けたたましい「ムーンライト伝説」の音で目が覚めた。
ああ、ひさびさの朝なのに、セーラームーンのテーマで目覚めるなんて、オマヌケだわ。携帯のアラームを切ってなかったのが失敗。 薬の効き目もあって、またすぐに眠りに入る。
少し寝たと思ったら、また「ムーンライト伝説」時刻は午前9時。
「ねへ。午前9時だよう。」
「うーむ…。」
彼は寝起きが悪い。 なので放っておいて、あたしは歯磨きをする。 歯を磨いてからもう一度ベッドに戻った。
「ねへ。くわへても良いですかぁ?」
「お好きにだうぞ。」
「あい。好きにさせていただきます。」
どうしてこんなにくわえたがるんだろうと、自分でも苦笑してしまう。 単純に反応が楽しいのもあるけど。それだけで感じるというのもある。 しばらく、弄んでから、入れてもいいですか?と聞いてみた。
「どうぞお好きに。うううむ。」
相変わらず寝てやがるようです。でもそれもいつもの事です。 あたしは勝手に動いて勝手に何度か達して、ふぅと溜息をついて、一応確認をとる。
「朝はイきませんか?」
「あい。今日はイキません。」
というか、すでに時間はない。 もう用意をしなくちゃぁ、11時のチェックアウトに間に合わない。 彼がお風呂にお湯を張って、一緒にちゃぽんと浸かって、シャワーを浴びて支度をはじめる。化粧をして、荷物をまとめて、大事なカメラも忘れないように。
部屋を出る前に、口紅を塗る前にもう一度キスをする。 だって、口紅がついてるとヤな顔するんだもの。
「あ。今お尻さわったー。」
「ダメですか?」
「いへ。ダメじゃないですけど。」
それでもなんかまだ足りなくて、車を出す前にももういちどキスをした。 ホテルから車を出しながら、彼が言う。
「腹が減ったなぁ。」
「昼飯ですね。」
「さうですね。」
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海沿いの道路はすごい渋滞していた。 江ノ島とかみたいようと言ってたのだけど、この分じゃぁ無理そうだ。 渋滞を避けて、一本北の道へ。
「これが茅ヶ崎の駅だぞ。」
「あい。茅ヶ崎。」
「雄三通りの雄三は香山雄三だー。」
「そかー。それはすごひよう。」
どこを走っても渋滞は渋滞。 関東の人っていつもこんな渋滞の中を走ってるの?
地図を見ながら、あたしは思いつくままに行ってみたい場所を言う。
茅ヶ崎まで来て海を見てないなんて変だよう。 江ノ電っていうのに乗ってみたひよう。 大仏はぁ? 横須賀で横須賀ストーリーを歌ってみたいよう。 葉山ってご用邸なんでしょう?
「うむ。そういう所まで行きたいんだったら、電車だよ。」
普通の顔で彼が答える。
「ぢゃぁ今度電車で行くよう。そして、江ノ電の前で写真を撮ります。」
「はずかしくなひのか?」
結局、もう時間もないし、東へ行くにはどこも道路がいっぱいなので引き返す事にした。それに、あたしの新幹線の時間もあるし。
彼の住む町の近くで、一番栄えている場所というのに行く事にした。 その町に行ったら、電気屋にもいかなきゃダメらしい。 80Gのハードディスクを買うんだって。
何カ所か渋滞していたけど、北へ上がる道は比較的空いていた。 1時頃には到着。駐車場に車を入れて、近くのファッションビルでランチにすることにした。
栄えているというには小さな町かもしれない。
「今までで一番栄えてるだろうー。」
「そだねぇ。それは言えてるねぇ。」
夜なら30分とかで来られるらしい。
本当は14時過ぎの新幹線に乗るつもりだったんだけど。 この時間じゃぁ無理だろうなと思ったので、言わない事にした。 腕時計を気にしつつ、電気屋でお買い物をする。 彼はHD。あたしはアダプターを買った。
そのままスタバに移動して、コーヒーを買う。 キャラメルアップルサイダーをひさびさに頼む。 歩きながら飲むと、酸っぱくて甘くておいしい。
「飲む?」
一口すすって、彼は露骨にヤな顔をしてみせる。 変わらないね。いつもと一緒だね。1年前もそんな顔したよ。
「えっと。16時台の新幹線に乗る。」
携帯で検索をかけて新幹線の時刻を確かめた。 それなら、高速道路で戻った方が安全だと、高速に乗ってJRの駅まで戻る。
土曜日なのでやっぱり指定席でしょう。 座れないと辛いから。
切符を買ってから、もう一度車に戻った。 時間はもうあまりない。
「後はおみやげくらいですか?」
「あい。そですね。200円の梅干しを買いに行きます。」
駐車場に車を停める。 時間がないのに。もう20分くらいしか時間がない。 同じような土産物屋が並ぶ商店街。 前に買った店はどこだっけ?
そういうと、彼が先を歩いて一軒の店に入った。
「あ、あった。」
一粒200円もする梅干しを一個買う。 それと焼き梅。
せっかく貰ったカメラで、買い物をするあたしを撮ってくださいな。
こんなとこでか?オバカな。と言いつつ、彼は素早くシャッターを押した。
タイムリミットだ。 駅へいそがないと。
まだ駅舎改装中なので、階段をトントンと上がる。 途中の売店で、また少し足止め。
「ねへ。今度は江ノ島だよう。」
「そか。」
「江ノ電の前で写真撮るよう。」
「他の人たちは携帯で撮ってるのに、あのカメラで撮るんですね?」
「当たり前です。」
だって、せっかく貰ったのだもの。 だって、すぐに見たいんだもの。
新幹線口の改札。 お別れです。ちゃんとお礼を言っておかないと。
「せっかくのお休みを付き合ってくれてありがとう。」
「いへいへ。」
「ねへ。大阪にも来てよね。」
「あい。テキトーに。」
「年末は?」
「わかりません。」
「そか。でもあたしも仕事だろうしね。また来るね。」
「あい。テキトーにしてください。」
「じゃあ。」
「じゃぁ。」
軽く手を振ると、彼は大股に歩いていってしまう。 あたしも時間がないので、くるっと回って慌てて改札に入る。
慌ただしいお別れです。ほんとに。
でもね、やっぱり楽しかった。
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新幹線はやっぱり混んでいた。 彼の言う通り、指定席にして良かったなと思う。
発車してすぐに座席確認があって、切符を見せると、後はもう寝るだけ。
行きとは違ってすぐにストンと眠りに落ちる。
京都の少し手前で目覚めたあたしは、200円の梅干しを食べる事にした。 こんなものに200円も払うなんて贅沢だなぁと苦笑する。でも食べたいものは食べたい。
大粒の梅はまろやかでおいしかった。 でもやっぱり梅干しなので酸っぱかった。
梅干しを食べながら、今回のデートを反芻しみる。
仕事を終えて飛び乗った新幹線。 深夜までとれない連絡。 ひとりで待つ2時間。 それでも楽しいと思えた。
思いついて彼にメールを送った。帰りの新幹線の中から。 やっぱり、返事はない。
やっぱりなぁ。と思って苦笑する。
何かが変化した。 あたしの環境の変化。彼の仕事の変化。 あたしのスタンスの変化。
相変わらず彼はテキトーだ。 それが適切なのかどうかはわからない。 正直物足りないなと思う事もたくさんある。
それでも最終の新幹線に乗って逢いに行って良かったなと思う。 あたしが新しい仕事を始めてから、もう逢う機会はなくなったと思ってたから。
少し無理をしたのかもしれないけど、それが楽しかったならそれでいい。
文句も言おうと思ってたけど。 「こんばんわー。腹が減ったよ。」と普通に話す彼を見てるともうどうでもいいやと思った。 「おたんぜうびのだよ。」と渡されたカメラと、写した写真を見て、あたしはふふふと笑う。
新大阪に着いたのは、午後7時過ぎ。 きっちり24時間で、あたしは帰ってきた。
24時間あれば逢って帰って来れるんだね。 そう思うと、なんか少し気が楽になった。 いつもデートの最後に言う「またね。」という言葉を言わなかった事に新幹線を降りてからあたしは気付いた。
バスを降りると、そこは仕事場がある場所だ。 足早にあたしはそろそろ店じまいの時間の仕事場へ向かう。
「お疲れ様。今日はどうだった?」
「あ、てんちょーおかえりなさぁい。」
スタッフからの報告を聞きながら、あたしは思う。
「またね。」と言わなくても、きっとまたテキトーに逢えるんだろう。
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