月の輪通信 日々の想い
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朝、車で出かける。
細々とした用事をいくつか済ませて、食事の買い物をして・・・
今朝はなんとなく朝からイライラしている。
だめだなぁと心の切り替えを試みつつ。
信号待ちでゆっくりと車を動かしていると、反対車線にだらだら坂を上ってくる小さな姿が見え た。
手押し車を押して、えいこらえいこらと坂をのぼってくるおばあさんだった。
腰も曲がり、ちょうど、時計の「6時10分」の姿勢のまま手押し車の手すりにぶら下がるように 歩いてくる。
手押し車には、小さなお仏花の包みと、スーパーのレジ袋。
段差の多い歩道では手押し車が通りにくいのか、車道の狭い路肩をのろのろと、顔も上げず にのぼってくる。
「老い」というのは、酷いことだなぁと思う。
あんなに背中が曲がっていても、青い空を見上げることが出来るのだろうか。
足取りも、恐ろしくゆっくりしたすり足で、若い者なら自転車でびゅんと駆け登るこの坂をいった い何十分かけて登るのだろう。
体力も衰え、容姿も気力もどんどん年老いていき、ついこの間まで自分で出来た事が今日はも うおぼつかなくなってくる。
毎日毎日、自分の老いと、近づいてくる人生の終焉を感じながら、それでもとりあえず巡ってく る朝。
もしかしたら一人暮らし。
朝、目覚めて、雨戸を開けて、お仏壇のお水をかえる。
「お仏花、買いにいかなくちゃ。」
ぶつぶつ一人言をいいながら、買い物に出る。半日がかりで買い物を済ませ、また一人のうち へかえる。
子どもや孫も成長し、おしゃれや旅行の楽しみも失せて、それからあとの長い「生」を、人は何 を楽しみに、何を夢見ていきるのだろうか。
2回の信号待ちの間にようやくおばあさんは坂道の峠にさしかかる。
ぶら下げた小さなレジ袋にはお子さま用のドラえもんプリンと青ネギ、そして缶コーヒー。行き つけのスーパーで一缶39円の見切り処分になっていたタイガース模様のコーヒーだ。
・・・・坂を上りきったところで、私はバス停のベンチによっこらしょっと腰掛けて、缶コーヒーを苦 労してシュパッとあける。
自分が登ってきた坂道を見下ろしながら、甘いコーヒーを飲む。
ああ、今日もまだこの坂を上りきることが出来た。
ちょっと息は切れたけれど・・・。
帰ったら、仏さんにお花をあげて、プリンを供えよう。
ちょっと寒くなってきたなぁ。
今夜は毛布を一枚増やして寝ようか。
ぼんやりしていて、後続車からクラクションを鳴らされた。
「6時10分」のおばあさんは、サイドミラーの隅っこに小さく消えていく。
信号待ちのわずかな時間の間に、私は一瞬、夢を見たようだった。
いかんいかんと、カーラジオをつけ、気を引き締めてアクセルを踏む。
私が生きているのは40歳の今。
近頃、身の回りのお年寄りや家族のことで、「老い」について思うことが多い。
毎日成長して、大きくなり強くなり美しくなっていく子ども達の時間に比べて、老いていく人達の 時間は残酷にも長い。
私は、やがて訪れるその日をどんな風に迎えるのだろうか。
半日がかりでお仏花を買い、長い坂の頂上で缶コーヒーを飲んで終わる一日を、今の私の一 日のように「愛おしい」と思いつつ過ごすことができるのだろうか。
振りあおいで、青い空を見る。
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