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2003年06月15日(日) 結婚しても、いいかもしれない。●二列目の人生 隠れた異才たち(池内紀)

●午前0時に眠りにつき、働き続ける恋人から午前3時に電話をもらい、目がさえて、そのまま起きてあれこれと書き始めたりしたらもう朝。そのまま1日が始まる。午前中からジムに出かけて、仕事お休みのサラリーマンが多い中、しばし汗をかく。帰宅して、あれこれしてから、A氏が企画演出したイベントへ。

●ライブハウスに到着したら、すごい行列。並んで待って、ようやく中に入ってみると、A氏がバタバタと走り回っている。忙しそうなので声をかけず、受付に差し入れのシャンパンを渡し、本番が始まる。
 中身は、ライブなんだか、芝居なんだか、コントなんだか、まあ、ちょっと得体のしれない、言ってしまえば、デタラメインテリ中年世代達の大騒ぎって感じ。ちょっと可愛かったりするおじさんおばさん達を眺め、ちょいと古いタイプのブルースなんぞを聞いたりして、3時間。
 中身はとにかく、わたしの目は、A氏とA氏息子にずっと注がれていた。 A氏息子は、かつてわたしがプレゼントした父子お揃いの赤いTシャツを着て、会場内ではしゃぎまわっている。途中でA氏に呼ばれて出ていったかと思うと、衣装をつけてかぶり物をつけて、父と一緒に登場。舞台上で父親に次の動きなど確認しながら、ちゃんと舞台に立っている。立派な子役ぶり。イベント終わりには、マイクを持ってショウの終わりをしきるA氏。頬が紅潮して、照明で目がきらきらしている。舞台っていうのは、人がだいたい美しく見える場所なんだ。職業的によく知ってはいるものの、いい男ぶりを、ちょっと見直す。

●突然、結婚してもいいかもしれない、と思った。恋人のこと。A氏には亡くなった奥さんとの子供がいるということ。様々な問題が一瞬頭の中から吹っ飛んで、この人と結婚してもいいかもしれない、と、思ってしまった。わたしは今までも、一瞬の閃きだけを頼りに男とつきあってきた。好きだと男の人に打ち明けたことは一度もなく、わたしがこの人だと閃いたら、向こうも好きだということが自然に伝わってきて、何気なくはじまる、いつもそんな具合だった。閃きがすべて。だから、結婚だって、いいじゃないか、閃きで。と。
 この目で、写真でしか知らなかったA氏息子を見たからか?
 デタラメイベントではりきるA氏の少年のような表情を見直してしまったのか? なんだかよくわからないのだけれど、心が動いた。

●搬出の車を手配しに出ていったA氏を、イベントアフターの賑やかなライブハウスで、独り、物思いにふけって待つこと1時間半。A氏のことを考える。恋人との長い長い時間を考える。
 根っから思いの強い人間なので、4年間、始終恋してきた人の存在は大きい。結婚できなくても、ずっと待っているだけでも、時折彼のそばにいられらばいいとまで、わたしは思ってきた。それが……。

 戻ってきたA氏の顔を見て、話して、何やら安心し、打ち上げに出る彼と分かれて帰ってきた。
 午前3時から起き続けていたので、日付が変わる頃には、眠気がピークに達していて、倒れ込むように、眠る。朝方、恋人の夢を見て、目が覚めた。起きてみると、携帯にA氏と恋人から一件ずつ不在通知が入っていた。携帯の音など、聞こえぬ深い眠りだった。

●今夜は、恋人が全精力をつぎ込んでいる芝居のリハーサルを見にいく。久しぶりにその顔を見て、わたしの心は、また、どう動いてしまうのか。

 池内先生の著作タイトルから言葉を借りれば、恋人は一列目の人。A氏は二列目の人だ。一流と二流ということばとはちょっと違う。何を一義に考えて生きるかという、生き方の問題だ。

 恋人は自分の仕事に生きている。その隙間隙間をわたしと過ごすことに、喜びを感じてくれている。わたしは寂しいが、その姿はストイックで魅力的だ。
 A氏は、恋愛至上主義と豪語しつつ、仕事が忙しかろうが何だろうが、わたしのこととなればすぐに動いてしまう。トップランナーになる人じゃないが、一生わたしに寂しい思いをさせないだろう。

 選べないよ。本当に。だから、昨日の閃きを信じてみようかと思う。

 わたし、結婚してもいいかもしれない。


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