2005年07月16日(土) |
往復8時間 Vol.1 |
もう長い間逢っていない。 何度か打診はしてみても、いつもタイミングがあわなかった。
あたしが休みを入れると、彼の都合が悪い。 珍しく彼が日付を指定してくると、あたしが休めない。 4月も、5月の連休明けもダメだった。 6月の第一週と言われていたのに、それもダメだった。
もう逢えない?
不安に思うがそんなことは訊かない。本当になるのが嫌だから。
たまに来るメールもそっけない。 忙しいよ忙しいよ。普通に忙しいよ。それが本当なのか言い訳なのか、あたしは知る術もない。ただ納得しようと努力だけはしてみる。
やっと仕事も落ち着いてくる時期なので、7月の3連休に休みをとった。 連休最終日の海の日。
メールでお伺いを立ててみる。
「7/18ですが、いかがですか?」
珍しくすぐに返事が来た。
「その日は出勤日です。16か17ならよかったのに。」
「16か17なら逢えるのですか?」
「今のところの予定はそうですが。」
電話をかけて確認した。 逢えそうな気配。
休むよ。なんとかする。 でなきゃ逢えないでしょう?
そう言って電話を切った。
休日を変更するのは難しい。 他のスタッフにも迷惑がかかる。 それを押してでも、逢いたかった。
16日の夜に移動する。 片道4時間かかるから。往復8時間。 少しでも長くと思うと、夜に移動するしかない。
休みはとったけど、彼の場合は土壇場でキャンセルになる可能性が高い。 あたしは当日まで連絡を取らない。 何かあるのが怖いから。 ダメだと言われるのが怖いから。
水曜日、木曜日。何も連絡はない。 金曜日…何も連絡はない。
土曜日の昼休みに、やっとあたしはメールを送った。
「○○なら×時×分着。△△なら×時×分着。どちらが都合いいですか?」
しばらくして、返事が来る。
「△△のほうが良いです。」
やっと本当に逢えるんだと、少し安心。
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乗り換え案内で検索をかけると、仕事が終わってから、急いでバスに乗っても、新幹線の発車時刻までギリギリの計算。バスが渋滞で遅れると、間に合わない。
どうしよう…。
10分早く上がれたら1便早いバスに乗ることが出来る。 結局、休憩時間を短縮して、早く仕事を終えた。
…少しドキドキする。
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新大阪に着いたのは、予定よりだいぶ早い時間だった。
券売機で指定席のチケットを買う。 予定していた列車の指定が満席。 1本早い「ひかり」で検索をかけると途中の駅までなら指定席が取れる。 迷わずにそちらにする。
少し考えて、帰りの指定席もとっておくことにした。 券売機では買えない?何度やってもダメだったので、みどりの窓口に並んで、翌日夕方の指定券を買った。
…これで時間が区切られたって事ね。
数ヶ月に一度の一瞬切り取られた時間。 十数時間の逢瀬の為の往復8時間。 あたしにとっての特別。非日常。
雑誌を買う。飲み物を買う。少し食べる物を買う。 いつもの手順。 何度あたしはこの往復を繰り返しているんだろう。 どうしてあたしは自分のお金と時間を削ってまで逢いに行くんだろう。 そんなことを、ふと考える時がある。 でも、考える事をやめる。
3連休初日だというのに、指定席は空いていた。 窓際に座って雑誌を読む。到着時間の変更のメールを入れた。 また変な返事が帰ってきた。何それ?笑 そんなことよりも泊まるところあるんだろうか? 世間は3連休初日。そして、土曜日。 前回の土曜日のラブホテル争奪戦は凄まじかったもの…。
「それよりも泊まるところがあるのかどうかが気になります。」
しばらくするとレスが来ていた。
「宿は確保しておきました。少し遠いですが。」
ほんの少し嬉しい。
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少しうつらうつらとした。
軽い吐き気で目が覚めた。 気分が悪い。久しぶりの新幹線の揺れに酔ったのかもしれない。 鼓動が早い。
…大丈夫かしら?
しばらくすると乗り換え駅に到着。 ホームで風にあたる。 湿気を帯びた風。
乗り継ぎ時間があったので、ホームを端から端まで歩いてみた。 なんだかじっとしていられない気分。
無事に乗り換えて、やっと到着。 改札を出ると小雨が降っていた。 駅前のロータリーが工事中で、いつもの場所がなくなっていた。 当然、改札まで迎えに来るような人ではなく、あたしは他の人たちが向かう方へ流されるように歩く。
霧雨。
傘が必要なほどではないけど、雨が降っているだけで心細い。 新しい方のロータリーに着いたけど、そこには車がなかった。
「着きました。」
メールを入れるとすぐに着信。
「どこにいるんですか?」
「えと。新しい方のロータリー」
「屋根のあるとこですか?」
「そうです。」
「あい。」
数秒後には目の前に見慣れた車。ドアを開けて滑り込むように乗り込んだ。
「こんばんわ。」
「あい。こんばんわ。」
「雨降ってるね。」
「そうだね。山は霧だったよ。」
相変わらずだ。この人。 あたしに対しての距離も相変わらず保ったまま。 優しくもないし、かといって突き放しているわけでもない。
「どこに泊まるの?」
「ん?着いてからのお楽しみだよ。」
「遠いの?」
「ちょっとね。」
「だからどこ?」
「言わない。」
ナビにはピンクのルートが示されてる。 時折、アナウンスが入る。『次500m右方向へ。』『5km以上道なりです。』
行き先はどこなんだろう。 とりあえず、逢えた安心感からか、お腹が空いた。
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1時間近く走って、少し離れた場所のビジネスホテル。
「ねえ。どうやって予約したの?あたし検索しても出なかったよ。」
「うむ。ネットでぽちっとな。」
「ていうか、すごいネーミングだよね。」
「とりあえず、先にチェックインだ。」
辺鄙な場所なのに、ホテルは人でいっぱいだった。 変なホテルではない。こじんまりとした簡素なビジネスホテル。 建物も古くはない…でもこれって、もしかして元病院? そんなかんじの造り。
「…これって病院の造りみたいだねぇ。」
「このエレベーターがやさしく停止するのもそれっぽいな…。」
部屋に荷物を置いて、何か食べにいくか、買いに行くかしようと外に出た。
何もない。 来る途中にも何もなかった。 何件かのスナックが見えたけど。 来た方向と反対に歩いていくと、懐かしいような風景だった。 古びた商店街。昭和の匂い。
突然、怒鳴り声が聞こえる。 近くのビルで、殴り合いのケンカがはじまったみたい。
ねへねへ。ケンカ。
すごひねぇ。
なんだか見てみたいけど見られないねぇ。
すぐ近くで焼鳥屋が屋台を出している。 ケンカの怒声を気にしていないのか、見て見ぬふりなのか。 お客も居たような気がするし。
メイン通りと思われる場所に出る。 土曜日の午後11時過ぎなのにほとんどの店が閉まっている。 歩いても何もなさそうなので、目に付いたチェーンの居酒屋に入った。
生ビールとカクテルと、数種類のフード。 少ししたら、ラストオーダーって。どうやら12時閉店らしい。 早いね、都会じゃぁ考えられないよね。
居酒屋での話題は「関東の赤だしは不味い。」だった。 久しぶりなのに、変な会話。
ホテルへの帰り道、殴り合いのケンカをしてた場所はもう静かだった。
なにげなく、彼の腕を掴む。手を繋いだのって、どれくらい前だろう? でも、なんとなく嬉しくて。 何か話してたんだけど、何を話してたのか、もう忘れてしまった。
バカみたいだなぁ。と自分で思った。
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