自分に気がついたのは、大人になって歯医者に行ったときのことだった。虫歯の治療をしてもらいながら思った。自分は今、診療台に寝そべっているだけで何ひとつ努力をしていないのに、確実に「改善」されている、と。麻酔があるから痛くもない。金さえ払えば、それだけで自分がより良い状態になるなんて、夢のような話だ。なんだか怖くなった。
それからは、自ら努力をして成果を掴み取る人が目についてしかたない。当時シドニー五輪や映画『ルディ』を観て痛く感動したのは、そういう心理だったのだろう。努力するやつは美しい。努力しているやつこそ勝者になるべきだ。
一学期の教室、右後ろのあたり。廊下から近くてゴミ箱が置いてある、あのちょっと暗い一帯。そこで「山本」や「渡辺」たちは、コツコツと研鑽を積んでいたのかもしれない。「秋山」や「安西」の後ろ姿を、遠くに見ながら。彼らは今、その積み重ねで「席順」を逆転していることだろう。
では、キリギリスのような「あ行の男」が再逆転するには、どうすればいいのか。
答えは一つだ。 (できんのかな……)
2004年02月24日(火)
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