便蛇民の裏庭
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「便さん、今、好きな人って、いる?」
口調は軽い。 でも、なんだかものすごく重みがある。
「どうしたぁ?ダンナとなんかあったかぁ?」
「この人を選んで、それが正しかったのかなぁって、思ってさ」
あぁ、なるほど。 あるよね、そういう時期が。
もしも別の道を選んでいたら、もっと違っていたかもしれない。
でも、他の道を選んでいたらきっと こっちの道を選んでいた時の事を思うの。
「便さんは後悔した事ある?」
そりゃもう何度も後悔してきてるよ。 それでもぼくなんかは当時、2年付き合った彼氏がいて、さらに彼氏じゃない男が数人いて そういうのをすべて放り投げて、相方のところに飛び込んできたからね。 たくさんの選択肢の中から、自分で選んできた道だと思うよ。
でも、相方は違う。他に誰もいなかった。 誰もいない場所にふいにぼくが現れて、ぐいぐい手を引っ張ったんだ。 もしもぼく以外の人が現れて、ぐいぐい手を引かれたら ついて行ってしまう可能性は大いにあると思うよ。
「私、もうひとつの選択肢があったんだぁ。 でも、向こうには家庭があったの。 どっちを選べば幸せになれるんだろうって、思った。 向こうは離婚が決まってたんだけど、それはまだ少しかかるからって。 どうしようって悩んでたのに、ちょうどそのころ妊娠しちゃったの。 それでこっちの道を選ぶしかなかったの」
再会、しちゃったの? その、もうひとつの選択肢と。
「うん。離婚してた。 私を受け入れる準備が、ちゃんと整ってた。 でも私はあの時、突然、彼の前から消えたの」
妊娠してからの彼女の周囲がとてもあわただしかったのはよく知っている。 ひどく動揺していた事も。なんども中絶を口にしていたことも。
「別れてからの事を全部話したの。 彼にはまた会おうっていわれた。 でも、あんまり会ったりしたら、もう帰って来れない気がする。 でも、帰ってこないなら、私はすべて捨てていかなくちゃいけない。 そんな事考えたとき、ふと思ったの。 すべて捨ててったら、もう、便さんに会えなくなっちゃうのかなぁって」
難しいね。 人の気持ちは、簡単には変えられないし、操作できるものじゃないし。
でも、ひとつだけいっておくね。
ぼくは元々最初に知り合ったのは君の旦那さんの方だけれど ぼくが大切だと思っているのは君だから。 たとえ相方と君のダンナさんが友人であっても ぼくは旦那さんではなく君の友人だから。
子供のために現状を維持するって考えもあるだろうけれど 母親がシアワセじゃない姿を見て育つ子供は、はっきりいって不幸だよ。 どんな道を選んでも、きっとどこかで後悔する。 しないでする後悔よりも、しちゃってからする後悔の方がイイような気がするよ。 ぼくはね。
女二人がそんな会話をする隣で すやすやと眠る子供たち。 その隣で、すやすやと眠る男たち。
「便さん、今、好きな人って、いる?」
難しいね。 難しいよとっても。
「便さんがオトコだったら迷わないのになぁ」
そう来るかコイツめっ。
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