仕事が終わる時間は午後6時過ぎ。 そこから新大阪へ移動して、あたしはひかりに乗る。
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逢いに行く事を決めたのは今週の初めだった。 先週末に彼のPCのアドレス宛にメールを送り、その返事も貰えないまま、あたしは電話をかけた。
「今週の土曜日は暇ですか?」
「暇ではないがお休みだよ。」
「逢いに行ったら逢えますか?」
「逢えると思ふよ。」
「じゃぁ行く。」
急に思いついた事だった。たまたま今週は水木と2連休で、また土曜日が休みという月締めの調整期だったので、3日も休みがあるなら動けるんじゃないかと思ったから。
今の仕事じゃ土日の連休は難しい。 土日に休めないとなれば、日帰りするしかない。 土曜日1日で往復6時間もの移動は少しキツイなと思っていた。
逢いに行く事を決めてから、ネットの乗り換え案内で検索する。 なるべく短い時間で、なるべく乗り換えがなくて、そして、当日中に彼の住む町に到着する列車。
午後7時台の1本。
なんど検索してもその1本しかみつからなかった。
当日のシフトを確認すると遅番で午後8時過ぎの終了。 それでは絶対に無理。 店のスタッフにメールを入れてシフトを交代してくれるように御願いする。
彼女は快くシフトチェンジしてくれた。 これで、間に合う…。
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最寄り駅までのバスの時間がわからない。 午後6時半。イライラとして、あたしはバスを待つ。 やっと来た1台に飛び乗って、最寄り駅まで。 午後7時。 ここから新大阪までは一本だ。間に合う。
新大阪到着午後7時20分。
金曜日の新大阪はスーツを着た男の人たちでいっぱいだった。 券売機の前に列が出来ている。 空いていれば自由席でと思っていたが、この状況を見ると自由席は並んでも座れない確率が高い。指定席で行く事にして、切符を買う。
駅構内のハンバーガーショップで軽く夕食を取り、売店で雑誌を買って ペットボトルのお茶とタバコを買う。
新幹線の禁煙席は煙っていてあまり好きではないけど ひとりの時は荷物を置いたままタバコを吸いに行く事も出来ない。 だから喫煙車。
乗り込んだ車内は煙っている。 でもすぐになれるだろう。 髪と服にタバコの匂いが着くのが嫌だけど。
彼がタバコを吸う人で良かったと思った。
逢うのは1ヶ月と10日ぶり。
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金曜日の新幹線はネクタイを締めた会社員でいっぱいだった。
車掌に切符を見せるともうすることはない。
買ってきた雑誌をぱらぱらとめくって、ペットボトルのお茶を一口飲んで タバコに火を点ける。
ふぅ…。
やっと間に合ったという気持ちが大きかった。
タバコを消して少し眠ろうかと思ったが、隣の男性二人組のおしゃべりがうるさくて、気になって眠れない。そして、あたしはまたタバコに火を点ける。
ああ。メールを入れておかなくちゃ。
到着時間を記したメールを彼に送る。 当然返事は帰ってこない。まだ仕事中の筈だ。
逢いに行く事を決めてからも、ほとんどメールでの連絡はない。 最近はこの状態にも慣れて来た。
夏の終わり頃から、滅多にメールをくれなくなった彼に対して、あたしは長いメールを送った。
「どうしてなの?何があったの?何か考えがあってそうすてるの?あたしが悪いの?」
それに対する彼の答えは簡潔だった。
「別に何も考えていません。会社に行くだけで精一杯だよ。」
そう言うのがわからなかった。 会社に行ってても一通くらいは返事出来るじゃない?いつもそう思ってた。 でも、自分が仕事を始めて、同じ状況になると考えがかわった。
本当に、メール一通打つのも面倒な時がある。
これは誰に対しても。 そういう状況に自分がなってみて、やっとなんとなくわかった気がした。
逢いに行くよと行ってからも、そのことについての連絡もなにもない。 もちろん、あたしも到着時間を一度入れただけだ。 だから、もう一度確認の為に、メールを入れた。
結局、車内では一睡も出来なかった。 そして、到着。 前に来たのは、今年の2月の温泉の帰りのことだ。ここで降りるのは2度目。 1度目は去年のお盆。あたしが家出をして来た時のこと。
午後10時半を回っても、まだ連絡はない。 外が寒そうだったので、そのまま新幹線の待合室で時間をつぶす。 NHKのニュースの音を聴きながら、少し目を閉じてみた。 ああ、そだ知らせておかないと。
「着きました。」
そうメールを送った。相変わらず返事はない。
もし、彼が来なかったら、あたしはどうするんだろう? そんなことを思って、電光掲示板に目をやると、もう新大阪まで走る新幹線はない。 どっちにしろ、帰ることは出来ない。
連絡がないと言う事は来るという事だろう。 勝手にそう思って、最終1本前の新幹線が出るまで、あたしはそこに居た。 時刻は午後11時。
そろそろ動きますか。
バッグを持ってあたしは改札へ向かった。
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1年と少しの間に、駅舎が様変わりをしていてびっくりする。 違う、2月にここから乗った時も、まだこんなじゃなかった。
モダンなデザインの屋根と、乗り継ぎの私鉄のホームも以前と違って見違える程綺麗になっていた。
夜11時になると、駅前と言っても静かなものだ。 営業しているのは、大手のチェーン店の居酒屋ばかり。 アルコールを飲まないあたしは途方に暮れる。
少し歩くと、ファミリー中華レストラン。 うちの近くにもあるチェーン店だ。ここならお酒を飲まなくても午前2時まで営業してるし。彼が何時に来るのかわからないので、しらずしらずの間に、営業時間が長い店を探していた。
外は寒かったので、中に入ると暖かい。 ドリンクバーと少しの食べ物だけを頼んで、あたしはまた雑誌に目を落とす。
携帯が鞄の中で鳴ってる。 見ると彼だった。
「今終わりました。今から帰るとこだよ。」
「お疲れ様です。」
「で、どこだ?」
「○○駅前の中華料理店」
「ああ、そこか。わかった。」
「小腹が空いたので、今から少し食べます。」
「そかそか。小腹か。良いなぁ。俺はものすごく腹が減ってるよ。」
「じゃぁ。待ってる。」
「そかそか。」
やっと連絡が取れた。 忘れていたわけでもない。 当初から遅くなるとは言ってたけど、実際にここまで遅くなるとはあたしも思っていなかった。
ウーロン茶を飲んで、少しつまんで、あたしは待つ。 11半を過ぎてもまだ来ない。 12時前、また携帯が鳴る。
「ほとんど着きましたが。」
「店出たら良い?」
「出てくれたまへ。」
会計を済ませて、店の外に出る。 見回すと、少し先に見覚えのある車がハザードを点灯させて停まっていた。 なぜか小走りになってしまう。
ドアを開けると、いつもの彼だった。
「こんばんわ。」
「こんばんわぁー。腹が減ったよ。」
相変わらずだ。久しぶりも何も言わない。 普通に会話がはじまる。
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助手席の足下の荷物を後部座席へ移動させてあたしは座る。
「ねへ。食べたの?」
「食べてなひよ。ああ、もう腹が減ったよ。」
「そか。じゃぁ晩ご飯だね。」
「あなたは食べたのですね。」
「あい。食べました。」
「それはそうと、泊まる所も探さなきゃいかん。健全な町なので何もないよ。」
「そっかぁ。でも先にご飯でしょ?何が食べたいの?」
「肉だなぁ。」
「こんな夜中に?」
車を走らせるが目的地が定まらない。ファミレスは気分が乗らないので嫌だというし。泊まる場所も探さないとだし。でもあたしはこの辺りの地理には疎いから、相談されてもわからない。
「ああ、そうだ。お誕生日のだよ。買っておいた。」
「ほんとー?うれしぃー。」
助手席の荷物は、あたしのお誕生日のプレゼントだった。 買ってくれてた事に感激。撮るとすぐにプリントされるインスタントカメラ。前から欲しかったので、こないだの電話で「何が欲しいんだぁ?」と聞かれた時に伝えておいたもの。
「そうだ。茅ヶ崎の方にでも行ってみるかぁ?」
有料道路に乗る。どうやら右側は海のようだ。海見える? ん?寄ってあげようか? うん。 見えないだろ。ハハハ。 見えないよ!
何軒もファミレスを通り過ぎる。日付はもう変わってる。チラホラとラブホテルが見えたりもする。ああ、この辺りに泊まればいいや。
「あっ、HOTEL PACIFICだよ!」
「本当だねぇ。」
サザンオールスターズの歌が浮かぶ。でも歌と違ってそこはタダのラブホテルです。ホテルパシフィックを過ぎて、結局、ご飯を食べるところがないので、一本上の道に出る事にした。しばらくはしると、チェーン店のイタリアンなファミレス。 右折して、駐車場に車を停める。 こんなとこに肉はあるんだろうか?
「リブステーキと、カルボナーラと、イタリアンオムレツ。」
「え?そんなに食うの?」
「当たり前だ。普通に食うよ。」
あたしはエスプレッソと生ハムを少し食べる。 テーブルにいっぱいの料理が並んで、とんでもない勢いで彼はそれを食べてゆく。ほんとお腹空いてたんだね。
全部食べ終わって、彼が言った。
「カルボナーラじゃなくて、ご飯にすれば良かったよ。」
タバコを吸って、一息ついて、さて行きますかと、彼が立ち上がった。
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「さて。どこへ行きますか?」
「HOTEL PACIFICへ。」
「あそこまで戻るのか?」
「だってせっかくだし、サザンオールスターズだもの。」
別にどこでも良かったんだけど、何も決めてがないよりは合った方が良い。 来た道を引き返してHOTEL PACIFICへ。
今度は道の左側が海。 でも真っ暗で見えない。もしかしたら部屋から見えるかも? 少しだけ期待してみる。
駐車場に車を入れると、フロントから人が出てきた。
「すいません、こちらが満室ですので、あちらの方へ。」
示された方には、ワンルームワンガレージの昔ながらのモーテル。 これで海は見えなくなった。涙のHOTEL PACIFICのバカ。
「うーん。なんかこう”エコー”ちっくだなぁ。」
前にふたりで【探検】したホテルの名をあげる。 そだねそだね。そんなかんぢ。
別に部屋は狭くもないし、まぁ普通です。 凝った装飾もないし、普通のバスタブに普通のトイレだし。
お誕生日プレゼントを早速開けてみる。箱の表には宅配便の伝票。 今日到着したので、そのまま持ってきたという。
箱を開けると、パールホワイトのボディのカメラが入っていた。 電池を入れて、ファインダーを覗いて、シャッターを押してみる。まだフィルムは入っていない。
フィルムもたくさん一緒に持ってきてくれた。 だから1箱開けて、カメラに装填する。 早速、彼の写真を1枚撮る。 2分ほどで、ほとんどの色が出るらしい。 相変わらず綺麗に写る。この発色と画像の綺麗さで、あたしはこれが欲しかったのです。
気付くとお風呂が溢れてる。ああ、大変止めなきゃ。大あわてで、お湯を止めてそれからお風呂に入る事にする。
いつもそうだけど、サクっとお互い脱いでしまって、えいっとお風呂に入るのです。バスルームの前で、バスタオルが入ってるビニールの袋を破ってると、後ろから彼が胸を触ってきた。でも、そのままお風呂に入るのです。
ぶくぶくと泡風呂にして、一緒に入る。
「気持ち良ひねぇ。」
「さうだねぇ。」
「泡が細かいねへ。」
「さうだねぇ。」
「このままくわえてみたら苦いかなぁ。」
「うーむ。わからん。」
「くわへたひなぁ。」
相変わらず変な会話だと思う。 あたしが顔を洗ってる間、彼はお湯を足している。 化粧を落として、もう一度あたしは湯船に入る。
「くわへてみやふかなぁ。でも苦ひよねぇ。」
「はいはい。わかったよ。じゃあ流してあげやふ。」
そういって、さっとシャワーを浴びて、彼が浴槽の縁に腰掛ける。 躊躇せずにあたしは唇を近づける。
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「…ふぅ。のぼせます。後は上がってからぁー。」
「そかぁ。じゃぁ、少しだけ遊んでおこふかなぁ。」
「ん?」
備え付けのローションを手にとると、彼はあたしを立たせて、お尻の上からそれを垂らす。冷たひぃ。そかそかぁ。
くちゅくちゅと言う音と異質な快感。
手の指に力が入る。ふぅっと息を吐き出す。
「さて。遊んだし。」
感じそうになったところで、あっさりと終了された。
頭の上で声がする。 あたしは目を閉じたままそれを聞いていた。
「このままイッテしまったらきっと怒るんだろうなぁ。」
唇を離して、あたしは答える。
「怒るよう。ていうか、哀しみにくれると思うよ。」
「そうだろうね、交通費払って飲みに来たようなもんだしなぁ。」
いつもそうやってからかうんだから!
貫かれたままで見上げると、意地悪そうに聞く。
「ん?どした?」
嫌だというと、動きを止める。
「嫌なのか?」
どれくらい時間が経ったのか、わからないけど、あたしは彼の最後の痙攣を身体の中で感じる。離れると流れ出る体液。少しの間は動けない。
一月ぶりにあった彼は少し痩せていたような気がした。 というか、前回が少し太り気味だったので、丁度いい具合に戻ったのかもしれない。それだけハードな仕事をこなしているらしい。詳しい事はあたしは聞かない。
「うーん。眠くなってきたようだ。」
時計を見ると午前3時だった。
「午前3時ってとこだな。」
「なんでわかるの?」
「体内時計だよ。眠くなる頃が3時だ。」
「そかー。」
裸のままで歯ブラシをくわえて、シャコシャコ磨く様がおもしろい。 あたしはベッドで半分寝ながら歯ブラシをくわえる。 お尻のラインがいいなぁと思う。
「ねへねへ。噛ませて♪」
「なんだよ。なんでそんなことするんだようー。」
「いいじゃん。噛ませてくれたって。」
「いいけどさ。笑わせるのヤメテくれよ。」
「何も笑わせてないよ。」
「何でそんなに嬉しそうなんだよ!おかしいぞ。」
ひゃぁひゃぁ笑う彼の脇腹を噛んでは悶えてみた。 でも前よりずーっと筋肉が落ちてしまっている。仕方ない事だけどね。 肩を噛むとイテテテと痛がったので、ごめんなさいと謝って終了した。
「おやすみぃ。」
「あい。おやすみぃ。」
とは言ってみたものの、あたしは興奮して眠れなくて。 睡眠導入剤と安定剤を1錠ずつ飲んで、またベッドに戻る。
ひさびさの腕枕だ。 あったかくて、しあわせな気分で。 3分も経たないうちに、すぅすぅと寝息を立てる彼を見ながら あたしも知らない間に眠っていた。
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