スランプってある? 「そんな贅沢なもの、ないよ。スランプがあるってことは、すらすら書ける時があるってことでしょ。そんなことないもの。常にスランプだよ。絞り出して絞り出して、これまで捨ててきたものの中に何かないか、いつも未練がましく探してる。シケモク拾いに雰囲気近いね」
「ドキュメンタリーとドラマの違いって分かる?」 脚本があるかないかってことじゃないの。 「ドキュメンタリーにだって、脚本がないわけじゃないよ。あたしが思うに、ドキュメンタリーは見えるフィクションで、ドラマは見えないフィクションだよ」 見えるフィクションって。 「実在するフィクションとも言えるかな。交通事故があった。目撃者が証言した。目撃者は確かにその場にいたし、実際にその目で事故が起きるところを見た。彼は言う、よくある今ふうの若者の無謀運転だった。だけど、記憶は嘘をつくし、その人の知識や先入観で口にすることは違う。確かに運転手は若かったし、髪を染めていた。だけど、彼がストレスの多い仕事で白髪が目立つので髪を染めていたことや、親が倒れて急いでいたことを知っていたら、その目撃者はそうは言わなかったでしょうね(略)」
「般若の面って、よくできてますよね。感心します。あれとそっくりの顔を、時々女の中に見ること、ありませんか。一瞬の表情、女が共通して隠し持ってる同じ一つの表情をよく捉えてるって思うんです」
みんな、TVドラマとか映画とか観て、こんな奴いないよ、とかこんな台詞言わないよ、って文句言うじゃない。でも、ファミレスとか居酒屋とか行ってごらんよ。普通の人のほうが、よっぽど嘘臭い、TVドラマ臭い台詞言ってるんだよね。みんなの考えてるリアルが、完全に虚構と現実で逆転してるんだよ、今の世の中。
「悲しむのって、エネルギーも技術もいるし、タイミングもあるから。いろいろ考えちゃうと悲しめない」 非難を承知で言うけど、悲しみって、イベントなのよ。きちんとイベントを実行しないと、後を引くわ。でも、実際のところ、きちんと悲しめる人って、少ないの。
最近の、みんなのリセット願望って凄いわよね。雑誌見るとリセットして本当の自分を始めましょうって、大合唱よ。凄いわよね、これまでのことをなかったことにしちゃいましょうっていうのは。 「でも、日本の場合、それって経験があるからでしょ。明治も、戦後も、一夜にして百八十度変わって、今日から変わりますって言われて、ハイッて言って変えたわけだし。で、みんな意外とそれが平気だったりする。前例があるわけだ」 そう。だから、今も、みんな、自分から変えようと思わないけど、外から誰か来て、変えてくれないかなあって思ってる。そうしたら変わってみせるのにって。素敵な人が上に来たら、俺たち、ちゃんとやるよ、潜在能力は凄いよって、思ってるの。
「実は、僕もねえ、リセットされたんですよ」 え? 「まさしく、さっきあなたが言った通り。女房がね、子育ても一段落したから、私は自分の人生をやり直したいって。これまであなたたちに使った時間を取り戻したいんだって」 まあ。(中略) 「あなたは、本当の私を知らない。妻として、子供の母としてとしか見てくれないって。でも、何なんですかね、本当の私ってのは。妻も母も、本当の私じゃなかったんですかね。じゃあ、僕はどうなんです? 彼女と接している僕は本当の僕なんですかねえ。僕にも本当の僕があるとは思わないのかなあ。笑っちゃいますよ」 みんなそうよ。 「みんな?」 みんな、本当の私はこんなんじゃない、私はこんなじゃないって思ってるわ。そして、誰もが皆、素敵な人を待ってるの。本当の私を見つけ出してくれる、本当の素晴らしい私を引き出してくれる、本当の私を理解してくれる素敵な誰かを。 「その素敵な誰かとやらの顔を見てみたいもんですね。さぞかし立派な御仁なんでしょう」 さあね。きっと、誰もその素敵な誰かの顔を見たことないんじゃないかしら。いつまでも彼らは、夢見る瞳でその人を待ち続けるのよ。顔に皺ができても、背中が曲がっても。
あたし、お別れを言いに行くの。 「お別れ?」 そう。長いこと不自然に続いていた関係があってね。今日こそ終わらせようと思ってたの。
あたしは考える時間がいっぱいあったから、考えていたの。どうして神様を必要とするのかって。 「どうしてなの」 あたしね考えたの、それはね、誰かを殺すためよ。 「え?」 そうなの。人間ってね、嫌なことは自分のせいにしたくないの。気分の悪いことや、嫌いなことは、他人のせいにしたがるのよ。人を殺すのって、嫌なことでしょ。だけど、殺さなきゃ困ることとか、殺したほうがその人にとって得することとか、沢山あるわけよ。その時に、神様がいるととても便利なの。神様に命令された、とか神様のために、とか神様の名において、とか言えるでしょ。 人を殺す場合だけじゃない。何かとてもひどいことがあっても、誰かのせいにできないとつらいでしょ。自分のせいだなんて、絶対に思いたくない。誰かのせいだって考えることって、とても気の休まることなんだもの。後悔や反省よりも、人を憎むほうがずっと楽。そういう時に、神様がいるの。あたし、分かったの。人は他人を殺す生き物なの。だから、人を殺しやすくするために神様を作ったのよ。
2004年06月13日(日)
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