あまつばめの雑記
こんばんは。いらっしゃいませ。

2002年03月31日(日) 実は未だに

仕事中。(1日の5時半)
終わらない〜
家には帰ったのだけどね。
1時間後には出勤か・・・



2002年03月30日(土) 愚痴なので、機嫌の悪い方は読まないでね

便宜的に昨日の日記を使います。
書いてるのは日曜の昼間。

うぅ、なんか疲れたよう。と泣き言を言っておきますか。
職場内の異動で金曜日から泊まり状態です。
ようやく仕事自体は終わったけど、引継書類作成と机の移動をしておかなくては・・・
そんな中、やっぱり私の勤め先の考え方は、よくわからないと思う。

今の仕事(今日までだけど)は総務だった。
帳簿と書類にかき回される庶務全般だった。
それが外に回る仕事になる。特に希望も無かったのに。

1つの係を長くやることはない。
今のところ2年。職場内では1〜3年で異動となるのが通例で、まあ、平均的だと思います。
でも、そんなにコロコロ変わって十分な仕事が出来るのか?
満足に出来ていないのではないか?

最初の1年は勉強です。
はっきり言ってわからないことの方が多い。
間違いや勘違い、知識不足もしかたない。
実際にやってみないと補えない知識や経験は存在する。

2年目はそこから踏み込む場所。
1年前の間違いや十分でなかったことへの反省があるから深く入れる。
もちろん、それによって新しい間違いや問題もでてくるだろうけど、それすらしないなら1年前と変わったといえないだろう。

そう考えると、1つの仕事を安心して出来るようになるのは3年くらいの時間が必要だ。
給料だって、最初の3年分は会社は未来の投資のつもりで出しているという。
注意力が欠けているわけでなく、普通の人が何か出来るようになるのは3年はかかって当然だと思う。

そこを任せられる状態になったときに異動である。
新しい人が来て、リセットされてしまうのだ。

マニュアルが存在するのだから「誰でも出来る」と言い切れるかもしれない。
同じ仕事をやって同じように結果を出させるのだから「出来ない」と言う理論は間違っているかもしれない。
それでも、今までの経験を大幅に削られ、また0に近い状態からやらされるのはつらい。
機械の歯車じゃないのだから、同じように動き続けることは出来ず、何かしら考えてしまう。

私は多くのことを器用にこなす方じゃない。
不器用だ。
ただ、ゆっくりと進めていくタイプで、カメのようにゆっくりと歩んで行ければいいと考えている。

人間よりも遅いカメの感覚の人間は、犬のような早足の感覚になじんでいけない。
ゆっくり覚えたことも、別のものが積み重なっていけば忘れてしまう。
いや、十分に覚える時間すらもらっていないかもしれない。

勤めはじめて7年が経ったのだが、異動は7回。
(うち、半年で変わったのが2回)
ほとんど毎年動いている。
覚えたと思えば忘れる。
何かに形変え積み重なっているだろうが、役にたっているのやら。

やってきたことをまた0にさせられること。
これからやることがまた無駄になると感じる焦燥感。

ごめんなさい。
社会人として甘えているかもしれないけど、それでも不安は拭えません。
仕事することに責任を持たなくてはいけないけど、こんな薄っぺらな状態では責任などもてません。


さて、愚痴も言ったし、引継書類でも作りますか。
はやくうちに帰りたいな。



2002年03月28日(木) アマオトニイダカレテネムリタイ

雨が、降り始めた。
今夜から明日にかけて天気が崩れるといっていたから、順当な変化なのかもしれない。
でも、家路で丸い月を見ている。
変な気分だ。
欠けることない月を見て、それから2時間経たないのに雨音を聞くなんて。


こんばんは、あまつばめです。


うちのお風呂場の窓から、手を伸ばすと届きそうなくらいの距離にミカンの樹があります。
この家で生活を始めたときからある樹で、少なくとも樹齢20年以上ということか。
本格的に収穫を目的にしたものでなく、ただ、なんとなくそこにあるような樹だけれど、私はこの樹が好きです。

子供の頃から近くにあったので、普段は意識をすることはない。
唯一存在を感じるのは雨の時。
例えば降り始めで渇いた空気を打つような、大粒でまばらな雫。
常緑の老いかかった大きな葉にぶつかった時、この樹の存在を強く想う。

風呂場の明かりを全て消し、湯船に浸かりながら目を閉じる。
開け放しの窓から転がる土と、樹と、水のニオイ。
雨の音を聞きながら、このまま眠ってしまいたくなる。
とても気持ちのいい時間を演出してくれるミカンの樹。
同じ常緑でも、松や杉だったらまったく違う感じだろう。
それはそれでいいのだろうが、まどろむことができるのはミカンの樹だけだろうな。私にとっては。


体が疲れているのが、よくわかる。
口から「生き返った」とこぼれそうになる。別に死んではいないのだから、生き返るはずはない。
でも、生きていると胸張れるほど、元気がないのも事実だ。

早く一段落しないかな。切に思う。

とりあえず、強弱変わる雨音を聞きながら、ゆっくりと横になります。
おやすみなさいませ。



2002年03月27日(水) おもしろいこと、たくさんあったけど・・・

歩いているときやお風呂に入っているとき、不意におもしろいことが浮かんでくる。
そのときはとても楽しく、つい、笑みがこぼれるほどだ。
メモをして残そうとペンを取る。
ノートに書きはじめ、すぐに手が止まる。
それほどおもしろくなかったり、キレイなほどに忘れてしまったりするのだ。

頭の中で形になっていないものを、自分の感性に反映させる。
灯篭でつくる影絵のようなもの。
本質は黒い影だけど、見かたによってイヌやハト、カニにもなる。
光があって、それゆえの影と考えると何もおもしろくないものも、アイデアしだいで命ができる。

思うことで進展していく空想の寸劇は、文字という媒体で誰にでもわかるように縛ってしまうと不条理の楽しさが消えてさほどで無くなる。
思ったこと、ただ、表現する。
これが何より難しい。
単純なほどに、難しい。



こんばんは、あまつばめです。
昨日ほど飲まなかったのに、帰る時間はより遅い。
メンバーが違うこともあるのですが、はっきり言えばかなりの荒れ模様だったから。
本当にアルコールには魔力があるのでしょう。飛び切り変わった魔力が。

結局、最終バスも乗り過ごし、タクシーで帰るのももったいない気がしたので、5キロの道のりを歩いて帰りました。
寒さを感じさせない強い風が吹き、月と外灯の明かりに舞う花びらをみる。
たまに歩いて帰るのも楽しいのかもしれません。
のんびりと歩いて帰りました。
気持ちよく疲れた。ゆるりと眠ることとしましょう。それでは、おやすみなさいませ。



2002年03月26日(火) 昨日まで内緒だったもんなぁ〜

今日は飲み会でした。
アルコールは好きでないのですが、
思い返してみると一番飲んでいたりします。さほど赤い顔もせずに。
そんでもって、明日も飲み会だったりします。
たぶん、よく飲んでしまうのでしょう。

こんばんは、あまつばめです。
とりあえず、アルコールは抜けたと思います。
一寝入りしてお風呂に入りましたから。

お仕事、4月にちょっとだけ変わります。配置換えです。
そのための引継ぎの書類や閉めていない帳簿、他の人の異動関係の書類などなど・・・
やることがいっぱいです。
飲んでいる場合じゃないんだなぁ〜。

そのため、これから書類作成。
2時間ほどでどこまでできるやら。

1週間前に配置換えを決めないでくれ〜
やることが多すぎるよ〜

さあ、泣き言はこのくらいにしてやっちゃいますか。

追記:土日は泊まりかな?



2002年03月25日(月) ウエハース代わりの説もあり。

家に帰ると、柏餅が2パック。
こしあんとつぶあん。
当然のごとくつぶあんを食べる。
何となく、勝った気がしました。


こんばんは、いったい何に勝ったのかは不明なあまつばめです。
それにしても、柏餅を食べる機会が多い気がします。
今年になって5回は食べたかな?
季節的には、桜茶に彩りのある串団子なんかがぴったりですが・・・


季節はずれついでにちょっとした雑学。
タイヤキの話。
昔、テレビで聞いたと思うのですが、情報源は不明です。



タイヤキのしっぽには餡子を入れないのが本当だそうです。
江戸時代、庭師が休息時にお茶菓子としてつまむものの一つです。

手入れをしてもらっている人が「まあ、一休みをして・・・」と声をかけてお茶を出すのですが、お茶菓子が無いのは侘しすぎる。かといって、饅頭では手が汚れているために一度手を洗わせ、よけいに時間を使わせてしまう。
その時に考えられたのがタイヤキ。
しっぽの部分を持って食べてもらえば汚れた手でも食べてもらえる。
で、汚れたしっぽはネコにあげる。
形がタイなのは猫に食べさせるためだから。
人が身を食べ、あまりをネコにあげる。



本当の魚でもそうしていたからできた風習。
ラジオだったのかな?
何かで聞いた話で、すごい納得したので覚えていたのですが・・・
ちょっと思い出せません。
江戸じゃなくて明治だったかもしれません。
いいかげんな情報だな。

いま、タイヤキはしっぽまで餡子がつまっているようです。
それはやっぱり、ネコにはあまり物なんかじゃなくって、下手をすれば旦那さんより高価な食事をさせてあげる時代になったからでしょうか・・・
お昼を100円で済ませようとする人間、200円近い缶詰をいただくネコ。

そこのダンナ。
もしかしたら公園で、缶詰の一つでも差し出されるかもしれません、ネコに。


さて、柏の葉っぱは何に使えばいいのかな?  あまつばめ



2002年03月24日(日) バムセ その2 (3はいつになるやら)

『つぶあん』派の逆襲。
さあ、お土産に買ってきた大判焼き(つぶあん)を食べるがいい。
『こしあん』は無いから、さぞ、苦しむことよのう。
ハッハッハッハッハッハッハッハ・・・・・・って、美味しく食べられていません?


こんばんは、見事策略にはまった感じのあまつばめです。
そういえば『こしあん』の大判焼きって食べたことない気がします。
売っているのでしょうか。


昨日書いたとおり、バムセを探しに行きました。
ぬいぐるみを売っているお店・・・
恥ずかしかったので軽く目を通したくらいでしたので、見つかりませんでした。
ここは勇気を持って

「すみません、ピンクの抱き心地のいい大きなブタいませんか?」

と聞くべきなのでしょうか?
気のせいか、すっごく恥ずかしいです。
もし、店員に
「はい、こちらにございます。プレゼント用ですか?」
等と聞かれたら、

「いいえ。自分用です。
 愛くるしい姿にのた打ち回りながらゴロゴロ転がり、抱きついて緩んだ顔してシアワセな夢をみる、自分用です」

・・・・・・正直に答えられるか〜
恥ずかしさと居心地の悪さのあまり逃げ出してしまいました。
もう1件行きましたが、結果は同じようです。
だ〜から、別に後ろ暗いことをやっているわけじゃないから恥ずかしがる必要は無いのに。
ああいう店って、子供連れとか、彼女連れとか、何か吹っ切るとかしないと敷居が高いです。
ダメですね。

まだ、あきらめていないので、『バムセLOVE〜』ともっと勢いづくまで待つしかないでしょう。
今日は大判焼きを買って帰ることにしました。

マクラをバムセと思っても、募る想いは埋められず。
物足りなさを抱いて寝ることとしますか。


そういえば、大判焼きって地方によって呼び方があるのでつうじづらいかな?



2002年03月23日(土) バムセ 多分その1

私的に、
「餡子が命の食べ物は、やっぱり『つぶあん』だよ」
です。
豆の感触が「食べているんだ」と実感できるところがいいです。
でも、家主の父は『こしあん』派なので出てくる和菓子は『つぶあん』が少ないです。
・・・まあいいか。
別に「こしあん」が嫌いなわけでもないですし・・・


こんばんは、家族と餡子討論して負けたあまつばめです。
妙なところで張り合っています。はい。


手元に100円玉が1本(50枚)あります。
LLバムセ1匹分の金額です。

これで買えるのだよなぁ〜
どうしようかなぁ〜
街中で探してみようかな〜
う〜ん・・・・・・

朝から散々悩んでLLバムセはあきらめることにしました。
理由はというと、


どうせ買うなら特大だ。


世間ではこういうのをあきらめたとは言いません。(笑


明日は出かける予定なので探してみますが、どこにあるのでしょうか?
昨日湧き出してきた好奇心なので、何も調べてなかっいです。
どこに売っているかもわからずに探すのも、また、楽しいことでしょう。
(最低限はネットで調べますが)

ちなみに、どこからお金を出すかというと、『たぬたん資金』から捻出します。
この『たぬたん資金』は私が今年からはじめた貯金で、1日100円換算で毎月貯金しているものです。
目的は大きな『酔いどれたぬき』を買おうと貯めはじめたものでした。
どのくらいのサイズかは決めていないので、できる限り大きいものが目標でした。

3か月(今月分はもう入っている)分で9千円+100円1本+手持ち金。
特大分のお金にはなるでしょう。

というわけで、明日、新しい家族を探しに行ってきます。
見つかるでしょうか?
早く実物に会いたいなぁ。

バムセを夢見つつ、今日はこれまで。
おやすみなさいませ。



2002年03月22日(金) 困ったな

ため息をするとシアワセが1つ逃げて行く。
そんなことを言われた。

むぅ。
いったい、いくつのシアワセを持っていたのだろうか。
100万回はため息をついた気がするのに。


こんばんは、あまつばめです。
『鬱』の後に『躁』がくる。
最近のパターンとなっているのか、今日一日はしゃぎまくりでした。
楽しいというか、力が余っているというか・・・へたくそな鼻歌交じりで仕事をしておりましたよ。


最近、パソコン上の仕事が多く、目が疲労しております。
元気な時はコンタクトレンズをしているのですが、疲れてくるとちょっとつらい。
仕方なしに1日中メガネをかけているのですが、・・・これが楽なんだな。
極度の近視と乱視のためか、購入時に聞いたら『ハードレンズ』を勧められ、まあ、昔もハードレンズだったからいいかな?と買ったコンタクト。
つけているほうが明るくて視野も広いはずです。
が、それは比べたらの話で、慣れてしまっていれば気にかかるものではありません。
というか、疲れたときの異物感でついつい目を擦りたくなるのがつらく、安易なメガネに走ってしまうのです。


同僚と未来のコンタクトについて語ってみたりしました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「きっと眼球全部をコンタクトにして、『キュポン』と音立てて丸洗いできるコンタクトが発明されるのでないか?」

花粉症対策もばっちりだね。

「そのうち、疲れている肩とか痛い腰とかもパーツごとに換えられる時代がくるんだよ」

あっ、それいいな。肩と腰と余分なお肉を取り外したいな。

「大丈夫。きっとできるよ。ついでに悪い頭も交換できるさ」

世の中頭のいい人でいっぱいだね。

「ああ、そうさ。
 でも、一番換えたいのはこの性格だろうな・・・」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

脱線しすぎましたね。
まあ、冗談抜きで交換できるとしたらコリ固まった肩を緩々のものと換えてみたいですね。


エンピツ日記を探索していて、白蓮さんのところで見てはいけないものを見てしまいましたよ。
しまったなぁ。
どうしよう。

欲しいよ、バムセ。

見た目30代の神経質そうなコワオモテ、第一印象で「なんか殴っていそう」といわれたことがある人間が、特大のぬいぐるみを抱いて安らかに眠っている姿は想像したくないです。
でも、欲しいよ〜。抱きたいよ〜。かわいいよ〜。
内面、ものすごくメルヘンだと自覚しました。

まあ、
『本当に自分サイズくらいのぬいぐるみをいつか飾ってやる。
 夜中には抱きマクラ、昼にはソファーのように膝に座る』
という野心は昔から持っていたのですがね。

かわいいものに負けそうですね。
休み中に衝動買いしそうです。

夢にバムセが出てくることを願いつつ、おやすみなさいませ。


おっと、書き忘れ。
私、まだ25歳。ついでに殴るの苦手〜。



2002年03月21日(木) ・・・ふう

2日分、ゆっくりと眠れた。
気分が悪いくらいに。
体調が戻ったのがよくわかる。

鬱。
すごい鬱。
表現が乏しい。

元気になった分、体がつらい。
・・・・・・寝てはいけなかったのかな。

一日中ため息していた。
なんか、疲れた。



2002年03月19日(火) 日付、間違えていました。

ほとんど眠れずまた徹夜。
春なのに眠れず。
考えもまとまらず。

これだけだとわびしいので追記。
昼休みを使って書いています。
忙しいといえど、休むときには休まないと。
効率第一の考え方。正誤は別として。


どうやら私はストレスが過剰になると

1 食欲
2 睡眠
3 読書

の順におかしくなるようです。

<食欲>
軽いものならヤケ食いをして収めているのですけど、ひどくなると食べられなくなります。
最初が肉類。次いで魚→乳製品→野菜→主食。
チーズ(好物)が食べたくないと思ったら危険信号。

<睡眠>
もとより寝付きは悪いので眠れないというのはたいして気にはしません。ただ、横にはなっているので身体の疲れがとれています。でも、寝ていない違和感が変に不安を煽るとき、これがたまらなくイヤです。
反対に寝過ぎてしまうこともイヤです。
立っているのもつらくなるくらいになって、横になるとほとんど1日起きあがれない。それでもマシで、休みの日になると緊張感を保てないのか、40時間くらい続けて眠ってしまう。ほとんど寝るための休み。すごい、損していると実感します。

<読書>
本にふけるのは趣味ので、心面では問題なし。(人間面は・・・ねぇ)問題は文字を認識できなくなってきたとき。
軽いときだと文章として認識ができなくなる。ひとつひとつの単語は理解できるのですが、それが組み立てられない。外人が話すカタコト日本語みたいになっています。文字とにらみ合っていると「一人ファニエストジャパニーズ」やっているみたいでオモシロイといえばオモシロイのです。
でも、ひどくなると笑っていられなくなる。文字すべてが何かの記号のように見えて意味をなさなくなってくる。無理すれば読めるかも知れないけど、どこかの異国文字を辞書もなく調べているようなモノです。

<その後>
耐えきれるほど強くもなく、好きなことができない悔しさにつぶされそうになる。
自分を傷つけないと納得できなくなってくる。


イヤだな、こんな性格。
我ながら嫌悪したくなる。



まあ、今は寝られないだけ。
食欲ソコソコ、文書理解力まあまあ。ハタ目から、あきらかに危なくは見えないのでのんびりしていますか。



2002年03月18日(月) 眠りたいような 眠れないような

どうも最近不安定です。

こんばんは、あまつばめです。
いいかげん寝なくてはいけない時間ですが、目がさえてしまって寝られません。
明日(もう今日か)はやることが多いのに・・・
週の初めからこれでは一週間持つかどうか。不安です。

一週間の予定を確認するために手帳を開きました。
決まった予定というのは少ないのですが、やらなくてはいけないことは変に多く、『今月中の〜』というのが目につきます。
そうなると、21日の赤い日は楽しい日ではなくて、一日一日をきつくする血の涙みたいな日なのですね。
年末(12月)と年度末(3月)にある20日以降の休みなんて、楽しめるのは学生だけだとつくづく思います。
まあいいか。この分だと体力が持ちそうも無いですし。

そういえば、知らぬうちにMY登録が増えていました。
あまり確認していませんでしたので遅くなったと思いますが、こちらからもMYさせてもらいました。
やっぱり見てくれる人がいるって思うとちょっと照れてしまいます。
今月いっぱい、他人の日記をゆっくり眺めることが難しそうですが、見れるだけ見ていこうと思っています。他人がどんなことを考えてるかって知るだけでも楽しいですから。

話題は変わって、ちょうど今、読みたい本があるんですよ。
ゆっくり読むと1週間くらいかかる本が。
手元にあるので、少しずつ読んでいます。
時間を作って一気に読んでしまいたいと思いつつも、なかなか時間が作れません。
こういう眠れない時間を読書に振り替えればいいのでしょうけど、そうすると本気で眠らなくなって、日常生活に支障をきたしそうです。
『読みたい』と『眠りたい』を天秤にかけて、『眠らなくてはいけない』というオモリが加わっているからこそ、布団をかぶっているんですが・・・なんかもったいないです。
21日に一日かけて読んでしまおうか。
相変わらず、時間をうまく使っていないです。

時間のうまく使うコツってあるんですかねぇ?
知っていたら教えてください。

それでは、良い夢を見られるように。
おやすみなさいませ。



2002年03月17日(日) 悪臭と思いこむ人 そんなに私はくさいのか?

本当だからって
それを言うだけでは
何の助けにもならない

注意していたこと、はみ出さないようにしていたこと、最近直したばかりのこと。
否定された。

悔しくて物にあたった。
何の解決にもならなくて、よけいにバカにされる。
そいつの言うように『普通』になってやろうかと思った。
私というのをかき消すような『普通』の何もないものに。

バスタブに『普通』のモトを入れた。
ゆっくり2時間浸かってみる。
香料臭いニオイでゴマカシて自分のニオイを覆い隠してみる。

臭い、くさい、クサイ

自分のニオイがわからなくして、何が楽しいのかわからなくなる。
胸の奥から苛立ちが湧き上がる。
『普通』というのはこうも個性無く気持ち悪いものなのか。

いらない。

私はこんなに苦しい思いして『普通』になんかなりたくない。
今の私でなくなるほうが、よほど狂っているんだよ。

毎日お風呂に入って、掃除もしているのに、
「3日くらい風呂に入っていない匂いがする」
とつまった鼻で思うの?
クサイものと思い込んで、何もせずに決め付けてるんでしょ。

あんたのニオイのほうがタバコと香料で塗りたくられたマガイモノのニオイだよ。
人である以上最低限のニオイが出る。
それを自分と違うからって全部悪臭と決め付けて、芳香剤振りまく人間のほうが、よっぽどクサイよ。
私は黙っている。あんたほど無神経じゃないし。どれだけその言葉が傷つけるか知っているし。

造ったような薄っぺらいニオイは大嫌い。
普通になると、世の中全部がクサイよ。
頭が痛い。ニオイにやられた。



2002年03月16日(土) ZZZ

やはり布団で眠るのが一番よのぅ

じじむさい語り出しでこんばんは、あまつばめです。
今週(月曜〜)はじめて布団で眠りました。
床だったりイスだったりと難儀なところで寝ていましたので節々の疲れが溜まっていたりします。
肩と腕が痛いです。

今日一日寝溜めをしていました。
寝足りないと感じていると、いくら身体は疲れていなくても眠ってしまうもので、ほぼ1日中寝ていました。
20時間くらい寝ていると、何のために寝ているのかよくわからなくなります。
眠っていることに疲れているくせに、その疲れで気だるくて寝てしまう。悪循環、この上ないでしょう。

半分覚醒した状態で、居間のコタツでウツラウツラしていたもので、家族が見ていた『南極物語』が夢に出てきました。雪と氷の中で犬ゾリに乗っている夢です。
「南極にいるんだ〜」と感じつつ、凍りつきそうな痛みを覚えていました。
コタツの中で汗をかいているくせに、音からくるイメージでふるえていました。

変な話、私の夢って妙にリアリティーを感じることがあります。
浮遊感だったり痛みだったり、夢の中でありながら、リアルすぎるほどに感じる。一方で「これは夢なんだ」と自覚している自分もいる。
『背反二律』
ありえないと思うことをありえるように思う。ゆえにそのことはありえないこと。
寝てみる夢は、だからこそ楽しいのでしょうかねぇ?


南極で思い出したのですが、普通の人でも南極にいけるそうです。
旅好きの人が書いた本を読んでみたのですが、立派にいっていますし無事に帰ってきています。
エンピツにも『旅/放浪』のジャンルがあったけど、そんな極端な旅をした人がいないか覗いてみようかな。
ひきこもりつつ、心だけは旅気分のあまつばめでした。



2002年03月15日(金) silver spoon

ヨーロッパの風習で、生まれてきた子供に銀のさじを贈るのを知っている?
それはね、『銀のさじを咥えて生まれてきた子供は食べるものに困らない』という逸話が元なんだよ。
今の世の中でも餓死する人がいるけど、昔はもっと深刻で、食べることに困らないというのは最高のシアワセの一つだったんだ。
銀のさじを贈るのは『この子が幸せになって欲しい』と祈りを込めて贈られたものだったんだ。


なんで『銀』であり『さじ』だったかって?
本当のことはよくわからないけど、私はこう思うんだよ。


銀って他の貴金属と比べても手入れが大変らしいんだ。
私はもっていないからよく知らないけど、磨いていないとすぐにくもってしまうし、つけたまま温泉に入ると黒ずんでしまうとも聞いた。
他の貴金属、特に金なんかと比べて何倍も手入れをしないと輝きつづけていかないものなんだよ。
でも、磨いていくほどキレイになっていく。
銀色って白をより白くした色で、純潔な色なんだよ。
雪景色を銀世界というし、別の読みかとをすれば「シロガネ」って読むからね。
本当の銀というのは言葉であらわせないほど光満ちているものなんだ。
そして、変化するものでもあるんだ。

月をイメージする色で銀が含まれることも多い。
太陽が常に丸く輝きつづける金に対して、次の日には形を変える柔らかい輝きが銀。
明日になれば見える角度も違う。
もっとキレイに変わっていくと希望が持てるのが銀なんだ。
メダルだって、金はそれ以上無いけど、銀は先がある。
まだまだゴールじゃないと向上するものなんだ。


さじ(スプーン)はフォークやナイフと違うところがある。
もちろんそれが優劣をつけるわけじゃなくって、役割が違うものだからだ。
パスタをスプーンでからめとるのは難しいし、肉をフォークで切るのは大変だろう。
刺してからめるのがフォークで、切り分けるのがナイフだ。
スプーンの役割はすくいとること。
有形無形のものをすくいとることなんだ。



銀のさじ
実を言うとみんなが持っているものなんだ。
人によって大小深浅あるけれど、それは確かに持っている。
生まれたときから持っているそれは、シアワセをすくいとるためにもらったものなんだ。
しっかりと磨いて自分からすくいに行かなくては。
そこいらで簡単にすくえるほど安っぽいもので満足したくないのなら。



2002年03月14日(木) ナンゾ?

過去にあったもの
現在はわからぬもの
未来に望むもの

それはカタチが必要ながら
定まるカタチを持たぬもの

ヒトから無いと思われど
 有ると言葉にあらわせば
  感じることができるもの
   また逆も真なり

全てのヒトが持つそれは
 一つ足りとて同じに有らず
  
分け合うもの
占有するも
奪うもの
与えるもの

それは自分で見つけるもの


その名を・・・



2002年03月13日(水) 蜂のシアワセ

黒スズメバチのある行動だ。この蜂は巣づくりが苦手である。そこで別種の黄色スズメバチが巣を作りはじめのころ、その巣の女王蜂を殺して巣をのっとってしまう。そのときのっとられた巣の幼虫や卵は殺さない。
やがて幼虫が働き蜂に成長する。するとまずする行動は女王蜂の匂いをかぐのだ。そしてその匂いを仲間の匂いと認識をする。つまり女王が本当の親でなくてもこの蜂にとっては女王蜂なのだ。生まれてきた働き蜂として何ら変わらない一生を送るのだ。
やがて巣が大きくなっていく。働き蜂としての寿命はおよそ二ヶ月。そのため最後の卵が孵ってから二ヶ月ほどで元は黄色スズメバチの巣が黒スズメバチの巣になってしまう。
問いかけよう。この働き蜂たちは不幸と呼べるのだろうか。
本当の親の敵に慕い、尽くし、やがては死んでいく。滑稽であり、おろかだが、蜂たちはむしろ幸せであろう。考えてみてくれ。働き蜂はどうあがいても女王蜂にはなれない。結局は女王が変わっただけで同じような一生だからだろう。しかし、中には不幸だと思う人もいるだろう。それは蜂を擬人化して考えていないだろうか。人には想いがあり心がある。そして多かれ少なかれ自分の人生を選んでいるからだろう。
さて、あなたは今の生活に満足しているのか?満足をしているのなら蜂と一緒だ。不幸ではないが真実を知らないだけなのだから。真実を知って不幸になるか、それとも知らぬままに幸せに生きることを望むかは自由だ。でも、この話を読んだ時点で「今」に疑問をもってしまっただろう。だから君は蜂のような幸せは持つことはできないのだが。



2002年03月12日(火) 4回も目が覚めた。

中途半端に目が覚める。
2〜3時間くらい横になると目が覚めてしまう。
ゆっくり寝ていたいのに起きてしまい、かといって眠くないわけもない。
頭の中がもやがかかったようで、時間ばかりかけて眠っている。
何をそんなに怯えているのだろう。
ゆっくり休んでいていいのに。
朝まで休んでいていいのに。

よく寝ている。
それでも、しっかりは寝ていない。
切れ切れになった時間は、一つの大きな時間より小さく、まとめても同じモノにはならなかった。

眠い。
眠り満ちた寝不足をなんで味わっているのだろう。
身体は寝すぎて、心は寝不足。



2002年03月11日(月) 眠いです。

こんばんは、というか、おはようございます。
寝起きで夢心地のあまつばめです。


土曜日、意識的にて徹夜して、疲れがいっこうにとれていません。
眠くてしょうがないのは体力が落ちている証拠です。
おかげで帰りの電車で1駅乗り過ごしました。
・・・よく、1駅ですんだものだ。

半分夢の中で考えました。
人間は人生の3分の1を眠っています。
仮に75年生きるとして、50年起き25年眠っているわけです。

先に50年間寝ないで生きまくり、25年眠って死ぬのは楽な人生なのか?
少なくとも駅を乗り過ごすことはなくなるだろうし、眠るために家路につかなくてもよくなります。
寝る時間も惜しんでやりたい事があるときは、思う存分できます。
夢が途中で覚めることもないでしょう。25年分も夢見れるのですから。

人工的に冬眠する研究もされています。
目ざめたら100年後、というものSF小説みたいでかっこいいです。

眠りまくって待ち望む人生や、起きまくって追いかけつづける人は、頭の中でシアワセ光線(エンドルフィンやドーパミン)が出まくっています。
起きつづけている・寝つづけているのは紛れもないシアワセなものです。


それでも人は、日に1度眠って起きることを普通としています。
眠っているのもシアワセ。
起きているのもシアワセ。
両方求めるのが一番のシアワセなのでしょうか?

そうだともいえるし、違うともいえる。
夢を見るのは好きですけど、「これは夢だ」とどこかで自覚しているから、目が覚めることを知っているから楽しい夢です。
迷路やパズルは、終わりがあるから楽しく、終わらないのは苦痛でしかない。
眠れば楽になるのに、「絶対眠るものか」とがんばるのは矛盾した楽しさがあります。
眠りたくないのに眠ることや、眠りたいのに眠らないのは退廃的ながらもシアワセなのでしょう。

バスを乗り過ごさないようにしながら目をこすり、ようやくついた停留所に降りたときの風。
なんでもないものを感じました。


ものすごく眠くて、帰ってすぐに横になりました。
夢の中で『眠り姫』が出てきましたけど、それがすごく悲しく見えました。
いつか目覚めることを夢見ながら、それでも眠りつづけなければならない。
自分では何もせずに待っているだけのそれは、どんなに眠くてもなりたくないと思う姿でした。



2002年03月09日(土) 寒い日

寒い日の夜って、星がよく見える。


こんばんは。
9日は泊まりで出かけるので前もって書くことにしました。


職場の廊下、西側の窓。午後6時ごろ。ちょうど今の季節。
山と海と街の線上を広く、夕焼けで染まります。
昼の白い光と青いそっらが朱色に変わるさまが、大きく息を吸い込ませます。
鼻からゆっくり入った空気は大きく肺を膨らませ、言葉にならないため息を吐き出させます。
キレイだけど悲しくて、簡単に言葉にしてはいけない気がして、徐々に黒くなる空をしばらく眺めてしまいます。
夕焼けを見て、素直にキレイっていえないのは、どこか疲れていて、思っていることを言葉にできなかったり無駄に語りたがったりする。

寒い日は、好きですよ。
空気が澄んでいるから小さく輝く星も見えるし、風も引き締まって感じる。
遠くの音がかすかに聞こえるのは、寒い静かな日でないと物足りない。
だから、好き。

また寒い日が続くそうですけど、白い息を吐きながら星を眺める楽しみがちょっと増えたので喜んでいるあまつばめでした。



2002年03月08日(金) どうなるの?

自分が死んだらどうなるのだろう。
いつかはやってくる現実。考えるのは怖いけど、必要以上に怖がるのもバカらしい事実。。
なんとなく、ただ、なんとなく。とりあえず、今死んだらどうなるか考えた。
不意に思う。
自分が死んだら、この本の山は何処へ行くのだろうか。

こにゃにゃちは、あまつばめです。
文字化けではありません。間違いでもありません。わざと書きました。通勤中の黒い子猫がかわいかったので、つい。
この猫、よく、遠くを見ています。
横に並んで視線を追ってみるのですが、特に見えるものはありません。
人間の視線と猫の視線では興味を引きつけるものが違います。
どこかゆったりとしている体勢で、目だけは鋭い黒い子猫。それをゆるんだ目で見て怪しげに小躍りする人間。
・・・我ながら異様度、すさまじいです。


部屋の本棚に納められた数多の本。
たぶん、私の一番の財産です。
金銭的にはもっと違うものもありますが、精神的にはかけがえのないものであることは確かです。
これらを、いつかは手放すことになるでしょう。保管することが難しくなったときか、保管する人がいなくなったとき、この本はどうなるのでしょう。
本は好きなのですが、死んでまで一緒に・・・とは思えません。棺桶に入れて一緒に燃やしてもらう人もいるでしょうが、灰になったら読めないですし、道連れにするのは大事にしていたことに反している気がします。
やっぱり、本は読まれてこそ本ですから、誰かが読んでくれるようにするべきです。

でも、誰がもらってくれるのでしょうか?

家族?
趣味が違いすぎます。

友人?
たぶん、同じものを持っているでしょう。
というか、もらって古本屋に売ってくれそうな方ばかりです。
たのもしすぎます。

じゃあ、最初から古本屋?
お金にもなりますし、悪くないでしょうが、多々の事情により、それは嫌な気がします。

いっそのこと、図書館にでも寄贈するとか・・・
小説はともかく、マンガまで引き取ってくれないでしょう。
ベターな気はしますが、ベストではありません。

こう考えてみると、趣味で集めたものほど、他人に譲るのが耐えきれないのでは?
人の生きた功績であり、さまよった道筋みたいなものだから、1冊の本でも同じ気持ちにはなってくれない。それが寂しい。
どうせならわかってくれるひとでなくては嫌だとワガママ言いたいのです。

いつ来るかわからないことをですが、確実に来るはずの『死』。
カタチがあるものに残したカタチのない『生』。
私は何処に折り合いをつけるのでしょうか。
背表紙を見つつ、考えてしまいました。


『がんばって集めても、あんたが死んだらただのゴミ』


何処かで聞いた誰かの言葉は、笑えるほどに真実を言っている。
死んだ後、どうにかできるわけではないので、ゴミのようなものです。
でも、何か感じてくれたら、ただのゴミでは終わらないのかも知れません。
オチがついたところでおやすみにゃさい。



2002年03月07日(木) 物々交換

74分×4だから約5時間分録音できるはずです。
どうして4枚のCDが録音しきれないのでしょうか?


こんばんは、あまつばめです。
4倍でMDに録音しているはずですが、どこかで2倍モードになってしまったのでしょう。
納得いく録音ができません。いつまでやっているのやら。


使っていないCD−Rとスキャナを同僚に譲りました。
両方とも買って2年ほどのものです。
買った当初は頻繁に使い、2ヶ月ほどで元はとったと思います。
けれど、それ以降使う頻度も少なくなり、最近ではほこりをかぶる一方でした。
今なら現役で活躍できるので旅立ってもらいました。

その同僚、お礼に何かくれるといいました。
色々聞かれます。車と熱帯魚が趣味の同僚なのでタイヤだの水槽だの候補に上がりました。

タイヤをもらってどうすればいいのでしょうか?
車を持っていません。
紐でくくって砂浜でも走れば役に立つでしょう。走りませんけど。

水槽をもらってどうすればいいのでしょうか?
玄関に飾ってあった水槽が藻だらけになった記憶があります。
未知の生物が住んでいそうでした。
室内に置いたら湿気で本がカビそうなので遠慮しました。

結局、もらうことになったのが『おもちゃの缶詰』です。
2△才の新婚さん、なぜに持っている?
『メタルキョロちゃん』という怪しげなものも持っているそうです。

正直な話、欲しくはないのですが、興味はあります。
おもちゃの缶詰って何が入っているのですか?
中身だけ知りたいです。


ところで、金のエンジェルって見たことあります?私はありません。
私的に実在していないと思っています。
「あれは単なる客寄せなんだ」
銀のエンジェルすら当たったことのない人間のひがみです。気にしないでください。


スキャナを見てたとき、紙が落ちました。
拾って私のほうに差し出したのですが、見て逃げたくなりました。
だいぶ前に描いた絵でした。それもいかにもな絵です。
できればその絵のこと忘れてくれるのが一番嬉しかったりもするんですけど。

教訓:廃棄、譲渡するときは中身を確認しましょう。
   意外なモノが入っているかも。



2002年03月06日(水) Happiness time

朝に雨、日暮れに夕焼け、夜に星。
一日に大きく天気が変わると強い風が吹く。
寒さの中に湿り気を感じる風は、鋭い冬の風と違ってどこか心地よかった。


こんばんは、あまつばめです。
出勤しようとしたら傘がないことに気づきました。
天気が悪そうで持っていくと帰りに忘れてしまいます。おかげで職場には3本の傘が残っていました。おかげで濡れてしまいましたよ。
大したことなくても、悔しいですね。どことなく。

帰りに『ショートショートの広場』を買い足しておきました。10・11・12です。10より前は別の人が編集しているようで見つかりませんでした。
さっそく、帰りの電車で1冊読み終わりました。
ムキになって読んでしまいましたよ。1時間で読めるとは思いませんでした。ちょっとした速読です。


私にとって本を読む時間というのは『幸せな時間』です。
ご飯の時間やのんびり空を見ている時間、自然の香りを嗅ぐ時間なども同じ『幸せの時間』ではあるのですが、本は積極的に行い、他は受動的に感じる『幸せの時間』です。

通信教育で速読を基礎だけ学んだことがあります。
それを使うと半分くらいの時間で読めますし、話の内容も後々まで覚えているものです。
何かを覚えるには有効な読み方です。
それを本を読むことにはあまり使いません。

奇妙なのですが、本をよく読むのは知識を求めているのが主な理由です。雑学や裏技、隠し技などを大好きなのが証拠でしょう。
でも、だからといって知識だけが欲しいのではないのです。

例えば、『わだつみ』という言葉があります。漢字で書くとわかってしまうので、とりあえずひらがなで書きます。

最初、これがある歌詞に含まれていたとき、何のことかわかりませんでした。
� 悗錙瓩世弔漾戮畔�けるのか、�◆悗錣澄瓩弔漾戮畔�けるのか。もしかしたら��『わだつ=み』と分けるのか。
�� だとしたら『たつみ(辰巳)』は方角や時刻を表しているから、和(日本)から辰巳の方角にある国のことなのか?
�� だとしたら『わだ』は『私』、『つみ』は『罪』。私の罪で何か懺悔していることなのか?
�� だとしたら『わだつ』は『際だつ』、それを見る。つまりすごいものを見てしまうことなのか?
そんな風に延々と考えてみました。
歌詞の前後からそれらしいものも考えてみました。
でも、答えにはたどり着けませんでした。

結局、最後は辞書を見て意味を知ったのですが、「こんなものわかるかー」投げつけたくなるような答えでした。
でも、そこに行くまでのくだらない思考、これこそが『幸せの時間』なのです。

無駄なものを全部捨ててしまえば楽になるかもしれません。
最初から辞書で確認すれば意味などすぐわかるかもしれません。
本を読むスピードが10倍速くなれば自由な時間が増えるかもしれません。
でも、それは結果を求めているだけであって、効率的な生き方をしていない私にとってはどうでもいいことです。
むしろ、途中の行程が楽しめれば結果は失敗でもOKなのです。

口癖のように「ムダだなぁ〜」と言っています。その無駄なことをやれる余裕が好きで、チマチマした無駄な行為を楽しんで繰り返しております。
いいじゃないですか。同じ曲をMDに5回記録したって。
曲名を1つずれて打ってしまって全部直すことになったって。
午前中やった仕事を午後にやり直したって。
何となく自分に言い聞かせたって。
・・・なぜか情けなくなってきたなぁ。


それにしても、『わだつみ』がなんで『海神』って書くのだろう。読めないよ。


言い訳とか自己弁護とか、後ろ向きな『幸せな時間』をすごしたので、今夜はここまで。
では、おやすみなさいませ。



2002年03月05日(火) SS

ラジオの録音がうまくいかない〜


こんにちは、あまつばめです。
半日以上、書くのが遅れた日記です。
新しいMDラジカセに振り回されています。
どうしてこんなに機能が多いのでしょう。
どうせ『再生』『録音』『タイマー予約』の3つくらいしか使わないのにたくさんありすぎるから困っています。
これでは大原部長(こち亀)と同じです。
シンプル機能ぷりぃず


半分ふてくされて本を読むことにしました。
「ショートショート(SS)の広場13」です。
本屋をうろうろしていたら、平積みにしてあったので立ち読みしたものです。
簡単に言えば、『素人作品集』です。
私的に思うのですが、玄人というのはある一定水準以上のものを常に出し続けられる人だと思います。
逆に素人というのは一定水準を調子の良いときは超え、調子が悪いときは下回るものです。
たくさんの素人が集まって、その中から選別してレベル以上のものを出せばプロに匹敵するのでは無いでしょうか。
ことわざで『三人寄れば文殊の知恵』です。

SSは短いだけに簡単に読めて、良し悪しがわかりやすいのが特徴です。
そりゃ、1000ページの大作とか10冊で1つの話とか、そんなすごいものもあります。多くの話をひとつの筋にからませる構成は素人にはできないでしょう。
でも、長くて読みやすいと言う作品はなかなかあるものでもないですし、他人が良いものでも自分には合わないものもあります。
1作品に3〜4時間かかる本から自分の好みを探せって言うのはたまらなくつらい作業になってしまいます。
でも、1〜2分、かかって5分のSSはタバコ代わりに読むと良い気休めになるのでは?
けっこう、何かするには足りないけど、何もしないのはもったいない。そんな時間にぴったりです。

面白いのが、玄人の目から見て辛い採点をされているのが、素人目には面白かったりする。
ありきたりの構成でも、どっぷり浸かっていないもの、浅い知識のもの、基本なもの、これが未熟なときほど面白く感じるようです。

素人万歳。

なんとなしに触発されて、3つほど書いてしまいましたよ、SSを。
おまけに途中で寝てしまいましたし・・・
「こんにちは」の言い訳をして、今日の分はこれまで。



2002年03月04日(月) 古いラジカセ

25日にシール式の切手が発売するそうです。
10枚綴りなのですが、途中でなくしそうな気がするのは私だけでしょうか?


こんばんは、あまつばめです。
つごうで切手を買ったとき、10枚もあったらなくすということを実証しました。
3枚残っていた80円切手はどこに行ったやら。


昨日、MDラジカセを買いました。
操作がよくわかりません。
どうして同じ曲を3回も録音してしまうのでしょうか。
自分自身で機械音痴ぶりに惚れ惚れしています。
なぜ、アルバム(60分)を録音するのに3時間かかるのですか。
機械関係は不思議な現象が勝手に起こります。ある種の才能です。

新品が入っていた箱に古いラジカセを入れ、それを土台に使っています。
絶対使わないとわかっているのに、なぜかこういうのは捨てられないです。
長年使った愛着〜ではなくて性格でしょう。
今、家には8台のラジカセがあります。打ち、使っているのは3台。5台はどこか故障していて使えないものです。
新しいものを買うのは前のものが使えなくなったからですが、それでも完全に壊れているわけではないです。
ラジオの部分やテープの部分がまだ使えると、万が一のときといって残しておきます。


というわけで5台目〜。
いいかげん捨てましょう。

ラジカセなら処分料はかからないはずですので、今のうちに捨てなくてはいけないでしょう。
平成に入って14年目。
昭和のころから使っていないのくらいは捨てなくては。

そう決意しつつも、明日になったら捨てられないでしょうけど。



2002年03月03日(日) 予定は・・・

『模様替え』ってやりだすと
変なところにこだわりません?


こんばんは、あまつばめです。
今日はひな祭りのようですが、ウチでは旧暦でやるので4月に雛人形を出します。
世間様と話が合わないです。


やはり、予定は未定でした。
部屋の模様替えをやり始めてしまいましたよ。

今までテレビを右向いて見ていたのですが、首の調子が悪いので左を向いて見られるようにしました。といっても、テレビの位置は変わっていません。普段いる位置が変わって必然的に左向になるようにしたのです。
コンセントが部屋に1つしかないと、電化製品の置き場所って限られてしまいます。大幅に変えることができないのが悩みなのですよね。

前の部屋のコンセプトは『いかに広く感じるか』でした。
部屋の端にあらゆるものを置いて採光をしっかりできるようにしておきました。
部屋の中で簡単な運動ができるようにしていました。

今度の部屋は『手軽に欲しいものが触れる』こぢんまりとした部屋です。
『凹』字型にスペースを作って必要なものほど中心に置くようにしました。
部屋の大きさが半分になったようです。


あと、冬物を整理し始めようと思って衣装箱を買ってきました。さすがにまだ早いので手をつけていません。春分くらいまではコートをしまわないほうが無難でしょう。個人的にはしまってもかまわないのですけど。


大まかに片付け終わりましたけど、物足りないところも多いのです。
どうしましょう。今週いっぱいかけて、チマチマやることにしましょうか?
めんどくさいですけど、楽しいです。
とにかく、今日はもう寝ます。おやすみなさいませ。


そういえば、『模様替え』って、この字でいいのでしょうか?違っている気がします。今更ながら・・・



2002年03月02日(土) 本を読む予定

やりたいことやった疲れって
どうしてこんなに心地よいのだろう?


こんばんは、あまつばめです。
昨日までの予定では、今日は1日中本を読む予定でした。


朝、妙な時間に起きてしまいました。
平日起きる時間より遅く、休日に起きるには早い時間。
中途半端に起きてしまい、どうも変な気分でした。
もう一度寝るのもバカらしいですし、とりあえず顔でも洗うことにしました。

鏡に映った顔、性格には髪型が、整っていました。・・・・・・あっ、そうか、昨晩はお酒を飲んでそのまま寝てしまったんだ。
アルコールが入ると中途半端に眠れなかったり目が覚めたりします。こんな時間に起きた理由はそれだったのです。

顔を洗って部屋でごそごそと色々なことをやっていたら、いつも起きる時間になりました。
居間まで行くと、どうやら家族は食事がすんでいるようです。休日は惰眠を貪ることが多いので朝昼共用の食事もそれに準じます。遅すぎる朝食兼早すぎる昼食をいただくことにしました。

ちょうど食事が終わるころです。
母が昼食の支度にきました。
どうして、もう少しタイミングが合わないのかなぁ。
そう、のんきに思いました。すると母、

「どうしてもうちょっと早く起きるなり待っているなりしないの?」

やはり親子。考えることは似ているようです。ちなみに私の顔は母親似です。


とりあえず食事も無事に終わり、物思いにふけることにしました。
そういえば、ごそごそやっていた時、『ペイオフ』のことをテレビで言っていたのを思い出しました。
あれって、庶民サラリーマンの私たちにとってそれほど騒ぐことでない気がします。
たぶん、普通の人だと一千万円も銀行に預けていません。仮にあったとしても、一銀行だけしか口座を持っていないということはなく、他行や郵便局の口座とかもあるでしょう。仮に銀行2+郵便局で3つ口座を持っていれば3千万円まで保証されているのです。マスコミが騒いでもそれほど気にならないのは当然のような気がします。
職場で「6〜7つに分散した」と自慢していた人がいました。少なく見積もっても5千万も預貯金がるのか?と疑問に思って聞いてみると、1つ当り100万円ぐらいだそうです。・・・全部一つにしていても保証されているじゃないですか。むしろ、ハズレを引く可能性を増やしたのでよけいに手間をかけただけでしょう。マスコミの情報に踊らされすぎていませんか?


思いふけるのも飽きたので部屋に戻りました。
本を読もうかと思っていたのですが、汚いこと気になったんです、部屋が。
やっぱりのんびりと読むなら汚い部屋だと気になるじゃないですか。
簡単に掃除をするつもりでした。最初はね。
本をどかして、ホウキではいて、雑巾がけして、いらない雑誌を縛って、いろいろやっているうちに変なところが刺激されてしまったのでしょう。
本を読むことはせずに延々と掃除をしていましたよ。
ラジオを聞きながら「この番組が終わるまで」とか、CDを聞きながら「この曲が終わるまで」とか、目安を決めて終わろうと思うのです。しかし、終わり際になるほどやりのこした場所が目について終われないのです。
軽く終わるつもりだったので下だけきれいにしていたのですが、熱中するほど上のホコリが気になります。
これ以上にないくらい無駄な掃除ブリでしたよ。下から上に向かって掃除しているのですから。
夕食や小休憩を入れたとはいえ、終わったのが11時45分でした。当然夜の。


えっと、明日はゆっくり読書する予定です。ただ、掃除魂に火がついたのか、『模様替え』なんぞしてみたい気分です。
予定は未定。
それもまたおもしろいです。



2002年03月01日(金) 走り去る痴漢

今日、痴漢を見ました。


こんばんは、あまつばめです。


今日は用事があり、普段行かない場所に行きました。ので、時間の感覚が曖昧になっていました。
駆け足をしたのですが、乗る予定の電車には間に合いませんでした。
この時間は一度逃すと時間がかかり、あと30分ほど暇になります。
このままホームで待っているのもなんなので、本を買ってくることにしました。
駅ビルの本屋に入ったときです。前から女性が歩いてきました。年齢は30歳くらいです。
ドアもないですし、棚との幅も広いので少し避ければ触れずにすれ違えるところでした。
ボ〜とあたりを見回していた目に、それは偶然入ってきました。
50くらいのおじさんが前の女性のオシリを撫でました。

とりあえず頭によぎったのは、このスケベ親父と女性は顔見知りなのかな?という疑問でした。
ちょっと酔っぱらった上司が知り合いを見つけてセクハラをした。いや、もしかしたら夫婦で、いい年をして人目を気にしない種類か?
とにかく、日常の場所で、そういう行為というのは意識の外でした。
女性が軽く「きゃっ」と悲鳴をあげます。
おじさんがこっちに向かって走ってきます。
すれ違い、そのまま逃げるように店を出て行きました。
それを目で追い、正面の女性を見てはじめて気がつきました。

アレは痴漢だったんだ。

痴漢の被害者と加害者が走り去った先を交互に見てしまいました。
女性と目が合い、これ以上にないくらい気まずい気持ちになりました。
そういうことが起こると思っていなかったので、反応ができなかったのです。
一番近くにいて一番しっかり見ていたのが私でしたから、何とかできる可能性が一番あったのは私でしょう。それを何もせずに見過ごしたのですから、関係がないのに共犯にされた気分です。
たぶん、いまから走り出せば追いつくでしょう。足は速くないですが、遅くないことも自負しています。でも、なぜか固まったように動きませんでした。
悔しかったので駅の改札口で10分ほど通行人の中にあのおじさんがしないか探してしまいました。

そういうことしたかったらそういう場所に行け!!
立派な犯罪だぞ!!

あ〜 悔しい、悔しい。とにかく悔しい。
今度見かけたら蹴りいれてでも止めてやる。
同性としてやっぱり許せる気がしません。
何もできなかった自分が悔しくなってしまった1日でした。


 < 過去  目次  未来 >


あまつばめ [MAIL]

My追加