闇鍋雑記帳
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1970年07月06日(月)

一旦、赤ちゃんを預かって貰い、休んでいました。
そのうちに、葬儀屋がやってきたので、夫に話をしてもらいに行きました。
すると、看護師がやってきて、「1日くらいはこちらでお預かり出来ますよ。そしたら、まだ赤ちゃんにいつでも会うことができますが、そのまま葬儀屋さんでお預かりして貰うことも出来ます。」と言います。

わたくしは迷いました。
赤ちゃんに情がないわけではありません。
でも、あまり頻繁に会ってしまうと、別れが辛くなる。
そうしたら、わたくしはどうなるだろう。
自分が狂ってしまうかもしれない。
いや、狂ってしまった方が、どんなに楽だろう・・・。
家族の事を考えると、それだけは出来ないし避けたい。
だったら、潔く、赤ちゃんを早々に葬儀屋に引き渡した方が良い。

そう考えました。

なので、葬儀屋に引き渡すことにしました。

そして、少しお別れの時間を貰い、赤ちゃんをまた見ました。
もう、これでさようならよ。
何かをいれてあげたいけれど、何があるのかと持ち物を探すと、わたくし愛用のガーゼの手ぬぐいと、携帯のストラップがありました。
携帯のストラップは、夫の職場の道具のモチーフになっています。
なので、赤ちゃんのおもちゃにちょうど良さそうです。
分からなくても、ご先祖様が彼にきっと教えてくれる。そう思い、ストラップを外して、ひもの部分を取り、モチーフ部分をお棺に入れました。
そして、蓋を閉めて、看護師にお渡ししました。
見送りもやめました。
今、見送ると、わたくしは葬儀屋の手からお棺を奪い返し兼ねません。
「では、行きますね。」と、看護師が行ってしまうと、もう、どうにもならない気持ちがあふれてきてしまい、ものすごく泣きました。
胸が締め付けられるというよりも、心臓をそのまま雑巾絞りにされて、えぐられるような、そんな感覚です。
本当は叫びたい。
絶叫して、狂ってしまいたい。
ただただ、周囲の人を驚かせないよう、声を殺して、泣いて泣いて。
暫くして、夫が戻ってきました。
その頃にはもう、泣きやみましたが、頭がぐわんぐわんとしていて、ものが考えられませんでした。
でも、もう、プニ坊を迎えに行く時間です。

夫とは、赤ちゃんを見たことは、プニ坊には話さない。もちろん性別も。
感受性の強い子だから、それを話すと見たがるしトラウマになる。
なので、葬儀も秘密裏に行う。
そう、取り決めをしました。

いままでだって、そうだったんです。
どの流産の時にも、彼に話した事なんて無かったです。
もちろん、どの子も性別を知りません。わたくしですら知らない事を、プニ坊に話せるはずはありません。
でも、今回ばかりは違います。
人間として扱われているのです。そして、見てしまったのです。
でも、そう決めたのだから、もう話すことは無いでしょう。
もし、話すとしたら、彼がもっと大人になってからの事になるでしょう。
今はまだ、小さすぎるのです。

プニ坊と夫は、午後5時半頃来ました。
いつも通り、談笑して行きました。
でも、一人になると、もう駄目なのです。
そこに看護師が来て「今の気持ちはどうですか」と聞くのです。
こんな事聞かれたって、答えられる人はいるのでしょうか。
彼女たちも、患者のケアをしなくてはならないという使命がありますから、無下にするわけには行きません。
でも、答えたくないときに、そんなことを聞かれたら、枕でも投げつけてやりたくなるのです。
ですが、それをすると犯罪ですから、必死で耐えました。
まるで、ケアという名の拷問を受けているようでした。

放っておいて欲しいんです。
誰にも会いたくないんです。
ただ、泣かせてください。
我慢しなくて良いなんて言われたって、知らない人の前で号泣したり、感情を吐露したりなんて、いきなり出来るわけ無いでしょう?
そんなことも分からないのかと、今思えば、申し訳ないことを腹の中で考えていたのです。
でも、そのときは、自分の感情を抑えるのだけで精一杯です。
支離滅裂な事を言っていたかもしれません。
何を言ったのかも覚えていません。

ただただ、何も受け入れられずにパニックを起こしているわたくしがいました。


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