4時半に起きて、うちに帰ってきている。 弟の死に顔は、顔まわりにあった、テープを解いたら、ドンドン笑顔になって(ゆるんだ?)「みんな泣いているのに、おまえだけニコ顔になってさ」と私はにくまれを叩いている。 スーといってしまったので苦しみのない顔になっているのだ。 ニタとわらって起きあがりそうな顔だ。 友引が入るので一日うちに長くいた。 よかったと思う。 亡くなる日、わたしはリアルに、弟が退院してきて祝いの膳をみんなと囲んでいるイメージを見た。(母は当日「功は、死ぬや・・・」という夢を見たというが、私のイメージが逆さまだったのがくやしい・・・・。) いずれにしても、退院にはしてきたが、こういうかたちとは思わなかった。 町内に葬式の日取りのふれまわりをすると、見舞いに行ってくださった方が、エー五月の末には退院したいとか言っていたのに、とか、ホントに世話になったとか、涙ながらにいう人とか、弟は生まれた地に深く根をおろして生きていたのが実感できる。 私とは対照的な生きかたをしたやつだったなあ。 まあ、時々その辺のことでけんかを激しくしたけどね。
小さいころ、一緒に入院したこととか、山の畑に行って、大根を五本づつ背負って母や父と帰ってきたこととか・・・・まあここに書ききれないほどの思い出が私のうちにあふれかえっている。 直近では、こちらに帰ってきた年に弟の友人の講で、御嶽山登拝をしたことだ。 あのときの弟は強かったよな。 で「おまえ、この旅で、俺、弱ったなあ、と感じたら年だな」なんてにくまれをいっていたけど。そんなことを感じるまえにいっちまったよ。
じきに、6時になる。 また実家に帰らないと。 今日は本通夜だ。 明日はお葬式。 弟の肉体まで天へ登る。 まだ実感がないけれど。
悔やみのメールを下さった方々ありがとうございました。
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