あまつばめの雑記
こんばんは。いらっしゃいませ。

2001年12月31日(月) 今年の終わりです.

暮れそうで悲しゅうございます。

今年最後の挨拶です。
新年の挨拶に抵抗してみました。

1年を振り返ってみると、一番大きな生活の変化は、ネットをはじめたことでしょうか。
今年の3月からはじめたのですが、それから生活に『文章を書く』ということが色濃くなってきました。
日記を書くということなんて1年前は想像もしていなかったのです。

過ぎてしまえば、平穏な1年だったといってしまいます。
どんなに波乱に満ちていても、ゆっくりとかみしめられる時間は、色あせない思い出です。

来年ものんびり過ごしたい。
たとえどんなに忙しくても、振り返って思いふける時間を取れるようにしたいです。


除夜の鐘を聞きながら、今年が夜気に消えてきます。
皆様、1年間お疲れ様でした。


2001.12.31.PM11:40 あまつばめ


駄文:(時間からして、これを読むのは年明けなんだよなぁ
そう思うと嫌がらせだ(笑))



2001年12月30日(日) 適正価格

高すぎると手が届かず、
低すぎると屈まなければいけず、
適当が見つからない。



こんばんは。あまつばめです。
履き始めて4日の靴で歩き回ったのですが、靴ズレもしなければ疲れも少なかった。
靴がすごく幅広で不恰好ですが、足にあっているようです。
2千円の安物なのでお買い得でした。


お買い得。
今日、お買い得なもので、ちょっと理不尽に怒っています。
その話に入る前に、この童話を読んでください。




昔々のことです。
ある町の宝石店店主の庭から、大量の原石が出ました。
大きい上に質も良く、ものすごい価値のある宝石ができるものでした。
さっそく、それを採掘して、細工をして売り出すことにしました。
ところが、その宝石店の店主、欲がないことで有名な人でした。
宝石を使った費用に、ほんの少しの利益を加えて売ることにしました。
なるべくたくさんの人に宝石の価値を知ってほしかったのです。
それはすごく安い値段になりました。
他の町の宝石店に比べてただ同然の値段でした。

最初はその町の人が買いました。
本当は高価な宝石なので、知らない人に自慢しました。
そして、何人かが「町の宝石店ですごく安く売っているのよ」と、口を滑らせました。
聞きつけた人は「私もほしい」と買いに来ました。
その噂は繰り返され、すぐに国中に広がりました。
こうして、たくさんの人がこの店に買いに来ました。
特に興味がない人も、安いからといって買って行きました。。

その中に、ある女の子が指輪を買ってもらいました。きらきら光る小さな指輪。値段でなくデザインが気にいったのです。それは売っている中でもみすぼらしく安い指輪でした。母親に「おかあさん、わたし、まいにちいえのてつだいするから、このゆびわ、かって」とねだりました。母親は、「こんなにやすいのなら」とその指輪を買ってくれました。「大切にするんだよ」と言って。
女の子は大変に喜び、毎日眺めていました。
女の子は宝物のように毎日磨いていました。
彼女にとってそれは本当に非の打ちようのないキレイなものだったのです。


1年の月日が流れました。
みんなの宝石を見る目が変わりました。
宝石というものは希少価値があるから意味があるのです。
そこらへんに転がっている石は、どんなにキレイでも、世間では価値のないものにされてしまいます。
結果としてこの宝石がガラス玉と同じ価値になってしまいました。

買った人のほとんどは、ろくに手入れをせず輝きが失せてしまいました。
安くて、輝きが失った装飾品に価値はありません。
何人もの人が宝石を捨てました。
そして、宝石店に向かって「よくもだましたわね」と怒鳴った人もいました。

女の子は悲しかったです。
彼女のつけている指輪は、買ったときよりも美しい輝きを持っています。
それでも、周囲の人は「そんな安物、持っているだけで恥ずかしい」とひどいことを言います。
彼女自身がキレイと思ったもの。それが金額としてしか見られないことを。

宝石の価値を、本当にわかっているのは、ずっと磨きつづけた彼女だけなのかもしれません。






今、即興で作ってみました。
キレイにまとめてしまいましたが、誰も幸せにならない話です。
どのように感じましたか?


今日のお買い得なものは、たった100円のものです。
作る過程や費用を考えると100円で出来上がるものでないと思います。
現にそれよりお金のかかっていないものを高い値段で売っているのが普通でした。
中の質が悪ければ「こんなものだ」と納得できるのですが、しっかりとしたものです。
安く買えるのは嬉しいけど、もっと高く売ってほしいものです。

変ですね。
買い手が売り手に「高くしろ」と言いたくなるなんて。
それでも、自分が好きなものを安売りされるたくない。


連絡先があるので、このことを送ってみます。
ただのワガママなので返事が来るとは思いません。
けど、そうしないと納得がいかないのです。


こんなことを考えている時点で、お買い得でなくなっていると思うこともあります。でも、その品物とこの考えは切り離して考えることにしましょう。



2001年12月29日(土) どうしてガラスは割れたのか?

過去という名の地図を持つ、
今という名の旅人は、
未来という名の道を歩む。


こんばんは、あまつばめです。
今日は一日、本を読んだり、本を読んだり、本を読んだりしていました。
年末年始に発行される本が多いこと、多いこと。
冬休み中に読めということでしょう。
食事を除いて本を手放さなかった気がします。


ちょっと、過去の話をさせてください。
もう、10年以上昔の話。私が中学生のときのことです。
ほとんどの学校がそうだと思いますが、2階以上の教室にはベランダがついています。
そこには柵もあり、非常時には脱出路になるところです。
安全を配慮して、普段は出てはいけない場所です。
ただ、この年代はやってはいけないと言われると、逆にやってみたくなるもので・・・・・・

ある寒い日の休み時間。
いつものようにベランダに出ている子がいました。
ベランダに出た理由はありませんでした。それでも理由をあげるなら、外の空気がすいたくなったということぐらいでしょう。10分の休み時間では外まで行って戻ってくる時間には短すぎます。窓を開けても良かったのですが、冷たい空気が入るのを嫌う人もいたので、ベランダに出ることにしました。
予鈴がなり、教室に戻ろうとしました。
人が出入りできる扉に手をかけると、何人かが笑っていました。
その子は気づきました。ベランダに残っていたのが自分ひとりになっていたことを。

油断をしていました。
他の人がいるから変なことはしない。
そんな安心感と、太陽のにおいに気を許し、ボーっとしていたのです。
次の授業は生活指導の先生の授業。
この状態が見つかれば、口うるさい説教があるのは確実でした。
「あけて。いれてよ」
そう言ってサッシを叩きましたが、指差し笑うだけであけてくれません。
やがて、先生が来ました。

最初はその子もしゃがんで隠れました。
見つかって怒られるのが怖かったのです。
でも、そんな状態になっても、ベランダと教室を隔てる扉には鍵がかかったままです。
理不尽さにいらだちます。
自分が怒られることは理由がわかります。出てはいけないところに出ているのですから。
でも、扉を閉めた人のせいで、のけ者にされた。教室に戻れない。寒い中にいることより、暖かい部屋の中で授業を受けている人のことが納得できなかったのです。

立ち上がって、窓を叩きました。
自分がそこにいることを証明するために。


怒っていて力が入っていたのでしょう。
叩く場所も、ガラス部分でなければよかったのです。
叩いた直後、窓ガラスが1枚、割れました。

その後、ガラスを割った子とかぎを閉めた人達(6人)が呼び出され、授業はつぶれました。


罰則ですが、ガラス代は、割った子とかぎを閉めた人達で半々。
ガラスを割ると用務員さんの手伝いをするのですが、割った子は1週間、かぎを閉めた人達は1日ずつでした。


この罰は適切か? 不適切か? 悩みました。

意思があるなしに関系なく、ガラスは割れています。
誰も割ろうしたのでなく、結果的に割れてしまっただけです。

原因はベランダに出たことと、かぎを閉めたこと。
だから罪を半々にした。


しっかりとした理屈が通る話です。
でも、いまだに納得がいきません。


ガラスを割った子はみんなの前で、
「ガラスを割ってすみませんでした」
と謝罪させられました。
かぎを閉めた人達は誰かに謝ったわけではありませんでした。
ここだけ不平等です。


まあ、いいか。
本気で悪いと思ったのは窓に近かった人だけで、後は見捨てた人たちで、私も気持ちこめて謝らなかったし。

掌って意外に固いものですね。
思っている以上にいろいろなものを壊しました。
静寂も、馴れ合いも、見下す視線も。

あの時割れたのは、ガラスじゃなく、誰かをあざ笑って手に入れた、そんな日常でほしかったです。



追記:本気で悪いと思ったのは、開口一番に

   「手、だいじょうぶ?」

   と聞かれたからです。



2001年12月28日(金) 1週間の休みにすべきこと。

アルコールが入ると本性が出るのでしょうか?
それとも、鬱積を晴らすのでしょうか?

こんばんは。今年の仕事が、とりあえず終わったあまつばめです。

昨日の忘年会は、職場中の人が酔っぱらいの暴徒になっていました。
私はというと、2日ほど、あまり寝られない日が続き、体調も悪かったので、アルコールはビールだけにしておきました。
普段ですと、すぐに酔えるようにカクテルやウィスキーなど、濃くてすぐに酔えるもの、もしくはウーロン茶で飲んでいるフリをします。中途半端に酔うのがいやなので、ビールだけを飲みつづけたことがありませんでした。
でも、しっかり酔えたのは疲労のおかげでしょう。
無駄にはしゃいでいた気がします。

宴会の後は、お風呂に入ってすぐに寝ました。
何名かは、朝の5時まで飲んでいたそうです。
大丈夫ではなかったようですが。


仕事納めといっても、仕事はたくさん残っていて、お昼食べたら、「よいお年を〜」といって帰れません。
そもそも、山積みしているのはいつもの仕事です。
1週間も仕事を休めるツケでしょう。
年度(4月〜翌年3月)の仕事が多いので、年が変わっても目新しく変わることはない。
むしろ、13年度の仕事なのに、『平成14年』と日付入力する違和感がクスガユイです。

さすがに、仕事納めなので残業せずに帰っていいということになりました。
月末月始に急がしい私の机は、年越しの仕事が山積みです。
新年が来てほしくない・・・・・・・・・



職場のそばに兄姉弟の3人兄弟がいます。
1番上が小学2年で、次が幼稚園。最後の子は3歳くらいです。
定時で終わったとき、時々遊んでもらっています。
今日も姉弟と遊んでもらいました。

3人ともすばしっこくて、元気の塊です。
いろいろなことをやらされ、体は疲れます。

でも、よく笑う顔を見ていると、つられて笑いたくなります。
計算されていない感情って、伝染するんですねぇ。
楽しいから笑う。そんな当たり前のことを疑いなくやってくれるのが気持ちいいのです。
肉体的に疲労する代わりに精神的に癒されているのです。
来年会ったとき、お年玉をあげるかあげないか、ちょっと考えています。

私個人だったら、あげていいと考えます。

でも、お父さんやお母さんに気を使わせてしまうこと。
仲良くなった人がお金をくれると誤解させてしまわないか?
疑うことと疑わないことのバランスを私が崩してしまわないか?

真剣に考えると、きりがないでしょう。

お年玉をこの子達にあげるのは、私の欲望です。
世間で『よいこと』とされている欲望です。
でも、年末の1週間の休みのように、ただ業務を多忙にさせる休みのように、余計なことなのかもしれません。

あげるべきか、あげざるべきか。

考えてしまいます。
心の中で天秤にのせて比べますが、揺れはなかなか治まりません。
まあ、こんな風に考えるのは楽しいのですがね。


1週間、頭の片隅で考えてみましょう。
私なりの結論を出すように。



2001年12月27日(木) 5分で書きました。

職場の昼休み、これを書いてます。

これから大掃除をして、忘年会の予定です。
泊まりで忘年会をするので、今のうちに日記を書いておかなくては。

たぶん、へべれけに酔っぱらうか、ほとんど飲まないでさっさと寝るでしょう。
あんまり寝てないので後者がとれればいいなぁ。

結果は明日にでも書く予定。
さあ、仕事も後少し。
はやく休みにならないかなぁ。

今日は短め  あまつばめ



2001年12月26日(水) ブラックボックス

世の中には知らなくていいこともいっぱいある。
でも、危険なものほど、知りたくなるのはなぜだろう。


こんばんは。あまつばめです。
職場で残りの通勤日を指折ってみると、今日・明日・明後日の3日しかない事実になんとなく納得が行かないような気がいます。

小さなころは『現在』が速く流れるのに、『過去』や『未来』がゆっくりとしか動いてくれないように感じていました。
はやく大人になって、いろんなことをしたい。そう、切に願っていました。
でも、今は『現在』が粘りある泥のようにまとわりついて、『過去』はやるべきだったものを連れて遠ざかり、『未来』は見通しの悪い霧の中にいるようです。
1日24時間はどんな人にも平等に与えられているのに、どうしてこんなにも違うのでしょうねぇ?

明日、大掃除の後、泊まりの忘年会。
明後日は、年末の挨拶をした後、三々五々に解散。

年末の実感がなぜかわかないので、どうも満たされない気がします。



午前中、仕事がまったくなくなってしまい、
「大掃除前に冷蔵庫でも掃除するか?」
と誘われました。
私自身、職場の冷蔵庫には物を入れないのですが、それでも何もしないよりはマシに思え、2人で片付けることにしました。

まあ、いろいろなものが出てきます。

「誰だよ、お茶のボトルにマリモ飼ってるのは」
「おぃ、『エ〇アン』が『カビアン』になってるぞ」
「このヤ〇ルト、乳酸菌以外の菌で膨らんでるよ」
「この日付が1年前の、中身何?」

え〜っと、楽しかったですよ。
色々なものが発掘されて。
最近、似たようなCMもありますし・・・・・・
身近な箱がこんなにも危険なものだと認識できましたから。



その後、昼食じゃなければね。(怒)



だぁ〜、やってられっけ〜。

一度あけたペットボトルは、最後まで飲みきるか、責任もって捨ててください。
お昼のヤク〇ト、必要以上に買わないでください。
生鮮食品はお早めに。


一番ひどかったのは、炭酸の抜けたコーラが、別のガスを出していたことです。
何年モノだったのですか?
ウィスキーじゃあるまいし・・・・・・

これで、職場の冷蔵庫を使う勇気はなくなりました。
張り紙、張っておきましょうか?

『危険物注意』

いつか、絶対に死人出しますよ、この冷蔵庫。


ううぅ〜、午後からは仕事が津波のように押し寄せるし。
それも、今年中にやらなくちゃいけないし。
こんな充実の仕方、嫌だぁ〜。


明日、大掃除?
なんか、もう疲れたよ。
おやすみなさい。 あまつばめ



2001年12月25日(火) 保育雑誌を読み、気づく

いいんだ、いいんだ。
どうせ、夜ふかしするような悪い子だから、サンタさんなんて来ないんだ。


こんばんは。あまつばめです。
上のワガママは気にしないでください。(笑)


昨日はどうも、頭にきたまま書き綴ったので無駄に長かったです。
今日は短くします。

昨日買った本の1冊は、保育雑誌だったのです。
タイトルが気になって買ったのです。

『子どもが「キズ」つく言葉・「やる気」をなくす言葉』

実際にいわれた言葉がありました。
すごくショックを受けた言葉。
こんな簡単な言葉でも傷つけてしまうのですね。
普段気にせず使う言葉も考えるとひどいのだって思います。

私が今までに傷ついた言葉
『ガンバって』

理由は、考えてみてください。


では、今宵はこれにて。



2001年12月24日(月) ストーカーですか?

オーストラリアのサンタクロースは、
サーフボードに乗ってやってくる。
ちょっと予想がつきません。(笑)


こんばんは。あまつばめです。
当然のごとく、寂しくクリスマスです。


4日間も休みで、2回しか家を出ませんでした。
やる気が出ないというか、やることが思いつかないというか・・・
今日だって、本を買いに行かなければこもりっきりでした。

近所の本屋にはあまり行きません。
一番行くのは、職場そばの本屋。品揃えが良く、大きな本屋です。
近所だと、品揃えは悪く、満足いく本が少ないです。
まあ、個人の本屋ではそこまで求めるのは無理でしょう。
今回行ったのは10キロはなれたレンタルビデオ兼本屋。
目的の雑誌が今日明日発売で、「まあ暇だから」確認に行ったのです。
寒かったので、親の車を借りて。


行って最初に嫌に思うのは駐車場です。
私も免許を持っていて、時々親の車を借ります。
下手な運転で、特に車庫入れは苦手です。
けど、駐車スペースが空いているなら、そこに入れます。
空いていないなら一回りしてくるなり、待っているなりします。


店の入り口前は停めるところじゃないぞ。


加えて思うのが障害者用のスペース。
配慮して店のそばにあるのに、


自転車や原付が停めてあるのはどういうことですかい?


頭きたので、自転車どけておきましたよ。
(ロックかかっている原付は無理でしたが)
いい人ぶる気はありませんけど、こういうのは嫌いです。
法的に罰則があるわけじゃないけど、やってはいけないことだと思う。
私に怒る権利はないけど、やっぱり怒ってしまう。

来るたびに嫌に思うので、避けていたのですけど、1人で来るとどうしても、ねえ。



中に入って、雑誌コーナーに行くと、「顔は知っているけど名前の知らない」近所の人に会いました。
1才年上の先輩だと思うのですが、別に交流もなく、私にとっては知っている程度の人。
嫌な予感。
この本屋、レンタルビデオがあることもあり、知っている人に遭遇することが多い場所なのです。
私は、人と話すのが苦手で、こういうところでは会いたくないのです。
案の定、

「よう、Y(私の名字)。久しぶりだな」
こんばんは。久しぶりです。
「こんなトコで何やってんだ」
ごらんのとおり。(本屋に本買いに来る以外用があるかい)
「ところで恋人はいないのか?」
・・・・・・・・・(いたら、こんな日に一人でいると思うか?)
「そういえば、〇〇が結婚したってしってるか?」
はぁ。

こんな調子で延々と話しかけてきます。
別に、挨拶くらいならかまいませんよ。
知っている人に会って挨拶しないのも変なのですから。
世間話したっていいです。
自慢話でも、思い出話でも、なんだって。

周りに迷惑かけないなら。

結構大きな声を出してきます。
気のせいか、周囲の視線が刺さります。
図書館じゃないですが、『お静かに』って張り紙がはってないか探しましたよ。
続けている話は内輪ネタで、大きな声でいわないほうがいい話もありました。
一応、「こういう場所ですから、大きな声で話すのは、ちょっと」と言ったのですが、かまわず続けます。
鬱陶しいので途中から雑誌を立ち読みして生返事を返していました。
その間も話し続ける。
いいかげん、視線に耐えられなくなったので、
「すみません。そういう『誰がどこに進学した就職した』話には興味ないです。それに、こういう場所ですから話をするのはやめてください。失礼します」
そう言って立ち去りました。


目当てのモノを確認できませんでしたが、新しいマンガが出ていないか一通り回ることにしました。
しかし、2ヶ月前くらいにきたときと本の配置が大きく変わってしまっていたので、どこに何があるのかわからない状態です。
ゆっくり回ろうとすると、

「よう」

また、です。
同じ人ですよ。

「それでな、××のこと知っているか?」

さっき行った『こういう場所』って雑誌コーナーのことじゃないですよ。
本屋全体のことを言っていたのですよ。
いい忘れたことでもあったのかと思って2〜3聞いてみたのですが、やっぱり内輪ごとだけでした。
呆れて、無視することにしました。

棚をチェックしている途中も、

「そういえば、後輩の△△っていたっけよな」
そうですね。
「あいつ、この間バス停のところにいてさ」
そうですね。
「で、いた場所が地元じゃなくて、少し出たところの・・・」
そうですね。

ずっと、こんな感じでした。
無視というより『いいとも』の観客です。
こっちが話を聞いていないのを気づかないのでしょうか。
まともに受け答えなんかしていないのに。
付きまとわれるのが嫌で、

「いいかげんにしてもらえないでしょうか。
そういう話をする場所でもなければ、興味もありません。
私はここに本を買いに来ただけです」

そういいました。すると、立ち去っていきました。




いつもの本屋で見つからなかった本を2冊見つけました。
レジ前でタイトルが気になった本があり、結局3冊買うことになりました。
まずまずの収穫です。
あんなこともなければ気分も良かったでしょう。
さっさと家に帰って読むことにします。
そう思いながら会計をしていると、

「ああ、いい忘れたけどな、」

・・・・・・ストーカーですか、あなたは。
・・・・・・・・・まあ、本当に大事なことをいい忘れたのかも知れないので、

「□□って憶えてるか?」

いいかげんにしろ!!

そのあと、怒鳴ったと思いましたが、何言ったか憶えていません。




店外に出て、クルマに乗ってエンジンをかけると、さっきの人がいました。
見てみると、どけた自転車の持ち主だったようです。
つまり、あれですか。

さっきのは、自転車を動かした嫌がらせだったのでしょうか。

聞く気はありません。
意味のない話をまた聞くハメになりそうですから。
聖夜にとんだプレゼントでしたよ。



2001年12月23日(日) ハリー・ポッター好きは気を悪くしないでね

困ったなぁ。
3日も家から出ていないなぁ。
それでいて問題がないのが困ったなぁ。


怠惰な休日を過ごしているあまつばめです。
・・・・・・・・・ひきこもりじゃないですよ。


多数意見に反対するようなことを書きます。
今話話題の『ハリー・ポッター』。
好きな人は読まないでください。






『ハリー・ポッターと秘密の部屋』
昼過ぎから読んでいました。
1巻は少し前に読んだのですが、一緒に買った2巻を読んでいなかったんですよ。

本を読むとき、リズムというか、テンポって重要です。
慣れている作家は別作品でも馴染めるのですが、普段読まないものはちょっと、ねえ。
この作品も、読むのに時間ばかり食って疲れます。
今まで外国の作家は毛嫌いしていました。
理由を聞かれると、「なんとなく」です。
あえて言うなら、「外国の地名や人名を使っている」それがダメだったんですよ。

外国の地名が、よくわからないです。
まあ、日本国内でもよくわからないのですが、外国なんぞ、輪にかけて知りません。
「イギリスの北西部」だの、「テキサスの片田舎」だの言われても、ピンとこないです。

加えて登場人物。
ただでさえ、主人公を含めて3〜5人くらいの簡単な話でないと、誰だか混乱して読むのが遅くなります。

日本人みたいに漢字を使っていれば、文字の意味からイメージがくっつくので憶えやすいのに。
推理物のように目次の次に人物紹介がくっついているなら、確認もできるのに。
ライトノベル(この表現が嫌いな人、ごめんなさい)みたいに挿絵があると、人を憶えやすいのに。

だから、読むのはミステリーとファンタジーばかりでした。


でも、本に挟まっていた『ふくろう通信』に登場人物とか、簡単な用語集がありました。
これなら、私にもわかるかも。
読んでみようと思いました。




だいぶ前から世間では、

「『ハリー・ポッター』は最高の本だ」
「あれ以上の本は見たことない」
「あの本で本の楽しさを知った」

という、ウサンクサイ健康食品みたいな賛辞を耳にしていたので、どれほどのものか、気になっていました。
それだけすごいものなら、活字中毒者として、読んでおかないとなぁ。
考えてみれば、同じ理由で『バトルロワイヤル』を買ったんですよね・・・・・・


3日くらいかけて1巻を読んだあと、私は上の意見には納得がいきませんでした。

たしかに、よくできた本です。
昔読んだ外国の名作も、こんな感じで情景を上手く出していました。
人間として育ったハリーの視線からなので、魔法使いの常識も不必要な説明みたいにならず受け入れられました。


でもね。
肝心の『魔法』がどこかで聞いた気がするものばかりだったんです。


深いファンタジー好きの私にとって、日本産のファンタジーたちは数多の『魔法』を見せてくれまいた。
また、原産が外国のRPGにも手を出しました(実際にやったのは少しですが)。
そんな『魔法』を知っていたので、ハリーの『魔法』はまったくかかりませんでした。



え〜と、弁解ではないですが、『ハリー・ポッター』は悪い作品じゃないです。
否定しておいてなんですが、面白い話です。
ただ、ファンタジーとして見たとき、「初心者向きのわかりやすい話」なのです。
だから、良い作品ではあるのですが、「今までにない最高の作品」というのは?
単にその手の本の読み込みをしていなかっただけではないでしょうか?



2巻もあと100ページまで来ましたが、かかった時間や疲労から思えば遅いペースで読んでいます。
どこかで聞いたような話を継ぎ合わせた印象がしました。
読み手にとって無難な話でしょう。


この本を買った店のパソコンでこんな文字が流れていました。


>ハリー・ポッターよりも
>指輪物語を見たいと思うのは
>わたしだけでしょうか?


笑って小さく賛同したのは私だけでしょうか?



偉そうに批判しましたが、読み手の偏見と偏った知識のせいです。
世界中に愛されている話を標準外の人間が言ったことです。
こんな人間もいるなぁって、頭の片隅で思ってください。



2001年12月22日(土) 夕飯   そういえば今日、冬至だったなあ

妹が食べ終えて、一人だけになってしまった食卓。
ごはんだけが余ったで、お茶漬けにでもしようと席を立った。
そこで目に付いたのは、食後に飲もうと入れていたコーヒーだった。

―――やめろ、やめるんだ―――

心のどこかが否定をするが、一度ゆすぶられた好奇心は退かない。
どんぶりにご飯を入れ、アツアツのコーヒーを注ぐ。
白い固体と黒い液体。
前衛的な食べ物が誕生した。
その味は・・・・・・・・・



こんばんは、あまつばめです。
酔っていたり、落ち込んでいたりと続きましたが、今日は普通です。



『冬至』ということを、お風呂で思い出しました。
皆様、何かしましたか?
私は、夕飯にもかぼちゃを入れるのを忘れました。
お風呂だって柚子湯じゃないし・・・
かぼちゃを食べれば風邪ひかないとか、柚子湯に入れば健康にすごせるとか、迷信とわかっていてもやっておきたかったです。
まあいいや、『バカ』だから風邪ひかないし。



夕方。
母が急な仕事のため、出かけて行きました。

「夕飯はてきとうにつくってね」

そう言われ、妹の分もつくることに。
ある材料は、牛肉、ニンジン、キャベツ、ダイコン・・・・・・
じっくり煮込む時間はないので、牛丼とサラダをに決定。

牛丼を2人前つくり終え、後はごはんが炊けるまでにサラダを。
そう思ったとき、妹が台所にきた。

「何か食べるものない?」
「一応、牛丼ができたけど、まだご飯炊いているところ」
「冷凍の(ごはん)をチンするからちょうだい」

サラダが出来上がるころ、妹は食べ終えて自室に行ってしまった。
残されたのは2人前のサラダと、0.5人前の牛丼だった。

「久しぶりにつくったのに、好評だったんだなあ」

自分が食べるよりも、他人に食べてもらったのが嬉しかったです。
でも、サラダ・・・・・・

サラダを山盛りに草食動物よろしく食べていると、妹が戻ってきました。
人が食べているとほしくなる性格なので、
「一口ちょうだい」
といって1人前はとられました。


しくしく。物足りない。
というわけで、あんなバカなことをしました。

味ですか。
困ったことに、不味くなかったです。


味覚、壊れているなあ。
やっぱり変なままなのでしょうか。
ちなみに、今日はお風呂につかりまくりです。
なぜか3時間も入っていました。
まあ、ストレス解消ということで・・・・・・



2001年12月21日(金) 今日は”鬱”でした。

今日は一日休みをとった。

風邪とか二日酔いでなく、ただの休み。
何をするというわけじゃない。
ボーとして、一日を過ごした。

月に一度、こうして休む。
風邪をひいて本当に休むときもあれば、忙しさにかまけて休めないときもある。
でも、休めるかぎりは休むことにしている。
計画的に怠惰になる。


家の中、一人でいると、何をしたいということがなくなる。
本も読みたくなければ、音楽も聴きたくない。
そこにいるだけ。
この場で腐っている。
考えることなく、部屋の片隅で丸くなっている。
外の変化に応えず、そこにいる。

不思議なもので、そんな日は食事をしたくない。
食べる気持ちにならない。
生きるための基本的な欲が欠けてしまう。
活動していないので、体が求めないのだろうか?
一人ときは、これで食べられない。

渇きもない。
誰と喋ることもなく、口をあけないから、余分な水が失われない。
チリチリと焼ける痛みが喉の奥であろうが、あまり気にならない。

外は雨が降っていて、濡れた道に水溜りができている。

雨の日は好き。

落ちていく数多の雫を眺めるのが好き。
水滴の、ほんの少しだけ見せてくれる、生きざま。
みんな必ず、落ちて砕ける。
それでも、飽くなく落ちつづけるブザマさ。

地を打つ音は他の音を吸い込んでくれる。
自分だけが雨の中にいるのだと錯覚してしまう。
冷たさと、やわらかさと、潤いをもたらす水も、この場では一人を強調してくれるだけ。

一人で生きられるはずはない。
そんなことはわかっている。
でも、一人になりたいときもある。
矛盾している。

騒がしい静寂。
雨はそんな矛盾を作り出してくれる。
だから好きなのだ。

雨がやんでしまうと、楽しいことがない。
夏だったら、むせ返る熱気に辟易しながら名残惜しむ。
冬のくせに、雪にならないのなら、残るのはただの冷たさだけ。
また、ボーとする。
無駄に時間が過ぎていく。

他の人がいて、はじめて私は生きているのだろう。
自分のために生きながら、他人に寄りかかっている私。
鐘は叩いてもらわなければ音が出ない。
叩く人がいてはじめて価値が出る。
そんなイメージ。そこまで高尚でもないけど。

九時過ぎに、いつもどおり、家族が帰ってきた。
そこへ来て、ようやく動き出す。
『一日楽しかった』仮面をつけて。

自分を見つめているのが楽しいか、つまらないか、そんなのはわからない。
それでも、生きているのだから、楽しいのじゃないかな?
そんな答えもわからない。
だから生きている。

他人の前では、『元気』の仮面をつけるため、必要以上に食べる。
食べることが存在の明かしみたいで、たくさん食べることに驚いてくれる。
それが嬉しいのだろう。
だから、一人じゃ食べない。
誰かに見られて、はじめて食べる。

もう休もう。
どうせ明日も休日だ。
今やらなくちゃいけないことはない。
明日、元気になったらやろう。
うん、そうしよう。


そうして、未来に苦しむ。
怠惰は自虐なのか?
いつも明日が来る保証はないのに・・・



2001年12月20日(木) 酔ってま〜す。

こんばんは。あまつばめです。


今夜は、ちょっとした集まりの忘年会に出てきました。
わ〜い、2日続けてのお酒です。

アルコールを飲むと、寝入りはスムーズです。
でも、肝臓が分解のために働きまくっています。
体の疲労は取れず、眠りも浅くなります。
わずかな音で目が覚めます。


『次は〇〇〜〇〇〜』
アナウンスで目が覚めました。
そして景色は降りるはずの駅。


電車の中で寝すごしました。


そのせいで、最終バスに乗られなかった。
手持ちがなくタクシーも乗られない。
家まで歩くしかない。


居眠りの代償は約5キロの道を歩く覚悟でした。


とぼとぼ歩いていると、信号待ちしているクルマがあります。
代行運転業のクルマでした。
楽そうだな〜と覗いてみると、中の人と目が合いました。


父親だ。


私の親でした。
おかげで5キロも歩かずにすみました。
とりあえず、酔いが覚めたら御礼を言っておきます。
その前に、一寝入り。

今日もほろ酔いのあまつばめでした。



2001年12月19日(水) コーヒー

何かを悪者にするのは、楽だよ。



私の職場は、お茶やコーヒーなどは「勝手に飲めぇ」状態です。
代わりに給料日に使う分のお茶代をとられます。
金額は250円。
1日当たり10円といったところ。
飲もうが飲むまいがお茶代をとられるので、日に3〜4杯は飲んでいます。
まったく、貧乏性です。

一番飲むのはコーヒーです。
一時期は
「インスタントなんて邪道だ。
 豆から挽いた香りとこくは比べ物にならない」
などと偉そうなことを言っていました。
今は味など気にしない、邪道な人になっています。

それでも、昔の名残でしょう。
妙な知識は持っています。

カフェインがお茶や紅茶より少ないとか、
ブラックでもカロリーがあるとか、
ミルクを入れるのをホワイトと呼ぶとか・・・

知っていて役に立つ知識ではありません。
単なる趣味です。
でも、どうしても言ってしまいたいことがあります。
それは、


「コーヒーは胃に悪くない。
 昔は胃薬として使われたくらいだぞ。
 単にあんたはコーヒーを飲みすぎだ。
 薬だから飲みすぎれば毒になる。
 コーヒーのせいにするなよ」



今回はお酒が入っているので、愚痴りたかったり、ウンチク言いたかったりしたのです。
書き終えた時点で寝付いていました。
まあ、「胃に悪い」と言っている人は、仕事のストレスをコーヒーやタバコで晴らしているのに悪役にしたがります。
背負いきれないものを、他人や物のせいにする。心のバランスをとる1つの方法です。
だから、その行為は間違ってないけど、だれかが『それは違う』って思ってやらなくちゃ、かわいそうな気がする。

傷ついたことを、

物に当たるのも、
他人のせいにするにも、
さらに自分を傷つけるのも、

心のバランス取る上では大切で、でも違っていることなのだろうなあ。



2001年12月18日(火) 新聞見て思ふ

バカって言うやつがバカなんだよ


どうも、こんばんは。
今日は些細なことでも笑っていたあまつばめです。


朝方、新聞を開くと、こんな記事がありました。


>「ばか」「あほ」連呼で30万


内容は

>病院の理事が元事務局長に向かって罵倒した。
>時間は1時間40分ほど。
>その間に74回「ばか」「あほ」と言われ、
>元事務局長は泣きじゃくった。


こんなのが大学出て、お医者様ですと胸張ってたと思うと、なんかなぁ〜。


しかし、「ばか」もしくは「あほ」1回につき約4000円。
イジメられた私たちなら、1億以上もらえるよ。
それだけたくさん罵られている。
不平等だ。
やっぱ医者だとプライドもお高いのかな?


こんな小さな記事じゃ、おもしろおかしく書いてあるのだろう。
だから、笑っておいた。
気になる記事だったよ。



1行目を呟いた私は『バカバカ』?


追記:この日記だけで4万円分のお言葉也。
高い?安い?
考えてみて。



2001年12月17日(月) 夢��

心の奥底。記憶の破片。意味を持たないカタチ。
夢は現実のカケラです。


枕もとに筆記具を置いているあまつばめです。

あなたはどんな夢を見ますか。
私は奇妙な夢ばかりを見ます。
色や音、においまでがハッキリしている現実のような夢。
ほっておくとすぐに忘れてしまうので、憶えているかぎりをつづり書き、少しでも形に残そうとしています。
ここのところみた夢、奇妙なものはこんなのです。





<2年3組〇〇君>



夕方の校舎。
紅に染まった廊下をテクテク歩いている私。
小学校。
ここは小学校の校舎だ。
昔、通っていた小学校。
白いモルタルの壁。赤茶色の床。教室と廊下を隔てるスリガラスの窓。
懐かしい。
でも、なんで、こんなトコを歩いているのだろう。
冷え始めた校舎に自分の足音だけが響く。

コッ、コッ、コッ・・・・・・

身体は大きくなった。
それでも、ここは大きく、広く、そしてさびしく感じる。
久しぶりの学校に、どうやら迷子になってしまった。
ここが、どこだかわからない。
外の風景から、ここは2階。
新棟が見えるから、旧棟だろう。
向こうは図書館になっていた、はず。
あんまり、自信はない。
毎日通った校舎も、記憶朧ろだ

・・・・・・・・・・・・

何か聞こえる。

・・・えっ・・・・・・ぐぅっ・・・・・・・・・

泣き声。
くぐもり声で泣いている。
クラスの札を見ると、『2年3組』とかかれている。

おかしい。
自分の通った学校に『3組』は存在していない。
田舎の、それも人数の少ない学校だったから、小学校では2クラス。中学校では3クラスあったものの、『ABC』で分けていた。
『3組』というのは知っている景色の中で、絶対に存在してはいけないものだった。


それでも、泣き声が気になり、教室のドアを開けてみた。
40個近い机が整然と並び、夕日の色に染まっている。中央の列、前のほうに1人と言えばいいのだろうか、とにかく、いた。根底から違う存在が。



一番目立つのは角だろう。
雄牛の角だ。
内側でなく外側に反っている、鋭く太い角だ。

次に裸だ。
逆三角形の引き締まった体。
剛毛が生えている、ボディービルダーの体。

なにより、デカイ。
座ってこそいるが私と同じくらいの大きさだ。
机やイスが明らかにあっていない。



いわゆる『悪魔』
それが猫背気味になって泣いているのだ。


近づいてみると、机の上にプラスティックでできた皿があった。
給食のときに使っていた、クリーム色の皿だ。
そこに、何かの冗談のように丸々1本のニンジンと、2個のピーマンが置かれていた。片方のピーマンは申し訳程度にかじった後があった。
泣いていた『それ』は私に気づいたようで「だれ?」と聞いてきた。
こっちが聞きたいくらいだったが、自己紹介をした。
名前と、多分この学校の卒業生だと告げた。
『それ』は少しうちとけたのか、ぐずりながら現状を教えてくれた。

「うぐっ・・・あのね、食べられないの・・・・・・にんじんが」

改めて聞くと、地の底から響き渡るような野太い声。そのくせに、子供子供な内容。
このギャップがかわいかった。
よくよく見ると、左胸には名札があった。安全ピンで留めてあるが、素肌にそれではちっとも安全じゃない。その名札には丸っこい文字で、


『2ねん3くみ まおう』


・・・・・・・・・
これが本名なのか?
だとしたら、どこまでが名字で、どこからが名前だろうか?
『ま=おう』?『まお=う』?それとも名字なんてないのか?
聞きづらいことだ。

それにしても、でかい。
背筋を伸ばせば座っている『まおう』君の方が立っている私より大きい。彼が立てば天井につく。そんな子(?)が2年生なのだ。様子からして小学生だから、末恐ろしい。
『まおう』君は妙になつっこく、保護欲をそそる。外見的にはそんなことないのだが、内面が子供だからだ。
とりとめない話をして、彼に信頼を得られたころ、別の音に気づいた。

建物全体を揺さぶるものすごい音。
徐々に大きくなってきて、廊下の前で止まった。
横開きのドアが勢いよく開き、そのまま砕ける。
『まおう』君が「ひぃ」と小さな悲鳴をあげる。

開いたドアには『鬼』がいた。
『まおう』君とは違い、角こそないが『鬼』だ。
鬼が迫ってきた。

三十路を突き抜け、四十街道まっしぐら。逆三角縁のメガネにキンキン声で女性姿の『鬼』。
前にふさがるものをなぎ倒し、後には屍すら残さない。
そんな雰囲気だ。

「んっまぁ〜、まおう君。まだ食べてなかったの?
 本当にダメな子ねぇ。今日という今日は食べるまで返しませんからねぇ」

典型的なイジワル教師(女性バージョン)の『鬼』は、子供に言ったら傷つきそうな言葉で、『まおう』君をののしった。
いったい、いつ息継ぎをしているのかわからないくらいに、叱りまくった。

端から聞いていても長い時間がたち、一呼吸入れたとき、私は『鬼』に声をかけてみた。

「あの〜、それじゃあ、あまりにもかわいそうじゃあ・・・」
「んっまぁ〜、何を言っているのですか。
 あたしはこの子のためを思っていっているんですよ。
 この子が将来、立派な魔王になって、もう、これ以上にないくらいむごたらしく世界を崩壊させられるように尽くしているのに、それをあなたは非難するのですか。まったく、無教養な人はこれだからタチが悪いわ。甘やかすばかりが優しさだと思って、しっかりとした躾を理解しようとしないなんて。
 だいたい、あなたはなんですか?
 ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ。
 早く出て行かないと警察呼びますよ。
 さあ、さあ、さあ、さあ、さあ。出て行きなさい。
 ホント、世の中物騒になったわね。
 こんな変な人、学校に入れるなんて。
 ほらほら、出てった、出てった」


矛先がこちらに向き、勢いに負けて学校から追い出されてしまった。
ここで目覚めました。




概ね、こんな感じです。
あまりに突飛な事が多いので、夢占いの本でも判別が難しいです。

それにしても、(私の夢の中で)魔王はニンジンが嫌いなようです。
勇者の皆様はニンジン片手に戦うことをおすすめします。
もっとも、責任は負いませんが。



2001年12月16日(日) 言いようのないもの

今の生活に、これといった不満はない。
かといって、満足しているわけじゃない。


こんばんは。もやもやしているあまつばめです。


ここのところ、どうも忘れっぽい。
ちょっとした言葉や、人の顔がしっかりと憶えられない。
はさみをとりに行ったのに、席を立った瞬間、何をすればいいか、わからなくなっている私。

なんとなく疲れているせいだろう。

本を読んでいて、まったく脈絡がないことを思ってしまい、登場人物がごちゃごちゃになる。
料理をつくりながら片付けをしていて、そのまま離れてしまって、鍋を焦がす。
眠たいわけでないのにフトンの中でごろごろしている。

何もしたくない、怠惰な気持ち。

鬱だ。

どこからもらってきたのか、体の中でゆっくりと繁殖していたのか、それはわからない。

眠る直前のマドロミのようで、抜け出そうとするよりも早く、それでいてゆっくりと沈んでいくようだ。底なしの沼みたいに。

マイナスの気持ちに入っていない。
それが救いだ。
まとわりついた眠気のような、気だるさのような、集中できない違和感を、どうしよう。



とりあえず、ラジオをつけっぱなしにして、それを聞きながら横になっています。
どうでもいい話を聞いて、それに揺られていたい。

大丈夫。明日には疲れがとれているよ、きっと。根拠ないけどね。

今日は、何にもしていない。
眠っているような、気の抜けた一日だった。



2001年12月15日(土) 違う景色

こんばんは。あまつばめです。

昨日の日記を書きませんでした。すみません。

支所が違う年上の後輩(Tさん)と年上の同期(Sさん)が、私の職場に顔を出してきました。
仕事帰りにちょっと遊ぼうとなっていたので、同じ職場の人を1人連れて夜の街にまぎれていきました。

楽しい時間は、なぜに早く流れるのでしょうか?

誰も時間を気にしません。
私以外は電車に乗ることなく帰られる場所に住んでいます。
私は性格上、普段は時計を持たないと決めています。(時間が重要な場合は持ちますが)

「ちょっと」って言ったのに、気がつくと15日になっていました。
終電なくなるまで遊んでいたのです。
店に残っていた客は、私たち4人だけになっていました。
4人全員が気づかなかったというのは、いや、何ともいえないです。

しかたなく、Tさんの家に泊めてもらいました。
Tさん、ありがとうございます。



自分の部屋では寝られないくせに、Tさんの部屋ではこれ以上にないくらい熟睡をしました。
目が覚めると10時少し前。
耳をすますと、フスマの向こうからTさんの寝息が聞こえてきます。
家主はゆっくりと夢の中。なので本を読んでいる事にしました。1時間ほどしたころです。Tさんが起きてきました。
寝ぼけマナコに寝癖頭はいかにも起き抜けといった感じです。そして一言、

「うわぁ」

後で聞いてみたら、「知らない人が部屋で横になっている」だそうです。
私の姿はTさんより数倍すごいボンバーヘッドでした。

朝食(昼食?)を食べに、そして駅まで送っていってもらいました。
たびたびありがとうございます、Tさん。朝食ごちそうさまでした。←おごってもらった。


いつも見慣れた駅ですが、昼間に訪れることは少ないです。特に、余裕を持っていること、予定なくいることはほんの数回です。
このまま家に帰るのももったいない気がして、ぶらぶらすることにしました。

最初にしたことは、髪を切ること。
最近伸びてくるのをほったらかしにしていたので、少々鬱陶しかった。寝癖もタオルを巻いてごまかしているので、ぶらぶらするには恥ずかしいです。

結構、ばっさりと切り、本屋に向かいます。
何冊か立ち読みをした後、3冊買いました。
雑誌とマンガ。ともに月曜に買う予定だったものです。

小腹もすいたので、ミスタードーナツでおやつを食べることにしました。
買った本もゆっくり読みたかったので、コーヒーとシンプルなドーナツを食べながら1時間以上もゆっくりしてしまいました。


この後、家に帰ったのですが、電車の中で確認したことがありました。


今日のこと、別に仕事帰りにやることと変わらなかった。

それなのに、いつもと違う感じだった。

土曜の昼ということもあり、学生や子供連れが多く見られる。
どの店も人であふれ、いつもの、私の知っている客層と異なる。

この空気になれていない私は、ものすごく場違いな気がする。いてはいけない気がする。みんなの邪魔をしている気がする。
慣れない人並みに酔って、私のいく場所が違う姿でいることに嫌悪したのだ。
居場所を失った嫉妬、だろう。

それと同時に、楽しかった。

苦手な人ごみも、騒がしい店内も、この雰囲気も、全部が、何ともいえない暖かさを持っているのがわかる。
いつもと違う楽しみ方の笑い。こんなのもいいなと感じる。
知らないところも、確かに存在している安心感。
世界が虚構ではないということ。


まあ、大げさに表現しているけど、こんなことを確認した。
乗っている電車には疲れきった顔ではなく、今日一日楽しんだ顔。
こんな顔ばかりだったら、電車に乗るのも、怖くないのに・・・




もう1つ、嬉しいことがあった。
電車を降りるとき、中学生くらいのこが3人乗ろうとした。先頭の男の子が他の2人を制して

「降りる人が先だぞ」

といって、私に道を譲ってくれた。
朝晩の人ごみには、そんなことを言ってくれる人はいない。
とにかく、嬉しかった。
照れくさかったこともあり、扉が閉まってから「ありがとう」っていったから、聞こえていなかったと思う。

当たり前のことを言葉にして、そして実行する。

簡単だけど難しいこと。

その気持ち、忘れないでほしい。切に思う。



こういうことがあるから、どんなことがあっても、他人を嫌いになりきれない。信じてみようと思えてくる。



2001年12月13日(木) プロ

朝、通勤中に「プロってなんだろ?」と疑問が浮かんできました。

プロ。

その仕事で金銭を稼いでいる人。
普通の人にできない特別な技術を持っている人。

そんな感じがする。
だったら、私はこれからする仕事が「プロ」といえるほど誇らしいものなのだろうか?

確かに、知識はそれなりにある。日々の業務もこなしている。私でなければわからないこともある。
でも、いなくても何とかなること、それを知っている。

うちの職場は「心の病」や「肉体的な障害」をもった人への理解が強いと思う。
私を含め、現在も「心の病」を治療中の人が数人いる。確定申告の欄に「〇級障害者」と入れる人もいる。2年以上、まともに仕事ができなかったときも、周囲が助けてくれて仕事をしていた。恵まれた環境だ。

だが、まともにこなせない私、それが抱えていた仕事は、難しいものでない。
誰でもできる仕事なのだろう。



たとえば、歩くことは、ほとんどの人ができる。
何と迷うことなく、交互に足を出せば、前へ進める。
簡単なことだ。
でも、競歩の選手など、歩くプロがいる。
その人たちは、特に考えなくてもできる歩くことを細かく分析し、もっとも効率よい歩き方を探している。

足をどこまで上げるか?
腕のフリはこの角度で良いのか?
視線はどこを向けるか?
・・・・・・・・・

誰でもできることの中から、誰もしないことを抜き出し、磨きをかける。
そんな人がプロなんじゃないか?

結論がはっきり出ないうちに職場についてしまった。

気になる。
今日一日気になる。
気になったまま、仕事をやっていた。


こんな私は、絶対にプロではない。
それは確かだろう。



2001年12月12日(水) ボーナス恒例行事

何事も、物足りないくらいがちょうど良い。


こんばんは。あまつばめです。


年に2度、わかっていながらやってしまう愚か者のお話です。


好きな食べ物を、飽きるくらいたくさん食べたいと思ったことありませんか?

社会人になって、給料をもらう立場になれば、この夢は簡単にかないます。遊びに行くと思えば大した値段ではないのですから。
けど、バカらしいことなので普段はやることはありません。普段はね。

はじめてのボーナス。
買ったものの中に、丸1個のスイカがありました。
冷蔵庫に入りきらない大きなスイカ。
大きなタライに水を張り、氷を入れてよ〜く冷します。
上の部分をフタのように丸く切り離し、スプーンを使ってほりだす。
そしてひたすら、喰う、喰う、喰う・・・
一人フードファイトを行い、スイカちょうちんを作り上げました。

夢がかなった充実感と、しばらくスイカはいらない嫌悪感を身にしみて感じました。

そして、冬も・・・

こんな調子で、好きなものムチャ食いを行事にしています。


今年の冬にやったのは、


モズク


酢醤油で味をつけ、ユズやショウガ、ゴマなどでアクセントを加えた小鉢をテーブルの上に並べます。
家の小鉢を全部使います。
それを端から食べるている姿はまさしく、

わんこモズク。

ザル山盛りのモズクをいただきました。


わかっていました。
わかっていたんだけど、やってしまいました。
そして、予想通りでした。


食べたりないから、おいしく思うんだね。


こういうバカなことは止めるべきだと思いつつ、次(夏)は何にするかと考えているあまつばめでした。
それにしても、よくお腹、平気だったなあ。



2001年12月11日(火) 小説(後編)

昨日の予告どおり、後編です。




^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

―――100―――

もう少しではじまる。
俺は目を閉じ、作戦を頭の中で復唱する。
転進。駆足。跳躍。
3つの動作をするだけだ。

―――30―――

こんな単純なことが成功するのだろうか。
急に不安がよぎる。
頭を振り、不安をかき消す。
大丈夫だ。絶対に。
単純だからこそ、上手くいく。シンプル・イズ・ベスト。
自分に言い聞かす。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫・・・・・・

―――5―――
大きく息を吸い込む。
―――4―――
息を止め、神経を張る。
―――3―――
腰を落とし、走り出す準備をする。
―――2―――
いらない力を抜く。
―――1―――
必要な力を張りつめ、
―――0―――
転進。
これからの第1歩を力いっぱい、

踏みはずした。




「なんでだぁ〜」
意識を戻すなり、すぐに吠えた。
案の定、そこはいつものトコであり、
「やあ、早かったね」
いつものアイツがいた。

もう、ここは何度目だろう。それでも、最初のころはしっかりと数えた。5回まで覚えている。まあ、それ以上は数えるのも面倒だった。つまり、6回以上、たくさんなのだ。

ここは、ただのスペース。
一つのテーブルと、それを囲む4つのイス。出て行くためのドア。調度品はこれだけしか見当たらない。寂しい、閑散とした部屋。
そのくせ、必要なものは知らないうちに眼の前に出てくる。紙やペン。心地よい音楽や、香ばしいコーヒーも必要ならば眼の前に出てくるのだ。

「あまりに早いようだが、作戦は成功したのかい?」
「駄目だ。問答無用で失敗した」

ときどき、アイツも、オレが必要としたからいるような気がする。


アイツと話すのは、実は2回目だ。

それまでずっとそこにいた。それでいてはじめて気がついたのがこの前。
こんな部屋に自分以外の誰かがいたのに気が付かないはずはない。だから、いなかったのかもしれない。なのにパズルのピースがはまるように、自然にそこにいるのだ。

興味を持ち、話し掛けてみる。
しっかりと言葉が返ってくる。
あいつの口からは肯定ばかり出てきたが、時折みせる皮肉。ただ必要だから出てくるナニカと違って楽しかった。

だからだろう。
今まで考えるだけのバカげた作戦を話し、実行してみる気になったのは。


「俺が考えるに、作戦自体は問題なかった。
 成功することはほとんど決まっていた。
 ただ、最初の一歩が奈落の上という、計算外の問題が発生した。
 一番必要な運が足りなかったんだよ」

そうだろう。
今の今まで、スタートからガケっぷちだったことはなかった。
思えば、スタート地点はゴールから離れてたり、そこそこ中央だったりしたから、こんな作戦を立てたのだ。
決して言い訳じゃない。

「そうか・・・
 じゃあ、もう1回、同じことやるの?」

挑戦的に聞き返してきやがる。
ここで「そうだ」なんて言ったら、自尊心が傷つきそうだ。

「同じことはしない。
 今度は横に行ってみようと思うんだ」

とっさに適当なことを言ってしまった。

「ん〜、あのな、今までは前と後しか気になっていなかったけど、道の横に逃げられるかもしれない。
 映画とかで列車に追いかけられるシーンがあるけど、横へ逃げればあっさり逃げられるはすだ。
 これも同じもので、横には壁がなくて降りられるかもしれない。そうしたら、わざわざ動く床に戻されなくてもいいのさ」
とっさのいいわけだった。でも、それらしいことが言えた。

「ああ、そうか。
 それも盲点だよ」

アイツの賞賛を得ると、なぜか、すごいことに気づいた感じがする。
不思議だ。
上手く行きそうな気がする。

「そうさ。もし、壁があったとしても、それをぶち壊したり、乗り越えたりすれば大丈夫さ」

そう、これが正解のはずだ。
根拠ない自信が湧いてきた。

そのとき、ドアの向こうから、呼ばれた気がした。
合図だ。
また、ゲームがはじまるのだ。

「また時間だ。
 今度こそ、成功してくるぜ」

アイツと別れ、ドアをくぐった。
アイツの期待にこたえるために。




ノートパソコンを取り出し電源を入れる。
システムを起動させ、ファイルを取り出す。
手早くプログラムに入力。

<ステージ変更、LL―5からWS―9>

「ふう、これで大丈夫」
自分以外いないのに、つい、声を出してしまう。

まったくもってバカだ。
管理する相手の前で、こうも簡単に手の内をばらしてくれるのだから。
対抗手段をとれば、ものの見事に崩れ去る裏技。
もちろん、そんなに裏技はないだろう。
プロの管理者としてミスを犯さないようにしている。
基本的な論理のミスはなくしておいた。
しかし、プログラムに余裕を持たせるために隙間を作ってあるのも確かだ。

素人というものは論理に固まった発想をしない。下手な先入観がない。
そのため、論理の隙間を見つけるのがなぜか上手い。
反面、こうして話を聞いてやると、かけがえない情報だということも認識せず、簡単に漏らす。
だから、素人はプロに勝てない。

好奇心旺盛だから気づくかもしれない。
それはそれでいい。
楽しみだ。
抜け出す日と気がつく日。どっちが先に来るのだろう。
未来を思いながら時計を見る。
そろそろだな。
もうじき戻ってくる。賢く、愚かなゲームプレイヤーが。


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
なんとなく、説明的で蛇足な後編でした。
タイトルは「ゲーム」
もとネタは電話中に描いたイタズラ書きだった。
なぜか、急に書いてみたくなったのです。

それでは、おやすみなさいませ。



2001年12月10日(月) 小説(前編)

こんばんは。
今日と明日の日記は、ちと、小説なんぞを書くことにしました。
長いので前後編です。






―――――――――――――――――――――
「・・・おい・・・・・・おい。聞いとるかい」
「・・・・・・ん?・・・あぁ、うん、聞いてるよ」

怒り交じりの声に気づき、生返事を返す。
こんなことをすれば、余計に怒りを買う。
まあ、聞いていなかったのは確かだ。相手が話しかけている以上、しっかり聞くのは義務だろう。

「ならいい。え〜っと、どこまで話したっけ。そうそう・・・」

もっとも、話しているのでなく、喋っているだけなら聞く義務はない。
人だろうと、ゾウの人形だろうと、水飲み鳥だろうと、適当に相槌を打ってくれれば、こいつは満足なのだ。

「お前のようなバカにもわかるように、紙に描いてやるんだったけな」

どこからとなく、サインペンとレポート用紙を取り出した。
自分の前に紙を横長に置き、真ん中より少し奥、そこになにか描きだす。
〇を描き、Yをくっつけて、ちょんと1本線を加える。

「これが人」

小学生でも、もう少しまとものな絵を描く。人というより何かの地図記号だ。
その『人』らしき足元に、扁平の大きな楕円をつくる。

「人がこっちのほうに進んでいる。こっちが前」

自分から見て右側に『前』と書き入れる。読めるぎりぎりの汚い字を。

「ところが、地面が後ろへ向かって進んでる」

楕円に『<<』を加え、『後』の文字をつける。雰囲気としてベルトコンベアか。
『後』が『俊』と間違えているが、問題はなかろう。

「人が必死に走っても、ちっとも前に進まない。
 すこし先に進めば、へとへとに疲れる。
 仕方なく休むと、ずるずる〜って戻される。
 また立ち上がって走り出す。
これを繰り返すの」

擬音が多いところが、こいつの幼稚さを物語っている。
ペン先で『人』の上を往復させる。
かすかな線が何往復もして、結果、紙を汚す。
汚れを気にせず、コンベアの『後』に大きな『U』を描きたす。

「最後に疲れ果てた『人』がこの『オケ』に落ちてゲームオーバーってわけ。
 これが大まかなルールなの。
 わかった?」

そのとき思ったのは、滑車を回すハムスターの姿だった。






「『前』に向かって真面目に走りつづければ、いつか終わる。そう信じる。
 けど、そこまで行った奴を知らない。まったく根拠のないものなんだ」

ペン先で何度も『前』を叩く。『人』から10センチほどしか離れていないが、こいつにとって遠い場所。

「ゲームオーバーにはなりたくない。負けることは惨めだ。負けるのは嫌。勝ち残りたい。勝ち残れるのが100万人に1人だとしても、とにかく何とかしようとする。
 でも、正攻法で生き残れるのは、運や実力やその他いろんなものがあふれている奴。言い換えれば天才だけなんだ。
 後はみんな敗者。ミジメったらしいね」

「しょせん、ゲームだろ?勝者と敗者がいてもいいじゃないか」

こいつの手が止まる。
ついに読めなくなった『前』。クシャクシャ塗りつぶし、ペンにキャップをかぶせた。


「だから、オレは違う考え方で生き残ってやろうと考えた」

にらみつけて宣言した。



「いいか、みんなそろって『前』に進んでる。
 『前』にしか行けないと勘違いしてる。
 進んで助かるのは、ほんの少し。
 だったらさぁ」

そう言って新たな『人』を書き入れた。それは、

「『後』に行ってやるんだよ」



「ゲームオーバーの条件は『オケ』に落ちたときだけ。
 落ちたくなくて必死に逃げるけど、逃げ切れる保証はない。
 なら、いっそ、元気なうちに向かっていって飛び越えてやる。
 遠ざかるのが難しいなら近づいていく。
 逆転の発想ってやつだ。どうだ、すごいだろ」

「うん、すごいね」

言葉どおりすごいと思った。
真面目に走りつづけることより、根拠ない勝負にかけられる単純さを。
誰もためしていないので、今のところ、成功率は0%。
こいつがその確率を、変える変えられないは、なんとなくわかる。

だめだろう。

そんな単純なミスがあったなら、ゲームが成り立たない。
それでも、「もしかしたら」という希望は捨ててはいけない。
ミスというものは本当に単純なものだから。


「おぉ、そろそろ時間だ」

こいつが立ち上がり、ドアに向けて歩いていく。

「成功を祈ってるよ」

心無い声をかけると、手を振って答えてくれた。


ゲームオーバー最短記録者が、今、ドアを閉めた。



2001年12月09日(日) オトナハエライ

世界が変えられるとしたら、誰かじゃなく、自分が変えるんだ。


7日の日記、タイトル付け忘れたあまつばめです。
頭、ぐちゃぐちゃのときにつくったものだから、名無しなのいいかも。
そう思いつつも、これを書いたらタイトルつけに行こうっと。


今日は一日、何にもしていません。
息くらいはしていたのだろうけど、部屋でボーっと一日中いました。
それで、思い浮かんだことを書きなぐったりしていたのですけど・・・・・・・・・いまいち、文にならない。
単語、単語、また単語。ひたすら単語だけが並んでいて、文章にできないものばかり。
まあ、それでも、文章になったのが↓です。


^^^^^^^^^^^
小さな子供を見ていると、ぶつかったり、転んだりしてばかりだ。
急に走り出してはぶつかり、立ち上がっては転ぶ。
全速疾走のまま壁に衝突するさまは、見ているほうが痛くなる。
パカーンと盛大な音を響かせて、今日も、また、転ぶ。

それでもって、よく泣く。
盛大に泣く子、半べそでがまんする子。
ひとしきり、泣くとけろりと忘れて、また駆け出す。
たまに、へっちゃらな子もいて、転んですぐに駆け出している。

子供達はどうすれば転ばないか、ぶつかってしまわないか、ひいては痛い目にあわないか、知らない。
大人の眼から見て、ゆっくり歩けばいいことや、下を見て歩くことを教えたくなる。
でも、子供の目線からは、走り出したくなるようなものが転がっている。
それを見つけて走り出してしまうのだ。
痛い目にあうことよりも、優先順位が高いものだらけなのだ。


子供達は、知らないことを知りたがる。
自分が十分に知らないことを、体全体でわかっている。
だから、どんなことでも足止めにならず、走り回って知りたがる。


子供と話していると、幻想的なことを言う。
ダンボール箱がクルマやお城になったり、マジックで書いた動物達がしゃべったりと、魔法のようなお話ばかりだ。
体全部を使って、説明してくれる。
聞き流してしまうと本気で怒る。
嘘だというと、本当だと必死で説明する。
全部、自分が見てきたものを信じている。


子供達は嘘をつかない。
つたない言葉かもしれないが、知っていること全部使って表現する。
大人のルールからは冗談に聞こえることも、本気の塊だ。



私は子供と比べて、どのくらいエライのだろう。
確かに、子供より多くのことを知っているかもしれない。
伊達や酔狂で、20年以上生きている。
大半をボーっとすごしながら、なんとなしに知識を得てはいる。
聞かれれば自信を持って答えられることも少しながらある。

それでも、知らないことのほうが圧倒的の多い。

知らないことがでてきて、それにぶつかっていったか?
違う。ぶつかるのが嫌で、理由をつけて逃げている。
痛い目にあわないのが賢い選択だと、ブレーキをかけている。
そうやって学んだきたことは、


努力したって報われない。信じたところで裏切られるだけ。


だからといって、何もしなくて手に入れられたものは、何もなかった。
子供のころ知りたかったのは、そんなくだらないことじゃない。
こんなことを知りたかったはずでない。

エラブっている奴らが、どれだけエライのだろう。
自分がバカだってことを知っているのだろうか。
子供に劣る大人のエライ。
こんなんだから、大人はエライ。



^^^^^^^^^^^^^
どうも、蛇足的に長くなる。
まとまらないので、今宵はこれまで。
ゆっくり寝たいなあ。



2001年12月08日(土) 消費税12%と0%

2日連続で日記を朝に書いています。


消費税は今現在、5%のはずだ。まあ、たぶん間違いないはず。

この間、ガソリンのレシートをじっくりみた。レシートはガソリンの値段と別にガソリン本来の単価と税金額が記入されていた。

 単価      :93.0円
 うち税金    :53.8円
 ガソリン本体価格:39.2円

これに消費税がかかっているのだ。そのときは400円分購入してうち、19円分が消費税として含まれていた。
でも、買ったガソリンは約160円分。税金が約220円分。消費税はガソリンにだけの価格では12%もかかっている。
税金は国が勝手に付与したものなのであり、本来はそれ自体に税金はかける行為は二重取りにあたる。



消費税がかからないものもある。

タバコだ。

どんな店で買っても250円のものは250円。
レシートをみても取られていない。
本や雑誌みたいに本体価格に含まれているのかもしれないけど、不透明なこと、この上ない。
前に(税金で)価格が上がったときも、ほとんどが10円増えただけで半端なものはなかった。
今度も20円ほど上がるが、やっぱり20円きっかりだろう。


税金をかけるのは、まあ、国の維持のためにはしょうがないことだ。ただ、生活に必要なガソリン類に多重取りをして、嗜好品の本やタバコなどに対してはなんか、不透明だったりするのが、なんともいえない。


本音で言うと、

ガソリンが高くなる=運送費が高くなる。
運送費が高くなる=物の値段が上がる。
  物の値段が上がる=さらに税金を取られる。


知らないうちに余分に取られていることが不満なのだ。
タバコだって税金の塊で、見えないところでやたらと取られている。


こんな税金まみれだと、あの有名な監督婦人の気持ちも・・・・・・・・・やっぱりわからない。
こうして、今日も税金を払いつづけているのか・・・・・・・・・ふぅ



2001年12月07日(金) 星空に伸びをして息つこう

見えている世界は美しい?
それは自分が決めること。


こんばんはというより、おはようございます。
あまつばめです。(現在AM5:00)


ふだん、日記を書くのは夜。なので、「こんばんは」と書いていました。
けど、昼間みる人なら滑稽な挨拶ですね。
適当な挨拶はないでしょうか?


いつもどおり、真夜中に日記を書こうとすると、全然書けない。
「内容がないよ〜」ではありません。
書きたいことは頭の中で渦巻いています。
ちょっとしたパニック状態なだけです。
いろんなものが溜まってくると、私は文字を意味として認識しなくなるのです。

思っていることを、映像と音で認識・表現はできます。
でも、文字にできないのです。

ここに文字があったとします。
仮に、自分のHN『あまつばめ』だったとします。
落ち着いてみれば「あまつばめ」と読めるのですが、あくまで読めるだけです。
『あ』という形の模様、『ま』という形の模様、『つ』という形の・・・・・・。そう認識して、音にしているだけです。
その文字を隠され、「書いてみましょう」といわれると、絵を描いている感覚です。
文にすることができません。


活字中毒の私にとって、何よりの拷問です。
数少ない楽しみがかき消されるのですから。



そんな状態だったので、日記を書きつづけるか、間をあけるか、考えました。

このままノートの前にいても何もできないでしょう。
散歩なり、音楽を聴くなりして、休めば戻るかもしれません。
もしかしたら、直接パソコン入力なら、感覚的に違うので、書けるかもしれません。

結局、散歩することにしました。


深夜の散歩。
某ドラキュラさんの得意技ではありませんが、そこそこ、やります。

夜気は昼間の温度を食べ、大きくなっている。
汚れも一緒に吸い込んで、存在するものが純粋になる。
透明のガラスみたいに、指先で弾いた澄んだ音。
そんな心地の良い静寂。

夜空には半月と、小さな星が瞬いています。
日記を書き始めた日から、コンタクトを新調しました。
キレイにはっきりと見えます。
真っ黒なスクリーンに映し出された星達は、しっかり見れば、ものすごくたくさんあることに気づけます。


体の中から、嫌なものが砕けて落ちていく。


こうして、2時間ほど、夜の散歩を楽しみました。



お風呂で温まり、パソコンを起動します。
他人の日記を読んでみて、文字が文字として認識できました。

よし、少し、楽になったぞ。

渦巻いていたことも、日記という形でないけど、別の形にできそうです。
まあ、こんなことを2時間もかけて書いているので、無理をせず、溜め込まないようにしませんと。


今日は、ここまで。

そういえば、また、寝てないや あまつばめ(現在朝7時)



2001年12月06日(木) 眠薬ほしい?

『やるべきこと』の上に、時間と予定が容赦なく積み重なっていく。
『やるべきこと』がうずもれて、何をやりたいか、わからなくなっている。


こんばんは。
やたらと眠たいあまつばめです。


人間は冬眠しないはず。
なのに、なぜ、こんなにも、眠いのだろう。
眠いせいで、ミスばかり。

コーヒーもお茶も、眠気覚ましのパイポやアメでさえ、こびりついた眠気を吹き飛ばせない。
ドラックストアで買える程度のアイテムではだめ。
眠気のコントロール不能。
薬に身体が慣れてしまった。

眠ること、眠らないことが難しい。
自分のことなのに、何一つ満足にできない。
ボロボロになっていくのがはっきりわかる。

吐き気と目眩がする。
自律神経、やられてる。
いくら喰っても足りない。いくら食べなくても平気。
そろそろ、限界。

通いの病院で、眠薬、くれる。
きっつい薬。
効能は、よく眠れること。もれなく後悔ついてくる。
だから、もらわない。

楽になりたい。その方法も眼の前にある。
決して逃げじゃないといってくれる。
マゾヒストぶる気はない。


しっかり寝たい。しっかり起きていたい。しっかりしたい。


安らぎたい気持ち。
痛いとき、涙を流して泣きたい。
痛みは傷への道しるべ。
涙は心の声。
しっかりわかれば、はやく治る。


譲れない気持ち。
心か、身体か、それは知らないけど、まだやれるって言う。
回り道、大丈夫。
時間はたっぷりある。
考えるには十分だ。


まとまらない気持ちで横になる。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・どうしてふとんに入ると眠気がうせるんだ。
うざったい身体だ。






昨日の100%野菜ジュース。
『伊〇園』でなく『KAG●ME』でした。
電話で100%の根拠を聞いて、わかったけど納得しない答えでした。

あとはペットフード。どうやって聞こう・・・・・・



2001年12月05日(水) PL法はこんな人のせいでにある

家電品の広告を見ていると、使っているパソコンがスクラップ寸前に思えます。
別に不都合はありません。
高性能を追い求めていたら、きりがない。
何度も自分に言い聞かせ、ごまかしています。
メモリーやHDDだけでも交換したいなぁ・・・・・・

こんばんは。
情報に流されるあまつばめです。


本屋をうろうろしていると、奇妙な本に出会いました。
副タイトルが「楽しく食べて元気になる」とうたっているのに、
タイトルが、


「断食健康法」(著者:吉岡諄)


あの、食べるのですか?食べないのですか?
実に奇妙なタイトルです。

中を走り読みすると、「特定の食品を食べることを止めなさい」と忠告しているようです。しっかり読んでいないので断言できませんが。
タイトルからは中身を想像できませんでした。


他にも奇妙なタイトル本がないか散策してみました。
近場をみるとこんなタイトルの本が。


「うつ病は神がくれたメッセージ」(出版社: リヨン社)


もしかして、他の人には聞こえない声が聞こえていませんか?幻聴が聞こえるなら病院に行きましょう。


時間の都合でこれしか見つけられませんでした。
2冊とも、いい内容なのでしょう。内容をちゃかす気はありません。でも、芸人魂に火をつけるタイトルなのは確かです。
ツッコミたくなるタイトル、まだまだあると思います。ちょっと探してみようと思っています。


電車の中で、おかしなことを思い、コンビニによりました。


1つは、野菜ジュースの中に


「野菜汁50%+果汁50%=100%」


と表記してあるものがあったはず。
意味はわかります。野菜半分、果物半分なのでしょう。
でも、「果汁50%」っていったら濃度じゃありませんか?

「濃度50%+濃度50%=濃度50%」でないでしょうか。
たしか、伊〇園の商品だったはず。



もう1つは、ペットフードは最後の調整で


「人間が試食して味を調整する」


ということ。つまり、


「人間が食べても問題ない」


このことの確認です。


コンビニに入り、さっそく猫缶の注意書きを見ると、
「人間は食べないでください」系の言葉は見つかりません。
同じく犬用ジャーキーもかかれていません。


「やっぱり人が食べてもいいんだな」


つい、つぶやいていました。
振り返ると店員さんがこっちをみている。
あわてて店を出ました。

聞こえたかなぁ?
この店、2度と行けないかな?
つぎ、入ったら、笑われるよなぁ。
今さら、野菜ジュースのこと、調べにいけないよ。


教訓:独り言は他の人に聞こえないように言いましょう。




追記:ペットフードの味を確認する人。やっぱり、「ネコ舌」でしょうか?



2001年12月04日(火) 偽善者は、

日に日に寒くなっているはずですが、
暖房のきいた部屋にいると、実感がわきません。
むしろ、暑さに弱い私。
暖房にやられて顔が火照っています。

自室はいまだに暖房を入れていません。
真冬になろうとも暖房器具は使いません。
問答無用に寒いのが好きです。
心、冷たい分、身体が温かいのでしょうか?




仕事帰り、駅でバス待ちしているときです。
いかにも『おばちゃん』というひとが、駅員さんに向かって、声荒げに話しています。
「血を吐いた」だの、「電車で倒れた」だの、「上司を呼んでこい」だの、なかなか物騒な言葉が飛んできます。
気になって聞いてみると要点はこんな感じです。


〜さっきの電車に乗っていた、同じ車両で男の人が血を流して倒れた。〜
〜この駅で降りてしまったので、倒れた男の人が心配だ。〜
〜どうなったのか教えてほしい。〜


気になるのもわからなくありません。
「人が倒れた」
他人を心配する気持ちは美徳です。
でも、この場所で聞くことではない気がします。

本当にその人が心配なら、電車を降りるべきでない。
何か出来ることがあるなら、その行動を起こせばいい。
知っている人なら、家族に連絡するなり、話しかけるなりすればいい。

単にいるだけでは助ける人の邪魔になる。
そう、判断して降りたのかもしれません。
それなら、電車を降りてしまったということで、その話をする立場にはいないのではないでしょうか。

ここで聞いていること、ひどい言い方をすれば「やじ馬根性」です。
他人を心配する気持ちと好奇心を満たしたい欲望が混濁しています。


駅員のほうも、もうじき閉める時間のため、ぞんざいな対応です。

あっ、書き忘れていました。
この駅、田舎のため、午後8時過ぎの上り電車通過後、窓口を閉めて無人駅と同じになります。
8時過ぎの上り電車がもうじき来る時間なのです。

乗客のプライバシーや不確かなことがいえない立場。
関係ない人にベラベラと喋ることはできません。
安易に「大丈夫です」と語ることもできません。
でも、相手の言葉を聞かず、横柄な口調では、収まる話などできません。


どっちもどっち。口論をしていると、上り電車が到着しました。
ほっといてもいいですが、唯一の出口のところで口論している。今降りた乗客たちが駅の外に出られません。

おせっかいな私、ついつい、口をはさんでしまいました。


場も収まり、待っていたバスがきました。
停留所に並ぶと、『おばちゃん』も並びます。
同じ方向なのです。
思い出してみると、同じ停留所で降りる人。
しかも、隣に並んでくるではありませんか。


「あぁ〜、余計なおせっかいしたし、グチグチいわれるのじゃないかなぁ」と、思っていると、『おばちゃん』が声をかけてきました。



「あの〜、先ほどはどうもありがとうございました」



へぇ?

嫌味を言われると思っていたので、判断できませんでした。
「アリガトウ」
確かに、そういいました。


『おばちゃん』いわく、
「言われてみるとそのとおりで、あたし、自分のことばっかり考えちゃって結構無神経なことを聞いていたようです。
倒れた人のことを考えれば、まったく関係ないあたしが聞きまわることって出すぎた真似だったです。
それに(駅から)出てくる人とかにも迷惑をかけていて、周りが見えなくなっていて・・・・・・
あなたに止められなかったら、あそこでいつまで怒鳴っていたことか・・・・・・・・・」


バスが反転している30秒ぐらいの間、息つぐ間なく、ひたすら感謝されました。



私、身の程知らないバカだから、余計なことして罵られることが多いです。
気になると、後先考えず行動して他人の冷たい視線を浴びることばかり。
それでもやめないのは、自分の中で納得がいかないからです。
眼の前で起こったこと、いつまでも引きずってしまう弱い人です。
悔やみたくないから動き回って、事態をかき乱す愚か者です。
だから、他人のためという口実で自分のことをやる。


私は偽善者です。


だから、喜ばれたこと、
申し訳なさと嬉しさで、


涙が出てしまいました。


私は助けたんじゃなくて、助けられた。
嬉しい不覚でした。



2001年12月03日(月) 中途半端な解決��

貧乏ゆすりに間接鳴らし。
風呂場で鼻歌、トイレに新聞。
座ればあぐら、立ち上がりは「どっこいしょ」。
くしゃみをするときゃ「てやんでい」。


なくて七癖。
上の7つは関係ないと思いつつ、
自覚している癖だけでも70個のあまつばめです。

ちょっとした癖の話です。

私、肩こりがひどいです。
ストレスがたまると自然と左肩へ手が行きます。
なんでも、「肩こりがするのは東洋人だけ」と聞いたことがあります。
もし、本当ならアメリカかヨーロッパに生まれたかった。

嫌なことがあると左肩をモミモミ。
心が疲れると左肩をモミモミ。
とにかく左肩だけモミモミ、モミモミ。

毎日でなく、ひどくこっている時だけ。
完全に治さず、少しよくなったころ、頭の中からスポーンと忘れてしまう。
中途半端なもみ返しが余計に肩をこらせる。
見事なまでの悪循環。

もともと、ストレス解消のためにやっていた癖なのでしょうが、実はストレス源になっている。


『肩さえこらなきゃストレスたまらない』卵が先か、
『ストレスさえなければ肩はこらない』鶏が先か。



ここのところ、穏やかな生活なので、それほど気にならない。
今のうちにマッサージに行って治そうと考えながら、やっぱり行かない。
自覚が無くて行く気がないか。
もう治らないとあきらめているか。
こんな癖でもストレス解消になっているのか。
真相は私自身もわからない。

ただ言えるのは、考えているときに左肩に伸びた手だけが知っている。


それにしても、どうして左肩だけなのだろう。
不思議だ・・・



2001年12月02日(日) ほろ酔い加減

世界一有名な子供・ハリーポッターも、日本一話題になった子供の影に隠れ気味です。


こんばんは。あまつばめです。
ニュースの話題がご出産一色ですね。他に話題は無いのでしょうか?


今日になって気がついたのですが、原付の鍵を職場に置きっぱなしでした。あまり、遠くにいけない・・・
仕方なく、近所を散歩することにしました。

冬とはいえ、晴れた日の昼はそこそこ暖かいもの。
散歩にはちょうどいい感じです。
「何か無いかな〜」っと探してみると、黄色に変色した葉っぱがありました。
山芋の葉っぱです。
近所の山に生えているらしく、どんなものか知っていました。
さすがに、道具も無い状態で山芋ほりをするつもりはありません。(1M以上ほるんですよ)
しかし、ツルをみるとポコポコッと丸っこいものがくっついています。
「むかご」です。
「美味しんぼ」で酒のつまみになるといっていたものです。
何度か食べたことがありますが、決して美味しいものでなく、素朴で、土臭いものです。
けれど、こういうのが好物なので、ポケットいっぱいに収穫しました。

大きなものは串(楊枝を細くしたもの)に刺し、直火焼き〜。
中くらいのものは塩を入れてホイルに包んで、蒸し焼き〜。
小さなものは、庭にまいて将来生えてくるように〜。


あまりお酒は飲まないのですが、まあ、たまにはいいかな。

十六夜と、土の香りを肴にして一杯飲んでしまいました〜。
気分のいいお酒〜、でした。


ほろ酔いの状態で、すみませんでした。おやすみなさいませ〜。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ひとねむりしてから修正加えましたが、しっかりした文章になっていない〜。



2001年12月01日(土) 昨日と今日の日記

<まずは昨日の日記>

予定外のことがいっぱいの一日でした。

『家に帰れない』予定で仕事をしていたのですが、仕事を終えてみると終電まで後15分。
まだ着替えていませんが、駅まで1キロ強。

走っていけば間にあう。

急いで帰りじたくをして駆け出しました。


職場を出てすぐ、つまずきかけました。

ブチィッッ

何かが切れる音。
足元を見てみると、靴ヒモの結び輪が切れています。
今日を物語っているみたいです。


駅についてみると、電車はまだ、来ていません。
落ち着いてカバンを見ると、いくつか仕事場に置き忘れているものに気づきました。

読みかけの本や携帯のラジオ。

絶対必須、ではないので忘れることにしました。




サイフ以外はね。



駅からタクシーを使うこともできません。
夜風にさらされながら5キロの道を
歩く。
歩く。
歩く。
昼休み前から仕事漬けなので、おなかの音が響きます。
まるい月がおいしそうに見える。

寒さに鼻をたらしながら家に着きました。
さっそく、冷蔵庫をみると、

牛肉。
まいたけ、シメジ、しいたけ。
シナビタ白菜、ちっちゃなたまねぎ。

何か作らなければ食事は出来ない状態です。
ごはんが無いので乾麺を探すと見つかりました。


冷麦。


震えていたのは寒さのせいだけじゃないです。

つけ麺風に熱く(汁)冷たく(麺)いただきました。


時間の流れに逆行しますが、朝のことです。

メールチェックしてみると、多くのメール受信。
ウイルスにやられていました。

チェック機能が甘かったようです。
他の人に迷惑をかけてしまいました。
この場を借りて謝ります。

すみませんでした。
m(__)m

出がけにオフラインでウイルスチェックやり、現在は大丈夫ようになりました。

ウイルス感染を教えてくださった秋様。
ありがとうございました。



<今日の日記>
念のためウイルスチェックをもう一度やっていたら、ついつい、眠ってしまいました。
目覚めると12時。
本当に、よく眠っていました。

朝ごはんを食べようと1階に下りてみると、コンロに鍋がありました。
カレーとおでんの下準備がしてあり、冷蔵庫の中はキレイなほど空っぽです。


今度はごはんしか無い。


母に声をかけると、
「さっき、宅急便でなんか届いたから、それ食べな」

玄関に行ってみると、それらしき箱がある。
中をみると、


リンゴ


すりおろしてカレーに入れろというわけでしょうか?

朝ごはんはリンゴと銀シャリでした。
相性はあまりよくなかった。


明日、遊ぶためにも職場に財布を取りに行かなければなりません。
定期を持って、小銭(バス賃)をポケットに入れ、出発。

行き途中、猫に会いました。
黒の成猫と子猫。白の成猫。
公園の陽だまりでくつろぐ猫たちは、本当に幸福そうです。

にやけながら、30分ほど観察してしまいました。
100%不審者です。

職場には、

文庫本2冊。
携帯ラジオ(ウォークマン)。
サイフ。
雑誌。
通帳。
ゲームボーイ。

これだけ、忘れていました。
忘れすぎだよ。


家には5時近くに到着しました。

生産的なことは何もしていない、むなしい一日。
ならば、ストレス解消にと、ゆっくりお風呂に入ることにしました。

少しヌルメのお湯。
読み捨てる雑誌。
汗がたれないように巻くタオル。

しっかりと準備をして、思う存分つかりました。
5時に入って8時に出ました。その時間、

3時間弱。

・・・・・・・・・普通ですよね。


金曜ためたストレスを、土曜に吐き出したあまつばめでした。

手紙?
まだ、封は切っていませんよ。


 < 過去  目次  未来 >


あまつばめ [MAIL]

My追加