月の輪通信 日々の想い
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父さんの個展が明日から始まる。
昨夜から、ようやく焼き上がった作品を梱包し、搬入の準備に忙しい。
ぎりぎり最終の窯を焼きながら、父さんが感慨深げに自分の作品を最終チェック。
「ちょっと多すぎたかな。」
最後の一週間、鬼が憑いたかとも思えるような連日の徹夜で、新しい作品が次々と焼き上がっ た。
よれよれにくたびれた父さんの手から生まれた100点近い作品の数々。
「よくこれだけの物を、一人でこしらえたね。」
梱包の手を止め、ついつい作品の美しい色彩に見入ってしまう私。
昨年旅したヒマラヤの風景も、今回の個展で作品として実を結んだ。
青い山並みに雪をいただいたエベレストの雄姿は、陶の持つ深い色彩にうつされて、しっくりと なじんでいる。
「自分の目で見た物、自分で感じた風景を作品にしたい。」
そんな父さんのこだわりが、時間をかけて、美しい作品を生む。
これだけたくさんの新作を前にして、それでも父さんの表情は晴れない。
思い掛けなく、上手く仕上がった作品もある。
けれども、強い思い入れで長い時間をかけて作り上げた作品でも、途中で不具合が見つかっ たり、思った色が出なかったり、不本意な仕上がりの作品もある。
父さんはできの悪い子どもを愛おしむように、失敗作を前にため息をつく。
よく、TVドラマなどに出てくる陶芸家は、満足のいかない作品を惜しげもなく床に投げつけ壊し てしまう。作品の対する厳しさ、芸術家の感情の激しさの表現に、よく使われるシーンだ。
「あれって、ホントによくあることなの?」
と聞かれることも多いけど、私は父さんが自分の作品に怒りをぶつけるシーンは一度も見たこ とはない。
自分の手から生まれた作品への想いは、たとえ決定的な不具合を持ち合わせて窯から出てき た作品にも、等しく優しく向けられる。
どんなに心を尽くしても100%大成功と言うワケには行かない「窯任せ」の陶芸家の定め。
心優しい父さんは、失敗作を投げつける激しさは持たないけれど、自作への強い強い厳しさと こだわりは、まさに芸術家の熱情そのものだと私は思う。
作品の一つ一つをリストにまとめ、梱包材で丁寧に包んで、搬入車に積み込む。
「ああ、まな板の鯉やなぁ。」
ま、ま、今夜は久しぶりにビールでも飲んで・・・。
明日から一週間、父さんは毎日、個展会場に詰め、お客様のお相手をし、自作に対する外か らの評価を受け取ってくる。
がんばれ、父さん。
もう一息。
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