月の輪通信 日々の想い
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2003年08月11日(月) 老剣士 顛末

剣道のK先生のこと。(8日の日記参照)



習字に行ったついでに、オニイとアプコを連れて剣道のK先生のおうちを訪ねてみた。

実は先週にも何度か、オニイと一緒にお訪ねしてみたのだけれど、お留守のようでお会いでき
なかった。

ベランダのお洗濯ものをみあげて、

「あ、K先生の服だ。パジャマじゃないってことはご病気じゃなさそうね。」

「お布団も干してある。どこかへお出かけでもないようだ。」

と、ご不在の理由をいろいろ推理しながらすごすご帰宅。

なんとなくホントに先生が居なくなってしまったようで、ちょっとへこんでしまっていた。

今日、再び、思いを込めてオニイが玄関のチャイムを押したら、懐かしい声のお返事があっ
た。

「あ、どうも」

細く開けた引き戸から顔を出されたK先生は、オニイの顔をみとめると、

「やあ、ちょっと待っとれや。」と再び引っ込んでしまわれた。

磨りガラスの引き戸越しに見えたT先生は、クレープのシャツ一に下半身はパンツ一丁。お昼
寝中だったのかな。

なんか可愛くて笑っちゃう。オニイの緊張もふーっと消えてしまった。



「先生のお姿が見えないので、オニイがとても気にしているものですから。」

再び出てこられた先生に、ご挨拶。

「お、わし、あの道場はやめたぞ。悪いな。」

なかば覚悟していたお答えだけど、シュンとして聞くオニイ。

どうも、ご病気やご多忙のせいではなくて、他の先生達との指導の方針の違いで、道場を引か
れたと言うことらしい。

そういえば、他の先生方はいつもお世話になっている K先生の不在について、はっきりした説
明はなさらなかったし、「またツムジ曲げてはるんかな」とはぐらかしたりなさっていた。

は〜ん、そういうことかと疑問が氷解したが、それで先生がもう道場に来られないと判明するの
はつらかった。



「お、大きゅうなったな。」

先生は一緒に連れていったアプコを見下ろして、笑われた。

ちょうどオニイがK先生のもとで剣道を習い始めた頃、私はアプコを懐妊した。

冬の夜の道場で、冷たい床に毛布を敷いて、毎回オニイの稽古を見学していた私の姿をK先
生はよく覚えて下さっていた。アプコが生まれ、体育館のはじっこでハイハイし始めた姿も、見
ていて下さっている。

「もう何歳になった?4才か?・・・ほう、もうすぐ5才。大きゅうなったなぁ。」

稽古でお会いするたび、「風邪、ひかすな」とふにゃふにゃと「普通のおじいちゃん」の表情で、
笑っていらっしゃった。

K先生との関係は、オニイの剣道の稽古だけではなくて、私にとっても長い年月を経たおつき
あいだったんだなぁと、改めて思う。



「合同稽古には、まだまだいくからな。木曜の武道館の稽古にもいくからな。」

ちょっとへこんでしまったオニイにT先生は、別の道場での稽古日を教えてくださった。そして1
級の昇級審査についてのアドバイスを一つ、二つ。

「お前は左手に変な癖があるからなぁ。小さい時から一つもなおらん。」

あ、K先生のいつものお小言だ。

竹刀の握り方からマンツーマンで教えた直弟子の不出来に、自責を含んだ厳しいご指導。

やっぱり、まだまだ、この先生に教わっていたかったよなぁ。



「ま、とにかく、病気じゃなかったし、剣道もやめられたわけではないから、よかったよ。」

先生のお宅を辞したオニイが、ちょっと大人びた口調で締めくくった。

「先生達の間でもにもいろいろあるんだろうね。」

道場の先生方の間に、食い違いがあったと言うこと。コレまで気付かなかったものの、「そうい
えば・・・」と思い当たることも多い。

そんな大人の世界の微妙な関係を垣間見て、オニイはまた少し大人になった。

「このことはゲン達にはあまり言わん方がいいかもしれんな」

幼い子達の理解を推し量って、ちょっと口をつぐんでおくことを決めたオニイ。その言い回しも、
なんとなくオトナっぽいじゃん!



子供らには何も告げずに、黙って道場をやめて引いてゆかれたK先生。

その古武士のような静かな引き際と、そこはかとなく可笑し味を含んだいかつい風貌。

「人物」だよなぁと、改めて思い直す。

オニイも私も、いい先生に巡りあえていたのだなぁ。




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