何にもしないで座っているだけで日が暮れてしまうと、焦る。 こういう時間に他の人は、勉強したり人と話したり読書したり料理をしたりなにかの練習に打ち込んだりして、有意義に過ごしているのでしょう、と思って反省する。 でも 何もしないでぼんやりと一日の大半を過ごして その気になったら ゆっくり読書したり手紙を書いたり食べるものを探したり そういうゆっくりしたペースで生きることができたらいいな、とも思う。
久しぶりにMっちと会って、旧居留地のセントラルでランチして、午後いっぱい雑貨屋めぐりをした。 彼女のヨーロッパ一人旅一ヶ月、の写真を見せてもらって、また旅心が刺激された。
どうせまた一人で旅に出たら、寂しくて死にそうになるのだけど いちど体の芯まで寂しくなりきらないと とてつもなく贅沢な自由に気づかない。
いや〜なかなか面白かった!中国人8人の京都ツアーアテンド。 昼間からビールを飲む飲む。 しきりに乾杯しては中国語でなにやらまくしたて、げらげら笑ってビールを飲み干す。 ドイツ人のO氏も半ばやけくそになって、ドイツ語で「健康に乾杯!」「友情に乾杯!」と叫んでいた。 通訳のスンさんがいなければ、私たちはピンチであった。 チコモリスさんに教えてもらった〔メイウェンティー没問題〕をわけもなく連発しときました。
通訳のスンさんは、日本でいえば通産省にあたる機関から国費留学で来ている女性で、日本語検定1級だけあって、私よりも日本語が達者だった。 ドイツ人O氏とスンさんのほうが、私よりも日本に詳しいという情けない状況。
「日本人は何故天皇を崇拝しているのか」 「どうして熟年離婚が多いのか」
といった彼らの質問に嬉々として答えてくれたのは、ハイヤーしたタクシーのドライバーさんだった。 京都のドライバーさんって、ほんと京都のことに限らず知識が豊富だね。
外国人と交流するには、まずは自国のことを知ってからやなあと反省した一日。 ほんま、ちょっとでも中国語やらなあかんわ。
人生は、自己嫌悪との闘いのようなものだなあ。 昨日の夜から生きている気がしない。
まだ登社拒否気味の現在、三連休最終日の感傷とあいまって、今日はひどい鬱状態だった。 気を紛らわそうと思って、料理に取り組む。 が、こんな状態で取り組んだので、これまでの人生で経験した、最もまずいエビチリが出来上がった。 そりゃそうやんな。 恐ろしいと思いながらえびの背わたをとったりして、素材に対する愛着がまるでなし。
父ははたから見ると、酷い人間だが、こういうとき 「料理は失敗からはいるもんや」 「エビチリって本来こんなもんなんちゃうか」 「おかんは便秘気味やから、これくらいがちょうどええ」(腹をこわしても、と言いたいみたい) と、励ましだかなんだかわからんことを言ってくれるのはありがたい。
しかもついおとといに、電話で殺すのなんだのと大声で罵倒しあった仲であるのに、今日は並んでまずいエビチリと中華スープを食べている。 家族と向き合うと、自分のゆがみも相手のゆがみも最大限になって迫ってくる。ので、お互いに磨耗する。 けれど、やっぱり家族だな、とも思う。 いいかげん別居はしたほうがいいけどね。
同じ会社でご近所のMさんとスーパー銭湯へ。 ビール飲んで、散髪して、風呂はいって、オイルマッサージして、また風呂はいって、休憩所で漫画読んでテレビ見て、青汁飲んで、お茶して、結局そこに8時間もいた。
たくさんの人と会って騒ぐのもいいが、私は一対一でじっくり話をするのがすき。 当り障りのない話をするのではなく、サシでないとできないような話が聞けるから。 わたしより一回りほど年上のMさんの人生に起こったさまざまな出来事も、映画のようだった。
こうして話を聞いていると、平凡な人生なんて存在しないなと思う。
オイルリンパマッサージは、痛気持ちいい。 私は胃も腰も目も生殖器も悪いんだって。 マッサージの店は朝11時から夜の12時まで開いているって聞いて、「それじゃあ、毎日寝る暇ないですよねえ」なんて馬鹿なこと言ってしまった。 すかさずMさんに、「交代にきまってんじゃん!」と言われる。 そりゃそうだな。
サプライズで集まってもらった社員の皆さんの拍手を受けながら、ボス夫妻がとうとう帰国。 空港行きのバスに乗せて、手を振って見送ったときに、なんだかほろっときてしまった。
私の役目はひとまずこれにて終了。 黒子の静かな充実感があった。
ボスの奥さんが「フラミンゴってねー、エビを食べるからあんなサーモンピンクのからだなのよ」って、目をまん丸にして言っていたのが、そういうとこだけ冴え冴えと記憶に残る。
直前まで航空券でトラブルがあり、走り回ってなんとか準備を整えた。 旅行代理店の若い担当者は、イマドキの男の子という感じで、重大なミスをしょうっちゅうやらかすくせに、謝るときにさんざん言い訳をする。 謝罪もものすごく軽い。 これがイマドキの子なんだったら、ものすごく扱いにくいなー。
「ダヴィンチ」で見て、どうしても読みたくなった大道珠貴さんの「傷口にはウォッカ」を購入、早速帰りの電車で読む。 子供らがわらわら集まっている中、口から豆乳をちょろりと出してみせる変な40女が主人公。可笑しい。
帰りの道で猫が轢かれて死んでた。 あんまりで、せめて脇に寄せてやろうと思ったが、車どおりが激しくてうまくゆかなかった。 あんな風に晒されるのは、自分だったらすごいいやや。 こういういたたまれない、情けない気持ちになったとき、くるりの「万力で締め付けているこころ」というフレーズを思い出す。
電車の中で空き缶がごろごろ転がっているのを皆が拾わないでいるのは、なんだかこれまたいたたまれない気持ちになる。 立派な人にはなれへんけど、空き缶をためらわず拾って捨てられる普通のひとではおらなあかんなと。
エビチリを作ろうと思っていたけど、おかんががっつり巻寿司を買ってきていた。 西南西のつもりだったけど、多分あれば南南西?? 鬼がこんかったらええけど。
パンダがようやく退院。 全身から動物病院の匂いをさせて帰ってきた。 体温が回復しただけで貧血は未だ酷いが、危ない状態はなんとか脱した。 すんごく臭いので、弱っているところ悪いが、お湯をつけたタオルでからだをふいてやる。 ちっちゃい体でようがんばったね。
ちなみに治療費は9万なり・・・(泣)
H子とメールで「雌としての本能」で男を選ぶことについて、少し話す。 恋愛について考えるとき、いつも頭に浮かぶ言葉は、大江健三郎「個人的な体験」の中で女が言った (最初はどんなに夢中になっても) 「お互いの裸を前に、あくびが止まらなくなるときが必ずくる」 というくだり。
本来は。 恋愛はそこで終わりなのか。否か。 その先へ進んでいけば何かあるのだろうか。
|