月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
年末の干支作品の仕事が本格的に始まって、父さんが家の中にまで夜なべ仕事を持ち込む 時期になってきた。
昼間は工房の方にも来客があったり、電話がかかってきたりして、なかなか仕事だけに集中で きなかったりするので、うちへ帰ってからの残業も増えるのだ。
いま、私の背後で父さんが背中を丸めて取り組んでいるのは、猿の香合。
緑の衣装を付けて、和太鼓を打つちょっと愛らしいお猿さん。
父さん自身がデザインしたのだけれど、ちょっと手の込んだ部分があって、たくさんの数をこし らえるとなると、成形や施釉の手間が思った以上にかかるらしい。
何個かまとめて窯に入れるため、予定している窯詰めの時間に合わせて、その日のノルマ分 の成形や施釉をこなしていく必要があり、父さんはモノに憑かれたように小さな土塊に集中して いく。
そこにあるのは、課された仕事をこなしていく職人の勤勉さだけでなく、嬉々として砂と戯れる 幼児達の熱中に近い執着でもあって、「ああ、この人はこの仕事が本当に好きなんだろうな ぁ。」と感じる事もある。
睡眠時間を削り、腰痛や少々の風邪ひきをやり過ごしながら、仕事に追われる父さん。
寝ても覚めても、土と向き合う仕事に倦むこともなく、今日もまたロクロの前に座る。
何時間も、何日も、何年も・・・。
本来仕事というものは、そんな風に毎日毎日繰り返すものだけれど、その一日の仕事を幼児 の遊びのように味わい尽くしてこなしていく姿は、やはり「好きなことを仕事にしている人」の強 さなのだろうか。
例えば、一生手作業で、亀の子たわしだけをこしらえている老練の職人さん。
毎年毎年土を耕し、稲を育て、収穫するお百姓さん。
繰り返し繰り返し巡ってくる仕事を淡々とこなして、生涯を終える人たちがいる。
その穏やかで静かな営みに私は強くあこがれる。
誰かに高く評価されるとか、先生とか師匠とか誰かに祀り上げてもらうとか、そんなこととは無 縁でありながら、日々の仕事に嬉々として専念できる。
そんな仕事のあり方は、現代ではあまり喜ばれはしないようだけれど、けれども私たちの生活 の多くの部分はそんな淡々とした手作業の成果に支えられている。
「相手の仕事の内容が毎日目に見える職業の人と結婚したい。」
若き日の私の、生涯の伴侶を選ぶ条件の一つだった。
今、背中を丸め、埃まみれで、メガネをかけたり外したりしながら、夜なべ仕事に奔走している 父さん。
まさしく「理想の伴侶」だったのだなぁと思いつつ・・・。
晩秋の夜明け前は、思いの外、冷え込む。
無理を重ねての夜なべ仕事で、途中リタイアがないように・・・。
肌寒い朝の空気に人恋しくて、少しおのろけモードの妻なのでした。
|