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2002年11月26日(火) 不公平の吹き溜まり

●昨日は打ち合わせばっかりの1日で疲労することしきり。おまけに帰り道、空きっ腹で日本酒を飲んだものだから、帰宅と同時にベッドに入りたい気分。で、まだ日付が変わったばかりなのに珍しく早寝しようとベッドへ。

●ベッドの友に選んだのは、久しぶりに宮部みゆき。ずいぶん前に読んだ「火車」。もう発刊から10年もたっている。
 読みはじめると止まらず、結局ベッドの中で朝まで読書。昼前に起きだしてすぐに続きを読み、終えたのが午後3時。まったく、仕事が休みだとわたしはすぐにこういうことを自分に許してしまう。休みだと言っても、家でやる仕事をたくさん抱えているというのに!

●それにしても、「火車」は心に響いた。10年前読んだときにはカードによる借金に翻弄される人々へのシンパシーと物語自体の牽引力で一気に読んだ記憶があるが、この度は違った。
 人々を疲労させ、生きる意味を見失わせ、間違った道を選ばせる、この世に蔓延する「不公平」と呼ばれるもの。
 生まれた場所、生まれる家庭。そんな自分で選び取れないものから、人生の様々な転機における選び間違い、出会いの不幸。または、生まれた国の政治や経済の仕組み自体。

●今年のはじめ、わたしは4ヶ月間仕事をせず、日々読んだり考えたり書いたりの暮らしをした。忙殺され本質を見失っていると感じていた劇場の仕事を休んでみた。
 最後の1ヶ月、すっかり貧乏になったこともあって、1ヶ月デパートのジューススタンドでアルバイトをしてみた。現在の仕事では絶対出会えない出会いがあった。理不尽に間違っている雇用者。学歴がない職能がないというだけでただひたすらに働く被雇用者。親しくなってみると、そんな女の子たちが如何に一生懸命生きているかが痛いほど見えてきた。自分の人生を輝かせたいと強く強く願うのに、その方法が分からず、何か道を提示されても怖くて後込みしてしまう女の子たち。夢見る女の子たち。

 まず彼女たちのことを思いだし。
 さらにさらに、たくさんの人の顔を思い浮かべた。モスクワでわたしを威したくさんのドルを巻き上げた白タク兄ちゃん。
 一度は「身ぐるみ剥がされる!」と心臓が止まりそうになるほどわたしをすくませた男も、結局はドルをなんとか手に入れたい、一生懸命生きる人にすぎない。
 最悪の手段でドルを巻き上げた後はすっかりフレンドリーなお兄ちゃんに早変わりし、「今日は最初の出会いだからこんなことになったけど、次にモスクワに来るときは最高のドライバー、最高のツアーガイドになってあげるから、絶対電話してね」といったようなことをまくしたて、わたしの手帖に自分の住所と携帯ナンバーを残した。
 襲われた劇場にいた人。襲った劇場で死んだテロリスト。
 拉致という信じられない運命に巻き込まれた人。彼らを待つことが人生になった人。
 新聞を広げると、そこは不公平の吹き溜まりだ。大事にしている海に油が突然流れてきたり。税金を払いすぎていたり逃れていたり。病気の人がいたり健康な人がいたり。愛する人が亡くなったり、人を殺したいという欲求を持つ人がそこここで生まれていたり。
 なんだか書き始めるときりがない。

●宮部みゆきの小説は、カード地獄のことだけを書いていながら、わたしに世のあらゆる「不公平」を思い起こさせた。小説の力。
 でも、こういう読書のあとは、もっともっと超越した目を持つ作家の本を読みたくなる。自分が生きている時代の刹那的な不幸を通り越して、「人として生きている」ことの根元的な喜びや哀しみを見る眼差しを持った作家たち。
 さて、わたしは今日どんな作家の本を手にするのでしょう?

 でもその前に、仕事をしなきゃなあ。


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