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| 2003年05月28日(水) |
五感の喜び。生きている手触り。 ●ラブリー・ボーン(アリス・シーボルド) |
●部屋の整理、とりあえず最終日。素晴らしいお天気なので、日常着の洗濯に加えて、ベッドの各種カバー類、ソファーのクロスだのクッションカバーだの、洗濯したかったものを次々と洗濯機に放り込む。午前中に一巡目が乾いてしまうという鮮やかな5月の日差し。 8畳ほどあるベランダは、廃棄と決めた燃えないゴミの山。先日遊びにきたA氏が、この量を見かねて、朝のゴミ出しに備えて泊まりにきてくれた。一日肉体労働をしてきた後なので、一時頃には就寝。離れた部屋から小さく寝息の聞こえてくる中、わたしはあれこれ書き留める作業。二時過ぎに携帯が鳴る。その時間は恋人からだ。あまりの忙しさに体調を崩しているという。でも、わたしは何もしてあげることができない。朝、モーニングコールをしてあげたり、激励のメールを送ったり、お呼びがかかったらいつでも飛んでいき、酒を囲むことくらいのこと。せいぜい出来るのは。 気分を変えて、読みかけの本を読む。全米でベストセラーになったという「The Lovely Bone」。ソファーで、お風呂で、テーブルで、ソファーで、読み続け、読み終えたら六時。
●主人公である語り手は、すでに死んで、天国にいる。14歳で、近所に住む男にレイプされ、そのまますぐに切り刻まれたのだ。物語は、彼女の死を家族がどう受け止め、まわりの人間がどう受け止め、生きていくかを、彼女自身が語っていくもの。とても穏やかな天国という世界から。 残酷な現実から端を発しているのに、死後をとても穏やかで温かいものと設定してあるから、彼女の語りには不思議な軽やかさと弾みがあり、みずみずしい。残酷なのは、残された人々生活、現実の方だ。 父親は娘の死が受け入れられず、犯人捜しに生活が囚われてしまう。母親は同じく娘の死が受け入れられず、逆に夫の執念から逃れたくなり、浮気をしてしまう。そして家を出る。亡くした娘への愛情で、生きている娘、息子への愛情は屈折したり目減りしたり、その中で、娘も息子も、姉の死を受け入れようとする。その屈折。また、主人公が生と死の狭間で「すっと触れていった」女の子は、主人公の死にとりつかれ、長じては、殺人のあった場所にいくと、その現場のイメージを追想するようになってしまう。 とにかく、ひとつの死は、たくさんの人の生活を揺るがしていく。主人公はそれを一際明るい視線で見守っていく。 彼女の悲しみは、自分が彼らに触れられないこと。自分が彼らに影響できないこと。明らかに自分の死からすべてが派生していったはずなのに、自分はもう彼らにどう関わることもできないということ。 でも、物語の最後には、崩壊した家族は再生の兆しを見せ、主人公にも、一瞬の奇跡が起こる。作者の視線は、最後には、あくまで人に甘く優しい。
わたしは決してこの小説が好きじゃない。レイプを実際に体験した作者の書こうとしていることは、厳しいけれども前向きで好みなのだが、何もかもが如何にも割り切れてアメリカ的で、リアリティーを感じられない描写が多く。また、作者には関係のないことだろうが、そういう作風に乗っかりすぎた翻訳が、どうもいただけない。 でも、好きであろうが好きでなかろうが、この物語は、五感の在ることの喜びを読者に残す。美醜や善し悪しを問わず、自らの目で見ること。聞くこと。匂いを感じること。舌にのせ味わうこと。自分に、他者に、あらゆるものに、触れること。 好きな人に触れることができる。それが、どれほど素晴らしいことか。そのすばらしさに改めて驚きながら、朝を迎えた。思いついて、6時半に起きるというA氏のためにお弁当をこしらえ始める。 A氏がどれだけわたしに愛情を捧げてくれても、わたしは恋人のことを考え続けている。それを知っているA氏は、今や「無理して忘れなくてもいいから。俺といてくれれば」と、恐れもてらいもなく、一緒にいようとする。 わたしの薦めた河野多恵子の「秘事」を昨日読み終えたA氏は、眠る前に、わたしに宛てて手紙を書いていた。奥さんを病気で亡くした時のこと。今はわたしの健康をひたすらに願っているということ。
恋人のことをひたすらに考えるわたしであっても、ひたすらにわたしを愛してくれているA氏のことを、とても大事に思っている。ただ、それを、うまく形にすることは、今はできない。 彼にも、せめて出来ることをする。彼に触れて起こしてあげ、できたてのお弁当を包んであげる。朝とお昼の二食分。ふたつの包み。そして送り出す。送り出したとたん、一気に寂しくなり、こうして日誌を記す。どうして寂しいのかも、はっきりとは分からないままに。
今日も素晴らしいお天気だ。こんな時間まで起き続けてしまっても、あれこれ考えることで興奮しているせいか、ちっとも眠くない。 9時半に恋人にモーニングコールをかけ、それからまた新しい本の扉を開こうか。それとも、広々とした部屋中を、久しぶりに磨き上げようか? でも、夜は芝居を観に行く予定だから、少しは寝ないとな、などなどと思い巡らしながら、こうして与えられた私自身の現在、私自身の状況から、何を語り始められるのかと考えている。 この世にこうして生かされていることへの、恩返しを、考えている。(そうだ、たまには母に電話して、親孝行することも大事だな……)
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