月の輪通信 日々の想い
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2003年10月16日(木) 蝶々、とんだ

朝、登園の途中、アプコの足が止まった。

「オカアチャン、ちょっと待ってね。」

パタパタと道ばたの何かに駆け寄るアプコ。

小さな蝶々の死骸だ。

涼しくなって力尽きたか、運悪く車にひかれたか・・・。

薄汚れて、羽根も砕けた蝶々をアプコはためらうことなく、つまんで水路の水に落とした。

「ちょうちょ、死んじゃったねぇ。かわいそうね。」

手をつないで再び歩き始める。スキップで私の早足に絡まるようについてくるアプコ。

私を見上げて得意げに言った。

「大丈夫よ。お水につけてあげたから、すぐに元気になるよ。」

「え?元気になるの?」

「そうよ。死んだ蝶々はね、水につけておくと元気になってまた飛んでいくねん。」

「あ、そうなの・・・」



去年の春には、激突死のスズメの「死」の意味がいまいち理解出来ていなかったアプコ。

一年分お姉さんになっても、まだ、よく分かっていないのかな。

「ホントに死んだ蝶々って生き返るの?セミとか、カブトムシは生き返らなかったよ?」

「ううん、ちょうちょは違うのよ。お水に一ヶ月くらいつけてるとね、元気になって飛んでいくの
よ。」

「あ、そうなの・・・(???)」

「だってね、お花はクタってしおれてても、お水に入れると元気になるでしょ。」

「ふ〜ん、お花ねぇ・・・」

どこから思いついたんだろう。

自信満々で説明してくれるアプコ。

何を根拠に「一ヶ月」?

なんだかとっても楽しくなって、調子を会わせて、アプコの死生観を拝聴する。

「そういえばちょうちょとお花は似てるよね、とってもきれいな色だしね。」

「うん、ちょうちょはお花から生まれるんだよ。」

「あ、そうなの、青虫さんじゃないの?」

「うん、青虫さんから生まれるのもいるし、お花から生まれるのもいるの。お花のひらひらっとし
たところがちょうちょの羽根になるのよ。」

「ふ〜ん。」



道ばたには、とりどりのピンクのコスモスの列。

その愛らしい花びらのふるえる様は、ひらひらと繊細なちょうちょの羽ばたきにも似ている。

薄紅色の蝶々の群が、ぱぁっと飛び立ち乱舞する様が目に浮かぶようで、秋晴れの青空をぐ
いと見上げる。

「ほんとだねぇ、このコスモスがみんな蝶々になって飛んでいったら、きれいだろうねぇ」

「うん、夢みたいねぇ・・・。」



「夢みたい」

アプコの口からこぼれた大人びた言葉。

ああ、アプコには「現実」と「ファンタジー」との違いがちゃんとわかってるんだな。

死んだ蝶々が生き返らないことも、コスモスが蝶々にはならないことも・・・。

分かっているのに、自信たっぷりに自分のファンタジーの世界に遊ぶことの出来るアプコ。

幼児の心の中にある「ファンタジーの王国」の恐るべき広大さ。

すごいなぁと思う。

「死んだ蝶々は、生き返らないよ。」と、大人の理屈で論破してしまわなくてよかった。

おかげで、年喰ったオカアチャンもアプコの美しい王国の片隅にほんの少し、足を踏み入れさ
せてもらえた。



秋の空に乱舞するコスモス色の蝶々の群。

すっと胸の晴れるような爽やかな光景が、一日中、私の瞼の裏に張り付いている。


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