月の輪通信 日々の想い
目次過去未来


2003年08月31日(日) 少年の翼

昨日、ゲンが買ってきたおもちゃの飛行機。
ゴム動力で飛ぶ簡単なグライダー。
駄菓子屋よく見かける発泡スチロール製の翼の安っぽいヤツ。(「ソフトグライダー」というそうだ。)

ゲンは昔から、紙飛行機だのヘリウム風船だの、空を飛ぶものが大好きだ。
一時期はペーパーグライダーに凝っていたし、折り紙で作る紙飛行機に熱中したこともある。
駄菓子屋で買ってきて、ささっと組み立ててすぐに飛ばせるソフトグライダーもゲンの好きなアイテムの一つ。親の方も、たまに店先で見かけると、「あ、ゲンが喜ぶぞ。」とついつい、買い与えてしまう。



「プロペラのゴムを巻くのは、150回」
こんな単純なおもちゃにも彼なりの作法があるらしい。
「よぉし、とばすぞ。」
と飛び出していくゲン。
悲しいかな、緑豊かな我が家の周りは大きな雑木に囲まれて、グライダーが存分に翼をのばして滑降する空がない。
道路上の細長い空にねらいを定めて、グライダーを飛ばす。
ふわりとゲンの手を離れたグライダーは、プロペラの力で宙を切り、くるりと回って、アタマから墜落する。
バランスが良くないのか、風が足りないのか、もう一息満足のいく滑空が見られない。
木に引っかかったり、お向かいの庭に飛び込んだり・・・。それでも、ゲンは汗を掻き掻き、何度も愛機を拾いに行く。
「もうちょっと、翼が軽けりゃ、いいのに・・・」
一人前に理屈をこねて、あれこれ試行錯誤。

私が幼い頃、家族の写真の中に、父の若い頃の写真があった。
大きく引き延ばされたセピア色の写真の中に、高校生くらいの父が大きなグライダーを構える横顔。
そういえば父も、「空を飛ぶもの」が好きだったようだ。
弟たちが幼い頃には、竹籤を炎で曲げて作るグライダーやら、なんとかカイトと名前の付いた変わった凧やら、子どもをだしに熱心にこしらえている姿が、時折見られた。
試運転に出掛けた公園で、首尾良く飛んだグライダーは、気持ちよく青空を切り開き、予想外の距離を滑空して、草むらに着地する。
何度も何度も、拾ってきては滑空を繰り返し、ついには愛機の翼が折れるか、手の届かぬ木々の梢に姿を消すかで、一日の遊びが終わる。
オトコどもの遊びは、なんとたわいない物よと半ば冷ややかに眺めていたものだった。

新婚の頃、父さんが自分への結婚祝いに大枚はたいて買ったというラジコンのヘリコプターに熱中したことがある。
結構高価な本格的な代物で、車に積み込んで遠くの河原のリモコンヘリ専用の飛行場まで出掛けていって飛ばす。
飛ばすと言っても操縦の初心者にとっては、地面を離れるだけのことがかなり難しい。
何度も何度も失敗し、ついには地面に接触して大きなプロペラを破損してしまう。
代わりのプロペラは模型店で、3.000円近くする高価な物で、父さんは悲壮な顔で何度も何度も新しいプロペラを購入した。
「オトコって、あほやなぁ。」
まだ子どもも居ないのんきな新妻は、飛行場と模型店を代わる代わる訪れる夫につきあって休日をつぶした。

ゲンのグライダーは小一時間もすると、発泡スチロールの翼が折れて、飛ばなくなった。
「ま、こんなもんやね。」
200円也の空の夢は、覚めるのも早い。
「なんとか直せんかなぁ・・・」
未練たらしいゲンに、父さんのヘリコプターの翼の話をする。
「ひぇーっ、贅沢な趣味やなぁ。」
オニイが、プロペラ一枚の値段を聞いて、感嘆の声を上げる。
「あのころは、経済的にも余裕があったよね、子どももいなかった・・・」
「そういえばそうやなぁ。4人も子どもを養うことになるとは思わなかったしなぁ。」
父さんも昔のことを思い出して、感慨深げ。



「ま、ラジコンヘリは飛ばせられなくなったけど、いまでは子ども達がラジコンヘリみたいなもんかなぁ。」
父さんがしみじみつぶやく。
うまいっ!
確かに財布の中身は、惜しげもなく子ども達の「餌代」に消えていく。
「失敗しては『こんどこそ!』と新しいプロペラを買い直し・・・。気がつけば4人の子持ち・・・」
うふふと、こっそり、付け加える。
男のロマン、空の夢は儚いけれど、オンナのロマン、母の夢は確実に日々育っているのだよ。

参ったか。  


月の輪 |MAILHomePage

My追加