| 2005年03月16日(水) |
��288…愛情の形 |
先日、脱走事件を起こして説教されたリブだが、反省している様子はまるでない。(��287を参照されたし)
昔は室内飼いの猫なんていなかった。 本当は、行きたいところに自由に行って、ささやかな冒険を楽しみ、外の刺激を堪能できる環境が、精神衛生上いいのかもしれないけれど…。 猫として、本来の猫らしく生きていくことが望ましいことかもしれないけれど…。
交通事情や病気感染の危険、おまけに不届きな輩の多い昨今、今更外に出す気はない。それは、私なりの愛情の形なのだけど――。
数日前、所用で、下町界隈のとある場所に出かけた。 そこはまだ古い日本家屋が随所に残る、妙に懐かしい空間で、古本屋とおぼしき 1軒の店の入り口に、大きなキジ猫が看板猫よろしく寝そべっていた。ふてぶてしい顔をした雄猫で、年季の入った青い首輪をしていて、その店の飼い猫だった。 近づいて手をさしだしても動じる風もない。
だいぶ汚れているし、肉球はごつくて、日常的に外を(ほとんどはアスファルト道路だし)歩きまわる猫の肉球のたくましさを知り、うちの猫の仔猫のような柔らかい肉球が、いかに鍛えられていないかを悟る。 しかも、体をポンと叩くと、ぼわ〜んと埃が舞ったり……( ̄ー ̄;汗
飼い主であるオヤジさんは、猫とは、外と家を出入りしながら暮らすのを当然としている昔ながらの人間で、 「猫を風呂に入れる」 などということは思いつきもしないタイプの人らしかった。
それでも、ニコニコしながら猫自慢をしていたから、可愛がっていることには違いなさそうだ。 でも、猫可愛がりしているという風でもなかった。猫が帰宅すれば歓迎するけれど、無理やり閉じ込めておくことはしたくないという。それもその人なりの愛情の形――。 風呂に入れていつも綺麗にしてやって、爪を切ってやることが猫の幸せとは限らないわけで…。
くだんのキジ猫は、カメラを向けたら、うるさそうに立ち上がって店の中に入ってしまい、写真は撮れなかった…(^^;
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