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2003年05月27日(火) あなたの精神の大切な部分が亡びてしまうと思うことが…… ●山ほととぎすほしいまま(秋元松代)

●秋元松代さんの作品を観た。
 強靱な精神を持った女性の書く、強靱な精神を持った女性の破滅の物語。そこに確かに、秋元さんがいた。

 わたしがお会いした時には、もうかなり御高齢でいらっしゃったが、優しい輝きを放つ目の奥に、自分への、他人への、社会への、厳しさの固まりみたいなものが座っていて、怖かった。強靱であることを自分に強いてきた人独特の、孤高の鈍い輝きのようなもの。どんなに笑っていても、他者をよせつけない、孤独の悲しみと輝き。

●34歳から戯曲を書き始め、死に至るまで、戯曲を書くことのみに生きた秋元さんの、ことば。ことば。

「夜、仕事のことを考えて頭が狂いそうだ。突然に死にそうな不安で大声をあげる」

「時々ふっと空虚になる。すると、さくさくと心の崩れるのがきこえる。孤独と手応えのない自信と。その二つの下で生きねばならぬ」

「演出家や役者に文句つけられて直すような作品は書いちゃいけません。そういうことは言わせないように書くっていうことです。それがホントの劇作家です。あたしは欲が深いのよ、ものすごく欲張りなの。最高のもの、充実したものでなければ、ああ、いいと思わないの、満足しないの」

「私は命がけになることしか知らない人間だ」

「失望を重ねることは何度もあった。いっそ劇作をやめよう、と思ったことは一度や二度ではなかった。しかし私は戯曲に戻った。私を支えてくれるものは他になく、私は何よりも戯曲を書くことを好み、熱く深く戯曲を愛したから、劇作家であることに喜びがあった。それが私の自然な生き方だった」

「かれらが私を老婆とみて優越を誇るなら、せめて束の間の優越を味わわせてやってもいいではないか」

「私よ、お前は勇気を持ち、ただ一人で、生きられる時まで歓びを持って生きて行くのだ」

●女性が一人で、自分と闘い、他者と闘い、社会と闘い、闘い闘い闘い続けて生きていく。そして、一人、死んでいく。
 秋元先生のお葬式の手伝いをさせていただいた時、わたしは、わたしなどには想像さえ出来ない、強靱な女性の人生時間を思い、震えがきた。
 霧雨の降り続く、寒い寒い、春の日だった。

●何か創り出そうとする時。何かを書こうとする時。いつも思い出す秋元先生のことばがある。

「あなたがこれだけはいいたい、ぜひいいたい、それをいわねば、あなたの精神の大切な部分が亡びてしまうと思うことが、一つはあるでしょう。それを分かりやすく、誰か一人の人に話しかける気持ちで書けばいいのです」

 なんて優しく、なんて強いことばだろう。

●こうして、夜中にひとり、わたしは、大切な人たちがその人生を賭して残してくれた指針を、生かせるも生かせないも、ただ、頭を垂れて受け止めている。



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