おひさまの日記
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2003年04月18日(金) |
癒しても癒えない痛みが持つ意味 |
この仕事をしながら人の痛に向き合ってきて、最近「あること」に気付いた。 それは、癒しても癒せない痛みがあることだ。 癒しても、癒しても、どうにもならない現実があるということだ。
よく「準備ができていない」と表現することがあるが、それについては理解していた。 事実、セラピーを受けてもセラピー自体を受け付けない人を、私は数多く見てきた。
癒しても癒えない痛み、それが存在することは自分が体験していた。 そして、それは、その「準備ができていない」こととは別のように思えた。 私はその中で、ここ4年ほどもがき続けていた。
それはもう絶望だった。 なぜ?どうして変わらない? いつまでこの痛みが続く?いつまでこのパターンが続く? 自問自答の日々だった。 自分のしている仕事の意味さえ見失いそうになった。 「セラピーなんかこの世界に必要ないじゃない、こんなに何も変わらないなら!」 そう思った。
昔、あるヒーラーに言われたことを思い出す。 「あなたはまだ手放したくない痛みがあるね。 どんなにブロックを外そうとしてもはずれないの」 私は耳を疑った。 こんなに苦しくて楽になりたいから来てるのに、 私がその痛みを手放したくないだって? 私は痛みを手放したくて仕方ないのに。 彼女の言葉の意味がわからなかった。 7年前のことだ。
そして、7年の歳月を経て、私はようやっとその意味を理解した。
先日、日記にも書いたように、私は父に手紙を書いて渡した。 それは、父の根源の痛みを理解し、彼の全てを受容できたからだった。 まさに、父のすべてを許せたのだ。 その区切りと、その気持ち、愛と感謝を伝える手紙だった。
それから奇跡は起こった。
私が手放せない痛み、手放せないパターン、 それが、私から消え去ったのだ。
それは、アンナへの仕打ちだった。 言葉での暴力、時に手を上げることもあった。 そして、不本意な自分のそんな言動に苦しみ、自己嫌悪し、 抜け出したくて、抜け出せなくて、セラピーの無力ささえも感じた。 アンナを怒鳴りながら、私の心はいつも激しく泣いていた。 私は彼女にトラウマを植え付けているだけの母親なのか、と。 子供を愛することもできない母親なのか、と。
それが、私から突如消え去った。
そして、私は知った。 今まで私が持っていたアンナへのパターン、 それは、私が父を受容するために必要なプロセスだったのだ。 それなくして、私は父の痛みを知ることも、彼を許すこともなかった。 だから、私はずっと持っていたのだ。 「癒しても癒えない痛み」を。 私を苦しめてきたはずのトラウマによる言動パターン、繰り返す過ち、 それが、私を、そして、私にトラウマを作った父をも救ったのだ。
そして、その役目を終えた私のひとつの「パターン」は、私の中から消えた。 父を許したことで、父に許されなかった私をも許し、 そんな自分を投影していたアンナに反応しなくなったのだ。
このために、私の深い意識は、魂は、 後生大事にアンナへのパターン、トラウマによる言動パターンを持っていたのだ。 これが、まさに、魂が「手放したない痛み」だった。 この痛みを通して、私は人生のレッスンを受けていたのだ。
それなら、はじめっからトラウマなんかなければいい話、 そう思う人もいるかもしれない。 でも、それは違う。 もし、トラウマによる痛みや苦しみを体験しなければ、 到達できない場所があるのだ。 それは、人の心の深みだ。
今、私は、人の痛みの中に光明を見る。 その先にある光を知っている。 癒しても癒えない痛みが持つ意味が、ようやくわかりかけてきた。
自分に起こる辛い出来事や、自分が持つ苦しみのパターン、 そういったものは、幼少期のトラウマが原因だと思っていた。 場合によっては、前世での体験が大きく影響したり。 そして、もちろん、それは真実なのだろう。
けれど、トラウマさえも意味があるということを、 私達は段階を踏んで学んでいくのだろう。
苦しみもがいている人にこんな話をしても、ちっともありがたくないはずだ。 まずは目先の問題を解決することが大切なのだ。 物事のすべてには段階が必要だ。 そして、癒しを繰り返し、自分の内面を見つける作業を続けていくうちに、 癒せない痛みに出会い、悩み、苦しみ、もがき、 やがて、その癒えない痛みの意味を知るに違いない。
私もそのひとりだ。
私達は、なんと大きな流れの中に組み込まれているのだろう。 人生という気が遠くなるような長い時間をかけて、 大切なことを学び取ろうとする魂の偉大な計画、 それが生きるということなのかもしれない。
私達は偉大な宇宙にこよなく愛されていると感じる。
今日、実家に顔を出した。 その手紙を渡してから初めての帰省だった。 父は手紙については何も言わなかったが、特上の寿司を用意してくれた。 「うまいか?うまいか? 今度帰ってきたら食わそうと思ってたんだ」 そう何度も何度も繰り返し私に言った。 私は「うまい!こんなうまい寿司食べたことないよ!」そう答えた。 そして、その寿司は、本当にうまかった。 生まれてから今まで食べた中で、いちばん美味しい寿司だった。 父の精一杯の想いがつまった、宇宙でいちばん美味しい寿司だった。 私は家族で食べたこの寿司を、生涯忘れないと思う。
明日はライブ本番。 楽しみます。
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