| 2009年07月27日(月) |
ダスカロスの7つの約束 |
前線停滞による大雨で次々と亡くなっている。 祈ご冥福。 みなさん、ご家族はおいでになるだろうに・・・その嘆きを想像するのがつらい。
昨日に続きダスカロス。 ダスカロスが7歳のときに、ヨハナン(聖ヨハネ)に与えられた「7つの約束」 ・・・以下はインターネットよりの引用・・・・・・
私は私自身に約束します。 1、 いつどこにいても、私もその一部である絶対無限の存在に、心をこめて奉仕します。 2、 いつどこにいても、私には神聖なる計画に奉仕する準備ができています。 3、 いつどこにいても、またどのような状況にあっても、私は「神聖なる贈り物」である思考と言葉を正しく使います。 4、 最も賢明な神聖なる法則が与えてくれる、あらゆる試練と苦難に対して、私は不平不満を言うことなく、忍耐をもって受け入れます。 5、 私に対する人々の行動がどのようなものであっても、私は心と魂の奥底から、誠意をもって兄弟姉妹である隣人を愛し、彼らに奉仕します。 6、 私のあらゆる思考・願望・言葉・行動が神聖なる法則と完全に一致することを目的として、毎日絶対無限の存在について瞑想し、熟考します。 7、 私のあらゆる思考・願望・言葉・行動が神聖なる法則と完全に調和したものであるかどうか、毎晩、確認します。
以上は、ダスカロス著「エソテリック・プラクティス」より引用 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「エソリックプラクティス」はずいぶんと時間がかかったが、ネットで注文していたものが先日とどいた。 じっくり読もうと思っている。 ダスカロスは、まさにこの約束を守るべく生きた人だ。
本能で、今ダスカロスとか、山村幸夫さんに興味(瞑想や熟考の実践も含めて)をもっている自分がいる。 なぜ私が「絶対」とか、永遠といったことに今、心引かれるのか。 人は無常の風が吹けば、他界する。 そのとき、もって行けるのはおのれの魂のみ。 現世で得たもの、知り合った人々、そして自分の体、心、みんな置いて行くのだ。 おのれの魂のみが大切。 魂を磨くしかない、と。 これが今現在行き付いたところ。 といっても、何で私が無償で奉仕をしたヒーラーたちに惹かれるのかと考えたときここにぶち当たるということだが。
それにしても、寂しい。 弟の写真に向かって「ありがとう、霊界修行を成満してよ」といいつつ「それにしてもおまえの姿が見えないのは本当に寂しいよ」としゃべっている自分がいる。
これはしかし、ダスカロス的に言うと 4、 最も賢明な神聖なる法則が与えてくれる、あらゆる試練と苦難に対して、私は不平不満を言うことなく、忍耐をもって受け入れます。 ということになる。 そう、忍耐をもって「姿はもうない」ということを受け入れないといけない。
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