月の輪通信 日々の想い
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「おかあさん、このごろなんかアユコが変や・・・。妙にテンションが高い。」
オニイがそっとささやく。
ふむふむ、オニイ、あんたもそう思う?
確かにこのごろ、アユコの声のトーンが微妙に高く、時々「ねじがはずれたか?」と思うような、 興奮振りをみせる。
いわゆる、「ハイになってる」ってやつだ。
うちの中でアプコと走り回ったり、ゲンとふざけ合ったりするときにも、わぁーっと盛り上がった り、ひょいと一人で踊ってみたり・・・。
冷静沈着なちいママ、アユコにはついぞ見られなかったはじけぶりだ。
「おなかすいたよ、なんかない?このごろすごくお腹がすくねん。」
いつもお茶碗に盛ったご飯をひかえめに減らしに来るるアユコが、近頃びっくりするほど間食し たり、「○○が食べたい!」と食品庫をのぞき込んだりしている。
「いいよいいよ、アンタはたくさん食べて、どんどん太ってね。」
母と違ってスリムなアユコは少し太った方がいいくらいだ。
昨日、珍しく、アユコとオニイがケンカをした。
二人で仲良く夕食のオムライスを作り始めていたのだが、なんだかオニイのやり方がアユコの 気に沿わなかったようだ。
アユコの料理の腕に一目置いているオニイは、少々文句を言われてもめげずにタマネギかな んかを刻んでいたのだが、終いにはアユコが切れた。
「お兄ちゃんはあっちへいって!」
すごすごと引き下がってきたオニイは、タマネギ対策にと両の鼻腔にティッシュを詰め込んで、 おまぬけな姿。
「アユコが一人でするってさ。」
ここで、アユコに喰ってかからないところがオニイの平和主義の偉いところ。(父さんそっく り・・・)
そして、情け容赦ないアユコの癇癪は、どこかの誰かさんにそっくりだ。
しゃあないな、と母が重い腰を上げる。
「もう、いい。あとはおかあさんがやる。アユコもどこかへ行きなさい。」
「いや!私が作る!」
「ケンカしながら作ったオムライスなんて食べたくない!」
すでに、泣き顔になっているアユコと台所でしばし押し問答。
「ちょっと、お料理が出来るようになったからといって、いい気になるな。
アユコだって、オニイがいてくれなきゃ、出来ないこと一杯あるんじゃないの?」
そのうち、冷蔵庫の前で、本当に押しのけあいっこをしてアユコを退場させてしまった。
しっかり優等生に育ったアユコを力づくで叱ったのは始めての事だった。
思い掛けない叱責にちょっと面食らったアユコは、それでも意地のようにお皿を出したり、私の 手元を先回りして、ケチャップだの卵だのを取り出そうとする。
意地悪い母は、ことごとく無視して、他の子達に用事を頼む。
母娘の意地と、オニイの困惑のうちにできあがったオムライスは、寝ぼけた味でちっともおいし いと思えなかった。
アユコの心と体がまた大きく変化しようとしている。
運動会、秋祭りでの奮迅の活躍振り。
自分にかけられた役割や信頼への責任。
そして思春期の女の子の体の変化。
次々に訪れるプレッシャーに、押しつぶされそうになりながら必死で踏ん張ってきたここ数ヶ月 のアユコ。
最近になってようやくその重圧から解放され、少しずつ心のつっかえ棒が柔らかく解け始めて いるような気がする。
一見「退行」にもみえる度を超えた興奮や、癇癪も、どこか成長の一山を超えた気持ちのほこ ろびの証と思うと微笑ましい。
「このごろ、なんかアユコが変。」
おっとり長男のオニイが、アユコを気遣う。
「ほんとにねぇ、気持ち悪いくらいハイだよね。でも大丈夫。そういう時期もあんのよ。」
・・・・女の子の気持ちって、デリケートなのよ。
朝、子ども達を起こしにいく。
アプコとくすぐりっこして抱っこして頬ずりをする。
まだまだ、自分も甘えんぼしたいゲンが横から乱入してくる。
きゃぁきゃぁ大騒ぎしていると、ほっそりした別の手が騒ぎに加わった。
アユコだ。
いつも、アプコとスリスリしていると、お姉さんの顔をしてアプコを奪いに来るアユコ。
今日は、アプコを抱きしめる母の席ではなく、母に抱きしめられるアプコの席を求めている。
そんな素直な甘えんぼが出来ていることを本人はちっとも気付いていない。
大人半分。
子ども半分。
そんな中途半端なお年頃のアユコは、母にとっては、まだまだ「抱っこ」「スリスリ」の対象なの だ。
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