日々雑感
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2001年12月31日(月) 雪の上を浜まで歩く

浜まで歩く。実家から浜までは歩いて10分もかからない。海水浴場でも何でもない、防波堤があるだけのただの浜である。海が荒れた次の日は、いろんなものが打ち上げられる。特に冬場は「樽イカ」が上がることが多いので、ひそかに期待して行く。昨日とはうってかわって穏やかな天気だが、波は高い。鈍く光る海の向こうから次々と寄せてくる。

昨日から泊まりに来ている高校生の従姉妹と二人で浜を歩く。残念ながら樽イカらしきものはなく、流木や海草、どこから来たのかいろんなゴミなどが見えるばかり。風が強く、寒さに負けて早々に退散する。寒いときはとにかく耳が冷たくて大変だ。従姉妹の耳たぶも真っ赤になっている。

雪のために、浜も浜までの道もいちめん真っ白である。その上に、人間や犬や猫や鳥など、いろんな足跡が混じりあっている。自分も新しく足跡をつけながら歩く。「猫の声がするよ」と従姉妹が言うので見まわすと、海猫の鳴き声。

晴れた日の雪景色はほんとうにきれいだ。空や海の青に雪の白で、青と白ばかりの眺めである。明日からはまた荒れるらしいということで、束の間の穏やかさ。大晦日の今日は日がゆっくり暮れた。

夜には、なまはげが町中を歩いているという知らせが入る。でも、もう大きくなってしまったので我が家には来てくれない。小さい頃は怖かったけれど、こうなると少し寂しい。明日にはなまはげの足跡が残ってるだろうか。


2001年12月30日(日) 大停電

帰省。夜明け前に新幹線に乗り、お昼前に地元の駅に到着すると吹雪で大荒れ。ニュースによると、瞬間最大風速30mを越えていたらしい。駅から実家までは車で一時間弱だが、途中強風にとられて車体が揺れるわ、吹雪で数メートル先も見えないわ、看板や折れた木の枝がバンバン飛んでくるわで大変だった。松の木やポプラが、根こそぎ倒れたり、真ん中から折れたりしているのも何本も見た。

見ると、信号が止まっている。イヤな予感をおぼえつつ家に着くとまさしく停電。電気機器は全部止まっている。いちばん困ったのは暖房器具だ。家にあるのはすべて電気を使ったストーブなので、それらが全滅となっては寒くて氷点下の家の中にはいられない。「まあ、1、2時間で戻るでしょ」と軽く考え、ヒーターをつけた車内に食べ物を持ち込み、お茶など飲むがなかなか復旧しない。

町の様子を見に行くと、信号は止まったままだが、特に問題やパニックが起こることもなく、普通に車は走っている。お店は軒並み真っ暗で、「停電のため閉店」の貼り紙。その中で一軒のホームセンターが開いており、人だかりが見える。入ってみると、真っ暗な中レジにろうそくを置いて対応中だ。根性。(あとで聞いたところによると、町の小さな電気店は、懐中電灯や電池、電気を使わない反射式ストーブなどが飛ぶように売れて大儲けだったらしい)

実家のある地区を中心に、8万戸以上の停電は、結局夜の12時近くまでつづいた。何本もろうそくを置き、親戚から借りた石油式のストーブを家族で囲む。テレビもなく、音楽もなく、何しろ暗くて寒いのでその部屋から動けない。外も真っ暗で静まり返っている。ふだん、電気にどっぷりとつかった生活をしていることを再確認する。

そして、灯りが何もかも消えてしまうと、夜の質が変わる。深い真っ暗闇。すぐそこに何が潜んでいるかもわからず、夜の怖さを実感する。そんな中で、外を見ると大きな月が出ていて、その明るさに驚いた。月の光で雪の上に影ができている。かつて、夜がほんとうに暗かった頃、人々はどんな気持ちで月の光を見上げただろう。

暗くて寒い夜、自然と暖房の周りに人が集まり、することと言えば話すこと。そして、早いうちに眠りについて、太陽と共に目覚める。いつも、実はなくともよいものを身の周りにいっぱいくっつけて生活しているのかもしれないと思わされた一日。




2001年12月29日(土) 帰省準備

明日からの帰省に備えて朝からいろいろ動き回る。「明日できることは明日やる」型なので、何かの前日や締め切り直前はいつもすごいことになる。街も心なしか、年越しを前に浮き足立っているようだ。大きな買い物袋を両手に提げた人たちが、足早に行き来している。

そんな街のざわめきとは正反対に、今日の空は澄んだ青色をして、どこまでも静かだ。雲がずいぶん高いところにある。電車の窓から外を眺めながら、思わずみとれる。

用事も一通り済んで裏道を歩いていたら、鈴の音をさせながら猫がやってきた。そばに寄っても逃げず、足元をうろうろしている。しゃがんでみたら、今度はすとんと膝の上に乗ってきた。飼い猫だし、寒いときは人間にくっつきたがるから、と思いつつもうれしい。あったかい。

何もかもうまくいかない日もあれば、ささやかな「いいこと」が連なる日もある。全部ひっくるめて、もうすぐ今年も終わる。


2001年12月28日(金) 何もかもうまくいかない日は

ブックオフではずっと邦楽が流れている。本を眺めながらいつもは耳の半分くらいで聞いているのだが、先日こんな曲が流れてきた。

「ドンマイ、ドンマイ、気にするなよ。そんなことは誰にでもある〜♪」(ちょっと違うかも)。

このサビ部分が、ひたすら繰り返されるのだ。誰の何という曲かは知らないが、中、高合唱部系のクセのない歌声で、高らかに「ドンマイ、ドンマイ、気にするなよ♪」と繰り返されていたら、そんな簡単に言うな、とだんだん腹が立ってきた。

冗談みたいに、何もかもうまくいかない日がある。年賀状を印刷しようとプリンターを取り出したら何故かコードがなく、部屋を引っ掻き回して見つけたと思ったら今度は印刷の途中でいきなり止まり、電車に乗って出かけようとしたら事故でしばらく復旧の見通しなし、じゃあバスでと思ったら満員で素通り。その他いろいろ。気持ちに反応して、いろんなものが連鎖していくみたいだ。

そんなとき、他の人はみんな、どうしているのだろう。

自分はとりあえず寝る。でなければ歩く。どんどん歩く。いろいろ考えていても、足を動かせば前には進む。夜ならば月や星が見えたりする。歌ったりもする。単なる怪しい人か。

銭湯の前にも門松。帰り道は耳が冷たい。



2001年12月27日(木) 運命の出会い

年賀状を書いてしまおうと思っていたが、ぼんやりしたり、本を読んだりしているうちに一日が過ぎる。帰省を前にやるべきことは山ほどあるのだが、結局手をつけずじまいで全部明日に持ち越し。

本屋へ散歩。気になっていた本を探しに古本屋へ行って、ちょうど本棚に並んでいるのを見つけたりすると、これは運命だ、きっと読むべき本なのだろうと思う。そんなときは迷わず買う。本の場合に限らず、気持ちと状況とがぴたりと一致することがある。そうした流れには、即乗るべきなのだろう。今日は、そんなふうにして、気になっていた本を発見して購入。収穫あり。

ついでに新刊書店ものぞく。文庫のコーナーへ行くと『ムーン・パレス』P.オースター(新潮文庫)が平積みになっている。ずっと気にはなっていたが、何となく手を出していなかった本。見ると、手書きの宣伝文句が書かれたポップが添えられている。最近乱立気味なので、ちょっとなあ、やりすぎだよな、と思っていたが、その『ムーン・パレス』のポップに「今、立ち止まっていると感じている人に」とあるのを見て思わず購入。ポップ侮りがたし、心のすきまに入り込む。これもまた「読むべし」という運命か。


2001年12月26日(水) きっと、いつかこの風景を

今日はほんとによく晴れた。冬ならではの澄んだ薄い青空。空気も風も冷たい。まだ明るいうちから薄い月がビルの間に見えていたが、日が暮れるにつれて輪郭もはっきりしてきて、ぼんやりと光り始めた。暮れてゆく街の上に、そこだけ異質な存在感をもって月が浮かんでいる。

それを眺めながら、私はきっとこの風景をずっと覚えているだろうと思った。ある風景に対して突然そのような感覚を持つことがある。例えば、窓から差し込んだ夕日に染まる小学校の廊下。月見草やハマエンドウの咲く夏の終わりの浜辺。陸橋から見下ろす線路と行き交う電車。いつかきっと、自分はこの風景をなつかしく思い出すだろう。この場面だけ、はっきりと、鮮やかに浮かんでくるだろう。根拠も何もない、けれど強い確信である。そして実際に、そうした風景の断片がいくつも自分の中にある。

生きていくというのは、いろんな風景を抱えていくことかもしれないと思う。いろんな風景が見たい。すべてが自分の中に残るわけでなくとも。

友人と、久しぶりに髪を切りに行く。数ヶ月に一度、いっしょに美容院へ行き、そのあと飲んで帰るというのが恒例なのだ。お店では美容師さんたちが昨日までのクリスマスの飾りを片づけている。リースもツリーの飾りも大きな袋にしまわれてゆく。ふたりとも切り終わり、「よいお年を」と見送られて外へ出ると、襟足に風が冷たい。寒い。寒いけど、お店に入って、一杯目はビール。


2001年12月25日(火) まだら模様の街

夕方から外を歩く。昨日はいろんな店の前でケーキが売られていたが、クリスマス当日の今日は見事に何もない。近所のスーパーの前にはいきなり門松まで飾られていて、既にお正月態勢。商店街の魚屋では箱入りの新巻鮭がずらりと並んでいる。

そのまま歩いてブックオフへ入ってみると、今度はBGMがずっとクリスマスソング。三連休でクリスマスムードも燃え尽きたかのような街中を歩いてきただけに、違和感を覚える。それでも、「クリスマスの歌もずいぶんあるもんだなあ」と思いつつ本を眺めて、再び外へ出る頃には無意識にクリスマスソングを口ずさんでいたりして焦る。クリスマスとお正月がまだら模様になっている。

夜にテレビを見ていたら、小田和正のライブが放映されていた。クリスマス用に企画・撮影したものらしく、小田さんがいろんな人の曲をカバーして歌うという特別版である。

「夜空ノムコウ」と福山雅治の「桜坂」のカバーが特によかった。意外と合っていて驚いたのが、ミスチルの「Tomorrow never knows」。まだ青臭さがちょっと残っていて苦味もある、そうした世界が小田さんにはあうようだ。50歳を越えて、こうした歌詞がぴたりとはまるのはすごい。一方で、サザンの「勝手にシンドバッド」などはもうひとつ。小田さん自身も「(桑田のように)はじけたいけど、はじけきれない」と笑っていた。どうしても自分にないものには憧れてしまうけれども、自分にしかできないものを深く掘り下げるほうがよいのかも、と教訓のように思いつつ深夜。


2001年12月24日(月) 「安寿子の靴」

夕方から渋谷のスタジオで練習。クリスマスイブの渋谷の人ごみの中を、大きい太鼓をかついで進む。ボンボという名前の南米の太鼓。1月に小さい演奏会があるので、そのための練習である。

楽器を演奏したり、歌を歌ったりすると、ふだん使わないところが開かれるような感覚をおぼえる。世界の裏側がふと垣間見えるような気がすることもある。あるいは、小さな裂け目から、果てのない、底なしの世界の断片が見えるといおうか。いつもそうだというわけではないが、そんな瞬間がときどきやってくる。

みっちり3時間ほど練習して、スタジオ近くの店で軽く打ち上げ。太鼓やらギターやらをテーブル横に積み上げて、ビールを飲む。今年も演奏ができてよかった。

夜、NHKアーカイブスでドラマ「安寿子の靴」を見る。「安寿と厨子王」をベースに、中学生の少年と家出した幼い少女との数日間の交流を描く物語で、1984年の作品。物語の筋は全然覚えていなかったけれど、改めて見直して、やっぱりよかった。このドラマで繰り返し現れるのは水のモチーフである。水の音、水の光、水の感触。そうした水の映像と、流れ流れて、どこへ辿りつくかもわからない少年と幼い少女の道行きが重なる(舞台は京都・鴨川である)。

生(なま)のイメージをそのまま差し出すことが映像ならではの特徴だとすれば、その特性を存分にいかした作品だと思う。ドラマや映画は饒舌でないほうがいい。台詞ではなく、映像で伝えてほしい。この「安寿子の靴」と同じ、唐十郎脚本・三枝健起演出のドラマを他にも見直したくなる。関内の「放送ライブラリー」にビデオが残っているようなので行ってみようかと考える。今年もあと一週間だけれども。


2001年12月23日(日) 「夢」のはなし

象の夢を見る。場所はどこか南の国らしい。よく晴れて、空も海も真っ青である。水平線近くに入道雲がわいている。海も空も雲も木々も、名前を知らない赤い花も、とにかく色彩が濃く鮮やかで、輪郭がくっきりしている。

自分は高台になった場所から海を眺めている。すると、急に海がざわめき、波間から象が現れた。大きな象。全身が見えて砂浜へ上がったと思うと、また一頭、同じくらいの大きさの象が現れる。そんなふうにして、次々と象が海からやってくる。人間が見てはいけないものを垣間見てしまったような、圧倒的に美しい光景だった。

いろんな夢を見る。特に今回のように印象的な夢を見たときは、誰かに教えたくて仕方なくなる。けれど、自分ではものすごく面白いと思って興奮していても、誰かに向かって話し始めたとたん、ひどくありきたりで凡庸な、いわゆる「だからどうした」というものになってしまう。夢というのは、誰かに伝えるために形(主に言葉)を与えたとたん、その魔力を失ってしまうのかもしれない。あるいは、あまりに個人的な物語なのか。

夢からインスピレーションを得て作品にする人がいる。例えば、川上弘美の『椰子・椰子』という作品は、彼女が見た夢日記をもとにしているらしい。訳のわからないものがたくさん出てきて、目を眩まされる世界。混沌としていながらある秩序があって、とんでもない設定ながら不思議に説得力を持っている(川上さんの短編集『神様』にも同じようなものを感じる)。誰に対してもその説得力を通用させる力というのは何なのだろうと思う。

夜、世界各国のビールを揃えているという店に行く。一度も飲んだことのないものにしようと思い、ギリシャとチェコのビールを飲む。どちらも味が濃くておいしい。冷やしすぎてないものいい。ビールはぬるいのが好きだ。


2001年12月22日(土) 歌いながら

友人と二人で、ものすごく久しぶりにカラオケに行く。小さい頃熱心に見ていたテレビアニメの主題歌など、歌詞の断片を覚えているけれど全部はわからないというものをいろいろ歌ってみる。「あらいぐまラスカル」と「フランダースの犬」は、出だしが英語と(たぶん)オランダ語(当時の「アニメ名作劇場」ものは外国語を取り入れるのが流行りだったのか)。「にっぽん昔ばなし」はあの有名な「坊や、よい子だ寝んねしな」という出だし以外は全然覚えていなかったのだが、かぐや姫、傘地蔵、一寸法師、桃太郎、浦島太郎などが次々と登場し、「昔ばなしのオールスター」という感じのすごい歌だった。他に「ドナ・ドナ」など歌って悲しい気分になる。

歌っているうちに、まるで何か啓示を受けたかのように「生きてるからには、いろいろやらないともったいない」という気持ちになる。歌う機能があるならば歌いたい。使えるものは全部使いたい。一時間歌ってのどは枯れたけれど、何となく晴れ晴れとした気分で帰る。ビルには電飾のクリスマスツリー。


2001年12月21日(金) 耳をすます

みぞれが降る。雪ならば傘なしでも歩けるけれど、みぞれではそうはいかない。傘を持つ手が濡れて冷たい。

昼までに用事がすべて済んだので、午後は部屋の中で掃除などして過ごす。部屋は2階の角部屋で細い通りに面している。車がやっと通れるかどうかというくらいの道だが、人通りはけっこう多い。音楽もかけず、テレビもつけずに部屋の中にいるといろんな音が聞こえてくる。

傘にあたるみぞれの音、大家さんと近所の人の庭先での立ち話、飛行機の音、学校のチャイムの音、「宅急便でーす。」、ドアが開く音、新聞配達の自転車の音、ポストに夕刊が入れられたらしい、練習中のピアノが繰り返す同じフレーズ、向かいの家の犬が吠える声、食器の音、そして、ときおり鈴の音を鳴らしながら大家さんの猫モモちゃんが行く(ちりちりと)。

昼は空気がなんとなくざわざわしているが、夜が更けてくるにつれてしんと静まってきて、通りがかりの人の気配が際立つ。携帯電話でのおしゃべり、足音、酔っ払って大声で歌うおじさん(お酒が入ると歌いたくなる人が多いのはなぜか)、遠く救急車の音、ひとり「バカヤロウ」などとぶつぶつ言いながら歩いていく人もいる。

夕飯も終えた頃、遠くから拍子木の音が聞こえてきた。「火の用心!」子どもたちの声に、ひとり低い大人の声も混じっている。拍子木の音はよく響く。特に冬の空気は音をよく伝えるような気がする。「火の用心」の声は近づいてきたと思ったら、またすぐに遠ざかっていく。街のどのあたりにいるのだろう。みんな自分の家の中で、あるいはどこか他の場所で、この響きを耳にしているだろうか。

世界は音で満ちている。意識しなければただ流れていくけれど、じっと耳をすましていると、いろんな音が聞こえてくる。耳を傾けてみる。いろんなものの存在を確かめているみたいだ。世界が息づいている証である。

NHKの佐々木昭一郎氏のドラマでは、ピアノ調律師のA子が音を探して世界中の川のほとりを旅した。バイオリンケースの中に音叉を入れて。「私、いい音を探しているんです。」

音を探す。音を聞く。世界が発する音に耳をすます。





2001年12月20日(木) せめてドラマくらい

夜10時からドラマ「スタアの恋」の最終回を見る。今クールは「アンティーク」や「さよなら、小津先生」など、とびとびに見ていたが、いちばん熱心に見たのがこれだった。大スターヒカル子(藤原紀香)と、ハム会社に勤めるサラリーマン草介(草��剛)のラブストーリー。設定や筋書きはお約束とも言えるけれど、主役の二人も(どちらもハマリ役)、二人をとりまく脇役陣も魅力的で、毎回ほんとうに楽しかった。

奇跡が次々と起こり、良い人ばかりが出てくる、「そんなことあるわけないだろう」と突っ込みが入りそうな「おとぎばなし」である。リアリティなど求めると不満は出てくるだろうが、それでもいいのだ。せめてドラマでは、これでもかというくらいのハッピーエンドが見たい。

ドラマの最終回を見るのが好きだ。数ヶ月にわたってつづいてきた物語が着地するところ。今日の最終回は王道のハッピーエンドで、ハッピーエンド欲が満たされて満足。好きなドラマが終わり、毎週のように画面で会ってきた面々にもう会えないのだと思うと、いつも寂しい。ドラマの続編が嬉しいのは、彼らの物語がまだつづいているということを確認できるからなのだろう。

今クールのドラマはほとんど最終回を迎えたけれど「3年B組金八先生」はまだまだつづく。長丁場なだけに、毎回卒業式の場面の感慨もひとしお。


2001年12月19日(水) 夕方、路地裏で

夕方、細い路地で家族連れとすれ違った。両親に小さな男の子の三人。男の子は一生懸命に話し掛けている。

「手裏剣か〜。お父さん、なつかしいね。」

小さい子でも「なつかしい」という感情を持つのだ。当たり前のことなのに、はっとした。いつの間にか、思い出やなつかしさは大人の専売特許だと考えるようになっていたらしい。

「なつかしい」という感覚を持ち始めるのはいつ頃なのだろう。小さい子には小さい子なりに、大人には大人なりに、いろんな思いがあり、思い出があり、「なつかしさ」がある。あの子はいったい何をなつかしんでいたのだろう。(そして、彼の今までの人生に手裏剣にまつわるどんな出来事があったのか。)何にせよ、なつかしいという感情には、その対象への愛しさがやはり含まれていると思う。その子の口調も、あまりにしみじみとしたものだったから。

友人から郵便で真心ブラザーズのCDを録音したテープが届く。さっそく聞く。彼女の趣味でYO−KINGのボーカルのものばかり入っていたが、この人の歌は歌詞がはっきりと聞こえてきて、すとんと届く。歌詞と曲が一体になっているのだ。こうした歌はBGMにはならない。作業の手を止めて聞き入ってしまう。しみる。


2001年12月18日(火) 静かな声で歌う

風邪をひいたのか熱っぽい。持ち帰りバイトを広げたり、コタツの周りに積んである本を手にとってめくったりしながら、一日中家の中で過ごす。

『小山清全集』をやっぱりいいなあと思いながらぼんやりと読む。短編と随筆ばかりが収められているのだが、はじめから順番にではなく、パラパラとめくって気の向いた所から読んでいる。街で見かけた風景。懐かしい友人からの便り。ひとりきりの生活。日々の何でもないことが書かれていくのだが、湿っぽさや暗さはなく、淡々とした描写の向こうに何か静かで遥かなものの存在が透けて見える。ささやかだが遠くまで聞こえるような声で語る人だ。

「君の歌はひどく静かだ。人目につかない所で、人目につかない心だけが耳にするやうな歌だ。」(「風の便り」)

「誰かに贈物をするやうな心で書けたらなあ。」(「落穂拾い」)

夜遅くに地震があった。地震がくると必ず、外でカラスがいっせいに鳴き出す。ふと、夜にはカラスはどこで何をしてるのだろうと考える。木や電線の上に止まって寝ているんだろうか。闇にまぎれて見えていないだけか。そういえば明け方近くになると近所の猫や野良の猫も妙に活発に動き出す。夜はずいぶん明るくなったけれど、見えていない部分もまだまだあるのだろう。


2001年12月17日(月) 道の途中

バイト先の忘年会のため夕方から西日暮里へ。西日暮里では道路の上を電車の高架がいくつも走っている。あちこちから電車の音が聞こえ、建物の間から間へと吸い込まれる車両の姿が見える。出所も行き先も見えず、道の途中だけが切り取られたように街の上に浮かんでいる。さらに、高架の下には別の路線用の線路もある。ひとつの空間の中で、いろんな道が交差している。

18時をまわって、あたりはもうすっかり暗い。見上げるとまた一本、轟音をたてて電車が街の上を突っ切ってゆく。車内の妙に白っぽい灯りの中に人の影だけまばらに見える。色のない光景。踏み切りの音のリズム、点滅する信号のリズム。

いろんな道を、自分は下からただ眺めている。どこから来てどこへ行くのか。今、自分がいる「ここ」と平行していくつもの時間が流れ、けれどもそれらと交わることは決してないかもしれないのだ。

忘年会の会場はスペイン料理屋。貝類やオリーブが苦手な友人の隣に座ったため、1.5人前分くらい食べる。そのあと、ビルの二階の居酒屋へ。窓の外へ目をやると同じ高さを電車が行くのが見える。電車の音が遠く聞こえる。




2001年12月16日(日) 魂の日曜午後三時

午後から友人と会う。日曜日の街は賑わっていてもどこか静かだ。同じよく晴れた午後でも、土曜や平日のそれとは明らかに違う。

日曜日が休みで月曜日から仕事や学校という生活を送っているわけでなくとも、日曜日の午後にもの寂しくなる感覚は消えない。いっそ夜になってしまえば大丈夫なのだけれども、日がまだ高い午後の時間帯がいちばんどうしようもない(そして、なぜか晴れている日に、一層強くそう感じる)。

みんなどこかで「もうすぐ終わってしまう」ということを意識しているみたいだ。何かが終わるときの寂しさ。静けさ。日曜日にはそれが見えやすい形で表れるのだろう。村上春樹のエッセイで知ったのだが、スコット・フィッツジェラルドが「魂の午前三時」について述べているらしい。魂の午前三時に目覚めると、どんな人でも死にたくなるくらい孤独になるという。わかる気がする。けれど、「魂の日曜午後三時」に置き去りにされるのも、なかなかきついのではないか。そして、「魂の午前三時」と「魂の日曜午後三時」の違いは、「孤独」と「寂しさ」の違いかもしれないと思う。

公園を散歩する。葉っぱが落ちた木々の枝が夕空を背景に影になっている。落ち葉を踏んで歩く。冬の空気には野焼きの匂いが混じっているような気がするのはなぜだろう。

さらにぶらぶら歩いて古本屋を覗く。小さい店だが、品揃えが独特で面白い。『昔ばなしとは何か』小澤俊夫(福武文庫)『古代北欧の宗教と神話』F.ストレム(人文書院)を購入。また積読本が増える。本を買ったり、鯛焼きを食べたり、温かいうどんを食べたりしているうちに元気が出てくる。

友人と別れた帰り道の途中、新しく秋田料理屋が出来ているのを発見。入り口上の看板は大きな「なまはげ」のイラストである。それはいいのだが、そのなまはげ、なぜか青々としたヒゲの剃り跡が丁寧に描かれている。おまけにタレ目。鬼というよりは酔っ払って顔を赤くした人の好いオヤジという印象。あんなのが来ても怖くないよなと、鏡に向かってヒゲ剃りをするなまはげの姿を想像しつつ帰宅。


2001年12月15日(土) 忘年会

図書館から借りた『小山清全集』を読む。中でも「落穂拾い」がいい。このような書き出しで始まる一編。

「仄聞するところによると、ある老詩人が長い歳月をかけて執筆してゐる日記は嘘の日記ださうである。僕はその話を聞いて、その人の孤独にふれる思ひがした。」

夕方から新宿へ行く。南口・高島屋の辺りはクリスマスのイルミネーションで華やか。人も多い。クリスマス用のイルミネーションにしても、ディズニーランドなどにしても、私たちが電飾にひかれるのは何故なのだろうと思う。これでもかという数の灯りがあると圧倒される。気分が浮き立ってくる。灯りが貴重だった頃の古い記憶があるからだろうか(そういえば、昔ながらの行事には火祭りが多い)。南口の紀伊国屋書店で日野啓三『遥かなるものの呼ぶ声』(中公文庫)を買う。

今日は大学時代のサークル仲間との忘年会。「友人」とも違う「仲間」という結びつきがあると思う。だとすれば、彼らはまさしくそんな存在。何も取り繕わず、バカ言って、酔っ払って、そのままでいい場所。そうした場所があることが泣けてくるほど幸せ。ほんとに泣けてくる。

酔っ払ってるせいか。





2001年12月14日(金) 星野道夫さんのこと

下高井戸で「地球交響曲・第三番」を観る。今回登場するのは、宇宙物理学者フリーマン・ダイソン、外洋カヌー航海者ナイノア・トンプソン、アラスカで動物の写真をとり続けた星野道夫の三人(撮影の直前に星野道夫がカムチャッカでヒグマに襲われて亡くなったため、友人たちが彼について語るという構成になっている)。

星野と共に数え切れないほどのフライトをしたブッシュ・パイロットのドン・ロス、友人であるビル・フラー、元ブッシュ・パイロットのジニー・ウッドにシリア・ハンター、アラスカ先住民族クリンギット族の語り部ボブ・サム、そして妻の直子さんに息子・翔馬くん。星野道夫が自らの著書で繰り返し語ってきた人々が画面に現れる。星野道夫の写真や書くものが好きだ。何度も本を読んできたので、自分自身も古くから知っている友人に会ったような気にさせられる。

この映画では皆が自分の中の「ミチオ」について語るけれども、そのまなざしは星野道夫自身のものでもあると感じる。何か同じものを共有し、見つめてきた(そして今も見つめている)まなざし。ヒグマに襲われて亡くなるという事故はショッキングだったけれど、アラスカの友人たちは、その死を深く悲しみつつも、皆どこかで納得している。ミチオを知る誰もが口をそろえる。「ある意味では、彼はこの道を自分で選んだのかもしれません」

星野道夫の本の中に好きな一節がある。

「何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。あわただしい、人間の営みと平行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。」(『旅をする木』)

彼も、彼のアラスカの友人たちも、この「もうひとつの時間」を確かに感じていたのだと思う。そして、その流れの中では星野道夫の死がどのような意味を持つのかも。彼が残してくれた本を、一冊ずつ大事に読んでいきたい。

帰りは世田谷線を使う。ゆっくり走るので、道行く人や窓に干された洗濯物などよく見える。向こうからもこっちの表情などはっきり見えてるんだろう。路面電車のある町は、人が置き去りにされていない感じがして落ち着く。図書館に寄って『小山清全集』(筑摩書房)を借りて帰宅。


2001年12月13日(木) 花束のある光景

横浜に住む友人の家へ遊びに行く。彼女はリサイクルショップや雑貨屋、骨董店などを覗いては「物」と出会う名人だ。そんなふうにして見つけられ、ペンキを塗ったり、新しい組み合わせを考えたりされた「物」たちが居心地よさそうに部屋におさまっている。懐かしい木製の食器戸棚や少しヒビの入った器。みな、あるべき場所にあるという感じ。人間のほうも居心地がよくて、気づくとつい長居している。

珍しいお酒が次々と出てきて、それを飲みつついろんな話をする。ジンにレモンを搾ったやつから始まり、ブルガリアのプラムから作られた蒸留酒・ラキア、椰子の実の風味がするアラック、スミノフという名のウォッカ。どれも一癖あるが美味しい。そして、みんなアルコール度数が高い。いい具合にアルコールがまわる。

帰りは彼女とご主人とに駅まで送ってもらう。電車に乗ると、大きな花束を抱えた着物姿の女性が一人で立っていた。電車などで花束を持っている人を見ると、いつもいろいろと想像してしまう。花束というのは普通ではない何事かがあった印であるから。

終電間際の地下鉄で、花束を持ったスーツ姿の男性を見たことがある。五十代くらい。満員の車内で、その人はひとり花束を抱えていた。何があったのだろう。何かのお祝いか。送別会か。送別会といってもいろいろある。おめでたいものもあるけれど、ひょっとしたら辛い送別会かもしれない。ひとりきりで抱えている花束。できれば、それが本人にとって嬉しいものだといいと思った。辛いときの花束は、その気持ちを増幅させるような気がする。

一度だけ友人から花束をもらったことがある。名前は知らないがオレンジ色のきれいな花で、うれしくて帰宅後すぐに部屋に飾った。数日後、その友人から「ごめん!」との電話。ひょんなことから、その花の花言葉が「軽蔑」だとわかったらしい。初花束の思い出。


2001年12月12日(水) スピッツ@赤坂ブリッツ

赤坂ブリッツでスピッツのライブ。よかった。スピッツは「ずっと変わらないと思っていたけれど、久々に食べてみたら実は職人が研究・改良を重ねていて、基本はそのままにより味わい深く、おいしくなっていた老舗の定番お菓子」という印象。一般にはやわらかいイメージがあって「癒し系」などと言われたりもするらしいが、ライブを見るとむしろ骨太。そしてやっぱり草野マサムネという人の声が好きだ。

帰りは赤坂見附の駅まで歩く。歩道橋の上に立つと夜の街の中に車のライトがどんどん流れていくのが見えて、ぼんやりと「東京だなあ」と思う。

地下鉄で帰宅。本屋に寄りたくなってブックオフへ行く。ここは0時まで開いているので、遅く帰ったときなどによく立ち寄る。本屋の中にいると落ち着く。何か目当てがあるわけでなくとも、本が並んだ棚の間をぶらぶら歩き周って、手にとって眺めているだけでいいのだ。特に夜遅くに行くと、本と親密に向き合える気がする。近所に夜遅くまで開いている本屋があるといい。贅沢を言うならば新刊書店もほしい。

帰ってきたら身体のあちこちが痛い。ライブハウスで人の波にもまれたせいか。


2001年12月11日(火) オヤジ泣かせ

いつも行く銭湯には番台前に小さなロビーがあってテレビが置かれている。野球やサッカーなどの中継やバラエティー番組が流れていることが多いが、毎日風呂あがりのおじさんたちが座り込んでは、番台のご主人といっしょに何だかんだと賑やかである。おじさんたちの井戸端会議といった雰囲気。

ある日、風呂から上がってロビーに行くと、人はいるのに妙に静かである。見ると、皆(番台のご主人まで)視線がテレビの画面に向いている。真剣な表情で誰も口をきかない。いったい何だと思ったら、番組は「プロジェクトX」。「オヤジ泣かせ」の評判もダテじゃないなと、思わぬところで底力を見せつけられた。

NHKといえば、12月24日の「NHKアーカイブス」でドラマ「安寿子の靴」を再放送するらしい。「安寿と厨子王」をベースとした唐十郎脚本のドラマで、家出してきた幼い少女と学生服の少年との出会いが京都・鴨川を舞台に描かれる。小学生の頃にこのドラマを見た。話の筋などは忘れてしまったが、作品の空気が強烈に印象に残って、「安寿子の靴」というタイトルと共にずっと引っかかっていた。ぜひもう一度見たかったので、再放送はうれしい。

唐十郎脚本・三枝健起演出というコンビのドラマは、この「安寿子の靴」の他にも「匂いガラス」「雨月の使者」などがあって、どれにも共通するのは、少年と少女、そして外側にいる存在としての大人という図式か。何しろ内容をはっきり覚えていないのでちょっと違うかもしれない。けれども、どの作品にも等しく流れている湿り気をおびた空気、濃い影、痛々しさ、そうしたものははっきりと覚えていて、それだけでも十数年ものあいだ心の奥底に居座り続けるには十分だったのだ。ぜひ3作品とも再放送してほしい。ちなみに3つとも主題歌は中島みゆきの書き下ろし。(「プロジェクトX」とつながった)

「安寿子の靴」は12月24日(月)23時40分から。90分。


2001年12月10日(月) こんな日もある

バイトの作業で昨晩あまり寝ていなかったせいか、気づいたら居眠りしていた。時計を見たらけっこうな時間で驚く。うとうとと寝込んでしまったあと、目覚め際はいつもぼんやりとしている。今まで見ていた夢なのか、いつかほんとうにあったことだったのか判然としない様々な場面が混じり合って、その中から一生懸命に「ほんとう」の部分を探す。でも、それはほんとうに「ほんとう」なのだろうか。

何か食べるものがほしくなる。夜も更けてますます外は寒い。迷ったが、思い切って上着を着こんでコンビニへ。日付が変わったばかりの時間だが、店内は人が多い。飲み物の棚を見たら、寒がっていたくせに急にビールがほしくなる。ずらりと並んでいる缶ビール。さんざん迷ったが寝る前のビールはやっぱりまずいかと思い我慢する。結局買ったのは烏龍茶と亀田の「明太子マヨネーズせん」(亀田のミニせんシリーズはどれもおいしい)。

コタツに入ってせんべいを齧る。建物や窓がガタガタいう音や唸るような低い響き。風が強い。風の音がひどく怖く感じられるときがある。そんなときは、すぐそこに何か深い淵が覗いているようでぞっとする。けれど今日は温かい部屋の中にいて、そんな風の音をどこか遠くに聞いている。こんな日もある。


2001年12月09日(日) おそるべしオリヅルラン

何か部屋に植物を置きたいと言ったら、友人が自分の家にあったオリヅルランをわけてくれた。ずいぶん前の話だ。オリヅルランは細長い葉をした「常緑多年草」(辞典でひいてみた)で、葉っぱの間から長い枝が出てきてはその先に新しい小苗をつける。友人から譲り受けた分からも一つ、二つと小苗ができてきて、その度に別の鉢に植え替えては喜んでいた。はじめのうちは。

すぐに分かったが、このオリヅルランが小苗をつくるペースはただ事ではないのだ。植え替えたものからまたいくつも枝が出てきて、いくらやっても追いつかない。人に分けてあげようとしても、この植物のことを知ってる人は「ああ、あれね」と言って受け取ろうとしない。そのうち部屋が占領されるのではないかと脅えつつ、今いるところに引っ越してくるときもオリヅルランの植わった鉢をいくつも抱えてきた。

新しいアパートは大家さんの家の庭と地続きになっていて、小さな門を入ってすぐのところに雑草がたくさんはえたスペースがあった。これはいいと思い、ある朝、小苗をいくつかそこに植えた。ここだったら土の上だし思う存分伸びるだろう。しかし、一週間くらいたったとき、ふと見るとオリヅルランだけ残して他の雑草がきれいに抜かれていたのだ。オリヅルラン、他の草にまぎれるどころかいつの間にか主役になっている。

あとで分かったのだが、大家さんは庭の手入れに異常に熱心な人だったのだ。よく見ると、庭にはいろんな木や花が植わっており、近所の人が花の栽培のしかたについて尋ねにきたりする。当然、あのスペースも大家さんの縄張りだったらしい。しばらくすると、オリヅルランと並んでそこには水仙が咲いた。水仙のためのスペースだったか。

けれど、そのあとも抜かれることなく、だんだんと小苗も増やして今でも元気でいる。しっかりチェックしてたはずのスペースにいきなり妙なものが現れてどう思ったのか、なぜそのままにしておいたのか。大家さんの本心は謎だけれども、部屋の中で鉢に植わっているやつよりもずっと色つやがいい様子を見るたびに「よかったねえ。」と思う。私がここからいなくなっても、このオリヅルランは何年も何年も、ずっと新しい小苗をつくりつづけていくだろうか。人がいなくなっても植物は残る。

その大家さんの飼い猫モモちゃん、冬になってなぜか真ん丸に。冬ごもりの準備か。


2001年12月08日(土) シリウス、カペラ、ベテルギウス

友人と魚のおいしい居酒屋へ行く。料理も店の雰囲気もよく、けれど少し値が張るので時折のお楽しみにしている。いつも頼む刺し盛りも味噌仕立ての鶏つくねとごぼうの小鍋もおいしく、いい気分になってビールのあと久々に日本酒を飲む。

店を出たあとはぶらぶら歩き回ってお茶。友人とは駅で別れてひとり歩いて帰る。冬は星が明るい。特に今日は冬の星座の一等星をつないだ「冬の六角形」がはっきり見える。6つの星の名前は何だったかと順番に言ってみる。シリウス、プロキオン、カペラ、カストルとポルックスはどちらが一等星だったか、オリオン座で六角形に入っているのはベテルギウスのほうか。しかし、おうし座の星の名前がどうしても思い出せない。たしか「なんとかギバラン」じゃなかったか、など考えながら歩いているうちにいつの間にか家の近く。気持ち悪いなあと思いながら玄関の前に立ったら、冗談みたいな話だが、その瞬間に思い出した。アルデバランだ。すっきりした。

小さい頃、星が好きで星座や一等星の名前など一生懸命に覚えた。今までいろんなものの名前を覚えてきたけれど、覚えている名前と、忘れてしまった名前と、どっちが多いのだろう。名前は呪文みたいだといつも思う。覚えている名前の分で世界とつながっているのかもしれない。

コタツのコードが壊れたので修理。さすがに夜は寒くて暖房器具がないとつらい。ドライバーや電気絶縁用のビニールテープを使って作業する。けっこう楽しい。さらに、ちゃんと直って充実感。


2001年12月07日(金) 夕方に町を歩く

読んだり、書いたり、調べたりするために家の中にいることが多い。今日も部屋にこもっていたのだが、用事で外に出てみて驚いた。ほんとうによく晴れて、いろんなものの輪郭がはっきりしている。空気も冷たくて身体がすっとする。こんないい天気に何やってたんだろうと思いながらぶらぶら歩く。どんどん先まで歩いていきたくなる。

荷物を置きにいったん家に戻ってもう一度外に出ようと思ったのだが、いろいろやっているうちに夕方。「しまった」と思ったが外はもう薄暗い。

このままでは悔しいので、図書館に本を返しがてら外に出る。近くは商店街なので夕飯前の買い物をする人たちがたくさん行ったり来たりしている。昼間よりかえって賑わっているくらいだ。お店や町のあちこちに灯りがともる。帰り道の小学生。自転車で通り抜ける人もいる。「夕方に歩いてて寂しくならない町は自分にあっている町」と友人に聞いた。だとすれば、この町とは相性がいいのだろう。

はじめて外国へ行ったとき、到着直後はビクビクして緊張していた。けれど、やはり夕方、ひとりで宿の周りを歩いてみたらだんだん楽しくなってきた。庭の手入れをするおじいさんが見える。遊んでいる子どもたちがいる。そして、その横を歩いている自分がいる。境界線がほどけて「同じ空気の中にいる」と実感し、安心したのだと思う。昼と夜の狭間。夕方は何かが「ほどけやすい」時間帯なのかもしれない。

夕方に歩いていて寂しくなる町というのは、ほどかれたとき、そこの空気に自分がなじめないということか。

図書館で池澤夏樹『マリコ/マリキータ』『楽しい終末』を借りる。帰り道はすっかり真っ暗。夜である。


2001年12月06日(木) 雨の音と、記憶

朝から雨。部屋の中で雨の音を聞いていたら、不意にいろんな雨の日のことが思い出されてきた。傘を差して歩いた通学路や、遊具も草も濡れた公園。年齢も場所もバラバラの様々な雨の日の記憶である。雨の日はいつもこうだというわけではない。何かの拍子でスイッチが入り、自分でも忘れていた風景が次々と流れ出してきたようで、驚いた。

こんなふうに、何かを「スイッチ」にして、堰を切ったように生々しく記憶が蘇ってくることがある。例えば、ある冬の夜、積もった雪の上を歩いたとき「私は確かにこの感触を知っている」とはっとした。と同時に、雪の感触だけでなく、冷たい空気や冬の夜の匂いや、そうしたものも思い出した。自分が過ごしてきたいくつもの雪の日。(生まれ育ったのは雪の多い地方だった)

記憶とは何か。すっかり忘れてしまったと思っていることが、何かの音や感触や匂いをきっかけにしてうろたえてしまうほど鮮やかに蘇ったりするのだ。私たちが見てきたこと、感じてきたことは、すべて深く沈み込んでいて決してなくなりはしないのだろうか。そして、何かの拍子に浮かびあがってくるのだろうか。「雨の音」で検索するとそれを含んだ様々なイメージがすくい上げられるように。

雨は昼過ぎにはあがった。週間天気予報を見ると、明日からはずっと晴れ。


2001年12月05日(水) 猫は正直

午後から大学へ行く。構内には大きな木があって、その周りにベンチが並んでいる。お茶を飲もうと思ってそこに腰を下ろすと、木の向こう側に野良の猫が二匹いて毛づくろいなどしているのが見える。

ぼんやり眺めていたら、男子学生が一人やってきて少し離れたベンチに座った。すると、猫は二匹ともはっと顔を上げたかと思うと、小走りに彼のもとへやってくるではないか。私には目もくれずに。食べ物を運んでくる「ネコ兄さん」というわけでもない。ただ座っているだけなのに、足元に二匹してまとわりついて嬉しそうにしている。

猫に無視されたり、嫌われたりすると、何だかとてつもなくショックだ。以前も友人の家に遊びにいったら、そこの猫は私を見るなり背中の毛を逆立てて「シャーッ!」とやった。「お前が性悪だってことはお見通しだぜ」とか言われてるようでこたえる。猫に見捨てられない人間になりたい。

今日は年内最後のゼミ。だんだん「今年最後の」というものが増えていく。


2001年12月04日(火) 「地球交響曲・第一番」

下高井戸で映画「地球交響曲・第一番」を観る。時間を勘違いしていて、着いたときには既に上映中。さらに満員。映画館のお姉さんが「こんなのでよかったらどうぞ」と言って通路に座れるようにダンボール紙を渡してくれたが、入ったらそのスペースもなく、結局立ち見だった。

「地球はそれ自体が大きな生命体である。全ての生命、空気、水、土などが有機的につながって生きている。これをGAIA(ガイア)と呼ぶ。」

ジェームズ・ラブロック博士のガイア理論である。「地球交響曲」はこの理論をテーマに撮られた作品で、現在第四番まで完成している。以前「第三番」を観たのだが、上映中ずっと泣けて泣けて仕方なかった。今回の再映はほんとうにうれしい。

「第一番」だが、六人の人びとへのインタビューがオムニバス形式で綴られる。登場するのは、登山家ラインホルト・メスナー、ナイロビで動物孤児院を運営するダフニー・シェルドリック、アイルランドの歌手エンヤとケルト美術研究家鶴岡真弓、アポロ9号のパイロットであったラッセル・シュワイカート、水気耕栽培法でトマトの巨木を育てた野沢重雄。中でもいちばん印象に残ったのはダフニー・シェルドリックの章である。

彼女は密猟などで母親を亡くし、孤児になった象の赤ちゃんを育てては野生にかえす活動を30年以上にわたってつづけている。彼女は仲間の死体を発見したときの象の様子について語る。

「不思議なことですが、象は、象牙が自分たちの社会に大きな悲劇をもたらしていることをよく知っているのです。(中略)野性の象たちは、殺された仲間の遺体から象牙だけを取り外し、砕き、遠くの森に運んで隠します。これが理不尽な死を迎えた仲間に対する、最後のはなむけなのです。しかも彼らは、人間と同じように仲間が亡くなった場所を何度も何度も訪れます。彼らは死ということの意味を知っているのです。」

「象が人間と同じような行動をする」という言い方もあるが、逆に「人間が象と同じような行動をしている」とも言えるはずである。人間こそが地球上で特別な生き物だと思うことの愚かさを思う。

テーマだけ聞くと自然保護や動物愛護をスローガンとした映画のようにも思えるが、決してそうなっていないところがいい。(自然保護や動物愛護の中には無責任というか、人間の傲慢さを感じるものもあるから)人間もまた自然の円環に組み込まれた一存在にすぎないという意識が撮っている側にあるからだろう。

自然とは決して牧歌的なものではない。獣や嵐や寒さに脅えることのない安心な生活、明るい夜、それらは私たち人間が何としても手に入れたかったもののはずである。生きていくためにラッセル・シュワイカートのいう「テクノロジーとの結婚」はどうしても必要なものだったのだと思う。(けれども、自然への畏れがなくなって便利な生活だけが目の前にポンと差し出されるようになって、何か勘違いするようになってきたのではないか。)ただ自然を守れというだけではなく、生命の連なりの中で人間が担った役割が何であるか考えること。人間という種の個性を探すこと。

この映画は声高に何かを叫んだりはしない。しいていうならば、淡々と映し出された生命の詩であると思う。

もうひとつ覚えているのは、「目に見えるものだけがこの世のすべてではない」という登山家メスラーの言葉。私もそう思う。

※引用はすべてパンフレットから。



2001年12月03日(月) サラ・ブライトマンを聴く

夕方、食料の買出しに出かける。近所のお寺には大きな銀杏の木がある。よく晴れた朝など、青空を背景に銀杏の黄色が浮かび上がっているのを見ると、あまりに鮮やかではっとする。「物言う樹」といった存在感。その銀杏もだいぶ葉っぱが落ちた。枝の間から夕空が透けて見える。

サラ・ブライトマンのCDを買う。元NHKのディレクターで「夢の島少女」「四季・ユートピアノ」などのドラマを作った佐々木昭一郎氏が、「新作を撮るならばぜひ使いたいのがサラ・ブライトマンの"time to say goodbye"」と言っていたと聞いて気になっていたのだ。迷ったあげく輸入版のベストを買う。帯を見ると、この"time to say goodbye"という曲は全世界で1500万枚も売れた大ヒット曲らしい。

さっそく聴いてみた。とても豊かな声をしている。歌もうまい。けれども、きれいにまとまりすぎているというか、何だかうますぎてもうひとつぐっとこない。そんな中で"time to say goodbye"はやはりよかった。ひとつの旋律が繰り返され段々と高まっていく。ドラマチックだけど甘すぎず、ボーカルと曲が幸福な出会いをしていると思う。(他に「青い影」のカバーもよかった。)この「ひとつの旋律のリフレーン」というところに佐々木氏は反応したのかも。パッヘルベルのカノンやバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」などを使っているように、佐々木氏は「リフレーン」ということに特別な思い入れがあるようだ。

CDを聞きながら夕飯の準備。最近は一人用の土鍋で野菜や豆腐や魚など煮込んでポン酢で食べる、そればかり。人に言うと「またか」と呆れられる。それでもこりずに、今日も鍋。鰯のつみれ入り。



2001年12月02日(日) 切符を買いに行く

バイト先の友人たちと渋谷で飲む。お開きのあと、帰省の切符を買うべくひとりで駅の「みどりの窓口」へ行く。

電車にしても飛行機にしても、長距離の切符を買うのが好きだ。行き先を告げて空席を探してもらって、目的地が記された切符を手にするだけでわくわくする。駅や空港もいい。駅なら特に新幹線や夜行列車のホームのあたりだ。どこかへ向かう人とどこかからやってきた人が集まっているざわざわとしたかんじ。あの空気の中にいるだけで全身の細胞が元気になる。

父は旅行計画マニアだ。時刻表や本などを眺めては、ああでもないこうでもないと頭をひねって、ものすごく綿密な予定をたてる。ただし、実行はほとんどしない。いろいろと考えてるだけで楽しいのだという。父に似ているところがあるとすれば、「どこかへ行きたい」遺伝子が伝わったことだけは確かだと思う。あと、行きたいけれど、なかなか腰をあげないところ。

ちなみに、帰省の切符はもう満席で買えなかった。自由席勝負。


2001年12月01日(土) 師走の風景

夕方通りを歩いていたら、回送バスが走っていくのを見た。帽子をかぶった運転手はしっかりと前を向いてハンドルをにぎり、その背後にはぼんやりとした暗がり。夕方や夜に見る無人のバスや電車は、今ここにある世界とパラレルの別空間を走っているみたいだ。目に見えない何ものかを乗せてどこかへ向かっていくような。

夜は演奏仲間と少し早い忘年会。メンバーのひとりのうちに集まったのだが、主役は皮からつくったギョーザと南米の料理エンパナーダ。どちらもおいしく、お酒がすすむ。温かいものを大勢で囲みながら食べるのは楽しい。年の暮れにこうやって仲間で集まって、いっしょにやってきたいろんなことを思い出しながら飲んだり、食べたり、笑ったり。忘年会シーズン、いい季節だ。ただし、いい気分で飲みすぎてしまうことだけ問題。


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