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2003年07月05日(土) 新しい家族との出会い。●FLY,DADDY,FLY(金城一紀)

●前夜、「FLY,DADDY,FLY」を読み始めたら、もうおかしくっておかしくって、泣けて泣けて、最後まで読んでしまう。7時起きだというのに、その時すでに5時。興奮冷めやらず、パソコンを起動して、感慨をメモに記す。結局寝たのは6時。でも、新しい家族との出会いを前にぶれにぶれていたわたしには、「これを読んで出かけるのと読まないで出かけるのとは随分違うぞ」とまで思えるくらいの、必要な読書時間だった。
 1時間の眠りを前にして、受け取ってもらえるかどうかなんて考えないで、球種なんてどうでもいいから、とにかくわたしは新しく出会う人たちに、ボールを投げてみればいいいのだと、そう思っていた。投げたボールが投げ返されたら、受け取って、また投げ返す。

●待ち合わせの場所には、A氏の息子GOが一人で現れた。
「こんにちは、はじまして。××です。」というと、「こんにちは!」と、なんだか関心なさげに言う。そのくせ、見てないふりをしながら、わたしの顔を何度となく見上げる。
 出発の前に、GOとマックで朝ご飯を買い込む。A氏はなんの儀式もなく、当たり前のように、あっけらかんと、わたしと彼を二人で行動させる。その姿勢は、一日中変わらなかった。
 いざディズニーシーへ。GOと一緒にカーナビをセッティング。わたしが説明書を読んであげ、GOがコントローラーを扱う。ゲーム慣れしているので、キー操作が驚くほどうまい。
 ちょっとした渋滞に巻き込まれ、GOは「混んでると思ったからさ、俺新聞持ってきたんだよね。読む?」と後部座席に一人で座るわたしに紙っきれをさし出す。開いてみると、「デンジャラス鼻毛新聞」というタイトルの、漫画新聞。コロコロコミックスの付録らしい、奇妙きてれつな印刷物を、わたしは熟読して過ごす。そこに登場する、これまた奇妙な人物たちの似顔絵を、GOはわたしのために何枚か描く。そうこうするうちに、車は舞浜へ。

 車を降りてすぐに、GOは異常に落ち着きのない子供なのだとすぐに分かった。A氏から前もって聞いてはいたけれど、半端じゃない。仕事でたくさんの子役とつきあってきたから子供慣れしているつもりだったのだが、そのちょろちょろぶりに、わたしは目が点。ちょっとでも目を離そうものなら、視界から完全に消えている。
 わたしがマップを見て、どこに何があるかをGOに教える。GOがどこに行くかを決める。わたしがマップで案内する。A氏はみんなの荷物を一人で抱えて、後からついてくる。
 これまたすぐに判明したのは、GOはこれまた異常に怖がりだということ。そして、高所恐怖症。ちょっとでも怖そうなアトラクション、スピードが出たり高度の出る乗り物は、すべてパス。でも、そんなことを言ってたら、遊園地なんて「じゃあ、何をするの?」ってなもので。
 もう3年生なので、そろそろその資質をなんとかしたいと思っていたA氏が懸命に説得して誘うも、彼は固辞。なかなかに頑固だ。

 アトラクションを選ぶ毎に、20分から1時間30分ほどの行列待ち。ちょろちょろGOは、並んでいる時も落ち着かず、A氏とわたしで交互に叱り、退屈しのぎのゲームをする。だいたいが子供っぽいわたしは、手を使ったちょっとしたゲームをいくつかGOに教えてもらい、飽きずに繰り返す。GOが楽しそうにしているのが、ひどく嬉しい。でも、彼はきっちりと、「今日はお父さんと仲のいい女の人と遊びにきたんだ」というような態度を守っている。
 まだ実際に結婚していないし、結婚したにせよ、すぐに母親だと思えるわけもない。それにしても、意識して「お父さんと仲のいい女の人」と仲よく過ごそうとする彼の態度が、あまり素直な感じをわたしに与えず、痛々しい気持ちになる。

 お昼ご飯。GOの食べ方は、お行儀悪いことこの上ない。さらには食べ物をもてあそんだり、しかも、食事の途中でトイレにいく。A氏に言わせると、なぜだか分からないけれど、しょちゅうなのだそうだ。
 女親を持たずに育ったのだということを、わたしは理屈ではなく肌で感じとった。

 大変なことだぞ、と、わたしは思い始める。想像はしていたけれど、不安は現実となる。

 1時間30分並んだ「海底2万マイル」というアトラクション。暗さとBGMの雰囲気で怖くなってしまったGOを説得して、なんとか乗り込む。二人用のベンチにA氏とGOが一緒に座り、わたしは隣のベンチに一人で座り、ゴンドラが滑り出す。
 ゴンドラの2重ガラスの間にぶくぶくと泡が立ち上る仕掛けで、GOはすぐに「水に潜っちゃったよ」と大騒ぎ。そして、ガタンと音を立てゴンドラがストップし、照明が落ちてしまった時点では、もう泣きそうな顔をしてA氏にしがみついている。その親子の様子を、もろもろの思いで眺めているわたしに、GOが突然、心細げな声で言った。「××さんも隣に座ってよ!」
 わたしは二人がけの小さなベンチに滑り込み、GOの体を一緒に抱いてやった。胸が詰まった。

 ディズニーシーを後にし、A氏父が待つ東京へ。後部座席で、わたしはたくさんの不安でいっぱいになっている。
 片親で育った男の子の、様々なアンバランスを目の当たりにした。父親への小学校三年生にしては度が過ぎている甘え方にも戸惑った。父親は自分のものなのだとわたしに伝えているような気さえして。そして、子供と時間を過ごすことがどれほど大変かという当たり前のことも身をもって知り、自分の仕事との両立を不安に思ったりもした。……とにかく、不安を挙げればきりがないので、わたしはそれらを振り払い、しばらく眠った。1時間しか眠っていなかったので、すぐにぐっすり。次なるお父さんとの出会いに鋭気を蓄えた。

●A家に到着。奥さんが亡くなったときに、福井に引退して一人で暮らしていたお父さんを東京に呼び、買ってもらった家だ。以来、A氏は働き、料理以外のほとんどの子育てを、お父さんが担当して4年が過ぎたらしい。

 A氏にならって書いてきた履歴書をまずお父さんに渡し、挨拶をしようとしていたところへ、2階からGOがわたしを呼ぶ声。「ねえ、こっち来て!」
 にこにこして「行ってらっしゃい」と目で示すお父さんに「ちょっと行ってきます」と断ってから上がってみると、GOが自分の部屋で手招きしている。
「俺の部屋見る?」
 GOは自分の部屋のあれこれをひとつひとつ説明してくれる。可愛い。本当に可愛い。不安が一気に吹っ飛んでしまう。
 荷物整理を終えて上がってきたA氏、「ついでに屋上も見せようよ!」とGO。遠く池袋のサンシャインビルを眺める屋上は、実に心地いい。これからわたしと過ごす時間を楽しみにしているA氏が、隣でにこにこしている。

 一通りの挨拶を終える。御仏壇に挨拶をする。
 大正の時代に生まれ、戦争を乗り超え、戦後を企業戦士として乗りきり引退して、今、子育てと洗濯掃除に追われて暮らしている、A氏お父さん。わたしは、厳しい時代を幾つも超えてきた人の、深い穏やかさと優しさを感じる。
 A氏の小さい頃の話など聞きながら、ステーキハウスへ。男三人家族は、何より美味しい牛肉に目がないらしい。
 美味しい食事をいただきながら、わたしとお父さんを中心に、話が絶えない。わたしもお父さんも、よく笑った。GOはマイペースで高価なお肉に夢中。A氏は始終わたしの隣でうれしそう。
 煙草を吸うこともお酒を飲むことも、下手に隠すまいとわたしは思っていたが、GOに「たくさんは駄目だからね。俺が注意するからね」と言われてしまった。「美味しいご飯作るから大目に見てよ」と頼むと、「うーん、でもたくさんはダメ」となかなか厳しい。

 A家に帰宅したのは10時。いつもは9時に眠るGOが、まだ興奮して眠りそうにない。A氏と11時までには絶対寝ると約束して、わたしと遊び始める。A氏はわたしの家に一緒に帰って泊まるため、明日の朝食と夕食をいっぺんに作り始める。
 折り紙をして、絵を描いて、レゴをやって、わたしに促されてベッドへ。パジャマを着て横になったGOが、ちょこまか動き回って疲れた足をわたしに向けて「もんで!」と甘える。よくA氏が眠る前にやってあげるらしい。
 もんでやっていると、「明日も来るの?」とGO。
「明日は来ないかな。すぐに毎日は来れないけれど、お父さんが忙しい時とか、ご飯作りにくるからね」とわたし。
 GOはもう眠いはずなのに、目をくっきりと開けて、わたしに
「よろしくお願いします」
と言った。わたしも
「こちらこそよろしくお願いします」
と、答えた。

 GOが眠り、食事の支度が終わり、日付が間もなく変わろうとしている静かな部屋で、またしばしお父さんとお話しして、A家を出た。お父さんが最後にわたしにかけてくれたことばは、
「大丈夫ですよ。あなたはやれますよ」だった。

 もちろん不安は消えない。想像でしかなかったそれらはすべて一度に現実になった。でも、それより大きな希望が残った。
 これからだ。今日のわたしはゲストに過ぎない。単なるお客さん。……これからだ。
 ただ、この人たちがわたしの新しい家族なのだという思いは確かにわたしを満たし、それはなんだかとっても温かく賑やかな幸福の予感なのだった。

●A氏と我が家へ。長い一日を終えて、お互いに「お疲れ様でした」とA氏とビールで乾杯していることろに、恋人から「これから部屋に飲みにいっていい?」という電話。疲れているからと断るわたしに、彼は「珍しいね」と訝しがる。わたしが恋人の誘いを断ることなどめったになかったから。

 わたしは、恋人も、A氏も、同じように愛しているところから、不倫という汚名を捨て、A氏との生活を選んだ。その辺りの様々な心の迷いにつきあってきたA氏は、誰よりわたしが恋人に寄せる思いを知っており、彼が9月に日本を離れるまで、結婚のことは無理して告げることはないと言う。友達として会っていればよいと言う。もちろん、それには、今恋人が過剰な仕事に体を壊していることへの思いやりも含まれている。わたしを失ったと知って、恋人がどうなってしまうかということを、心配しているのだ。

 新しい家族との対面を終えて、わたし自身が答えを出さねばならない。新しい家族の、信頼と期待に応えるために。
 


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